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8.街へおでかけ3

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 車窓から町並みを眺めつつ、レイが通ってきたルートを思い浮かべると、無駄の多さに申し訳ない気持ちになりました。



 彼の暮らす騎士団の寮は城内にあります。翻って、私の暮らすエーデル伯爵家は城下の外れにあります。



 そして今向かっているのは城から歩いて行ける所です。と言うことは、彼は私を迎えに来るためだけに随分時間を浪費しているのです。



「うちに迎えに来てもらうと、随分遠回りというか、時間の無駄なような気がします。貴方はお仕事で疲れているのですから、申し訳ないです。次からは待ち合わせましょう。」



 窓枠に肘をついて頭を乗せ、こちらを見つめていた彼は、ふっと諦めたような笑みを浮かべます。



「言うと思った。でも、待ち合わせはしないよ。」

「何故ですか?この往復分の時間、寝られますよ?」

「こうやって君と二人で話したり、キスしたりできる機会を、僕がみすみす逃がすと思う?」



 そう言いながら、私の横に移動してキスをしてきました。

 そう言えば、キスしたのは私が騎士団を訪れて以来ですね。



「さすがに伯爵家の中で君にキスする勇気はまだないんだよ・・・。団長に直ぐ連絡が行きそうだし伯爵も怖い・・・。」



 心の中を読んだようにぼやくと、前の時も、あの後団長に一週間全力でしごかれて、仕上げに伯爵まで来て、ちょっと大変だったと、私の知らなかった事実を語りました。



 この婚約を決めたのは叔父と父なのに、二人は何をやっているのでしょうか。



「でもまあ、おかげで技術と体力は上がったし、ぼろぼろになってたら他の団員に同情されて婚約の恨みは買わなくて済んだよ。」



 それも込みだったのかもしれないね、と遠い目をしてつぶやいた彼を励まそうと、手を取った私は、思わずとんでもない思いつきを口走ってしまいました。



「わかりました。うちにいる時は、私からキスします!それなら文句はでないと思います!」

「え、本当に?!君からしてくれるの?!」



 それまでの様子が一変して、彼の目が期待に満ち溢れています。

 しまった、よく考えずに発言してしまいました。



「何回もは無理です、一日一回だけですよ?誰もいないとこで、ですよ。それから・・・いえ、やっぱり無理かも・・・」



 必死で条件を挙げていき、段々自信がなくなってきたところで、彼に唇を塞がれてしまいました。

 息するようにキスしないでください。



「大丈夫、その気持ちだけで嬉しいから、無理強いはしないよ。じゃ、練習してみようか?」

「じゃ、じゃないですよ!無理強いしないって言ったじゃないですか!」

「うん、してない。提案してみただけ。どうする?」



 くっ、ここでやらなかったら負けたみたいじゃないですか。いいですよ、やってやろうじゃありませんか。



「じゃあ、目を閉じてください!」

「ん。」



 あっさり目を閉じたレイの顔が目の前にあります。



 普段、目が合うと心臓が忙しくなり過ぎてこのように真近で彼の顔を眺めることはできません。むくむくっといたずら心が湧いて、キスする前にじっくり観察することにしました。



 あー、この人本当に無駄にきれいな顔ですよね。瞳の色も印象的だけどまつ毛も私より長くないですか?ほほう。



 やがて、しびれを切らせた彼が目を開けて時間切れと言いながら、またもやキスしようとしてきます。どれだけするつもりなの。



 彼の口を手で塞ぎながら、私が目を瞑って、ぱっと頬にキスしました。

 うう、やっぱり恥ずかしい。私にはこれが限界です。

 この人はよくもまあ、こんなことをすいすいできますね。



 恥ずかしさを誤魔化すために、かばんから包みを取り出して、にやけている彼の顔に押し付けます。

 包みを受け取った彼は、首を傾げて私を見ると、開けていい?と言って中を確認しました。



 中は薄いグリーンのハンカチの四隅に紺と白の糸でナズナを刺繍した物です。婚約の記念に作ってみました。

 いつ渡そうか、悩んでいたけれど無事渡せて良かったです。



 喜んでくれたのはいいのですが、お礼と言ってはまたキスをしようとする彼と攻防を繰り広げている間に、目的地に到着したようです。





 頼まれたものを買って、一旦家へ戻ると言う御者と帰りの時間を決めて別れると、私達は徒歩で街へ入ります。



 歩き出す前に、レイが腕を差し出してくれました。身内以外とこうやって歩くのは初めてです。ちょっと気恥ずかしくて、周りを見る余裕はありませんでした。



 代わりに時々、横を歩く彼を見ていました。今日の彼は濃いグレイのスラックスにモスグリーンのベストというラフな格好です。一ヶ月で随分暖かくなってきましたものね。



 そして、赤は何処にもありませんね・・・。やはり、前回のタイが赤だったのは偶然だったのですね。

 そうだと思ってましたけど、ちょっと残念に思います。







 最初に向かうのは、王都で一番大きな本屋です。

 何度か訪れたことはありますが、行く度に新しい本があってわくわくします。



 本屋に入ると、私は途端に彼の存在を忘れ、一目散に目的の棚へ突進してしまいました。



 随分長い間、来れなかったから読みたい本が選びきれないほど増えています。



 持って来たお小遣いだけで、どれくらい買えるかしら。まあ、いいわ。買えるだけ買いましょう。

 等々、頭の中で大騒ぎをしながら、どんどん選び出し、片手で抱きかかえていくと、私の腕は本でいっぱいになりました。



 最後に上の方の本を取り出そうと背伸びしたところで、後ろから身体を包み込まれて、本を持っていた腕が軽くなりました。



 もしや、これは。



 頭を90度上向ければ、やはりレイの顔が見下ろしていました。



「ここでは、人が変わったように機敏に動くんだね。着いた途端、いなくなるから探したよ。まさか、こんなところにいるなんて。」



 言いながら、私が取ろうとしていた上の棚の本をなんなく取り出し、私の腕から引き取った本の束に加えてくれました。



 もう一人でどこかに行かないように、と言いながら、彼は腕の中の本達を眺めて、心底驚いたように聞いてきました。



「これ、全部、他国語の本じゃないか。児童書が多いようだけど、一つの国だけじゃないね、何ヶ国語あるの。」



 私は驚かれたことに驚いて首を傾げます。



「五ヶ国だけですよ。大人の方は読める方が多いでしょうから、まだ習得されていないお子さん向けに翻訳させて頂いているのです。出版所からの依頼も受けますが、こうやって本屋で私の好きな本を訳して持ちこんだりもしています。」



 彼が五カ国・・・と絶句しているのですが、どうしました?



 ため息をついて、彼が言うには、五ヶ国語もできる人はめったにおらず、せいぜい多くて三ヶ国、普通の人は自国の言葉だけだそうです。

今度は私が驚愕する番です。



「ですが、うちでは皆、五ヶ国語以上話せるんです。ですから、それが当たり前だと思っていたのですが・・・。」



 違っていたとは!



 レイは空いている方の手で額を押さえつつ、首を振っています。



「伯爵家は、生地などの輸出入に携わっているからそれが普通なのかもしれないけど。学院でもそんなには教えない。多分、君は学院で語学を学ぶ必要は無いだろう。」



 私はショックでよろめきました。秋から入学する学院で語学を学ぶことを楽しみにしていたのです。



 落ち込んだ私を励ますように、

「学院で特別授業を選択すればいいよ。個人教授で好きな語学を学べるから。カレルもそうしていたし、伯爵に頼んでみるといいよ。」

とアドバイスをくれました。



 現在、外交官として他国にいる次兄もしていたなら、私もさせてもらえるかもしれませんね。



「教えてくれて、ありがとうございます。全く知りませんでした。」



 彼は苦笑いをして、私の頭をなでながら、

「思っていた以上に箱入りに育てられてるね・・・。まずは自分のことを知ることからかな?君は自分を取り柄がない、平凡だと口癖のように言うけれど、語学も刺繍もできて、かわいい。僕にとって特別だよ。もっと自信持って。」



 箱入りというのは、世間知らずということですよね。そう言われて恥ずかしかったのと、好きな人に特別と言ってもらえた嬉しさとで、私は真っ赤になりました。



 それから会計を済ませて、購入した本は家に直接送ってもらうよう、彼が手配をしてくれました。

 いつもはニコラや兄達がしてくれるので、私はやり方がわからなかったのです。これでは、箱入りの世間知らずと言われても仕方がありません。

 箱から出るべく、彼と従業員の方とのやりとりを横で見学しておきました。

 次回は自分でやってみます。

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