【番外編】貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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山猫のサリーナ。

山猫娘の見る夢は。【15】

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 侍女生活が始まって早数週間。

 サリーナはマリー様のお世話や、毎朝の習慣等にもだんだん慣れてきた。
 マリー様はおかしな事に目を瞑りさえすれば良い主人である。
 どこかに出掛ける訳でもなく、弟妹君達と遊ぶ時以外は大体部屋に引き籠っているので、お世話自体は楽で暇を持て余す程だ。

 空いた時間はお客様をおもてなしする礼儀作法や、化粧法等の身だしなみの整え方、相手の地位身分に合った応対、楽器演奏に気の利く会話、手紙の書き方、刺繍等……多岐に渡って真面目に学んでいく。

 全ては順調――かに思えたが、問題が一つだけ発生していた。

 同室のヴェローナ・バラスンの視線が日に日に険しさを増してきていたのである。

 気のせいかと思うも、食事時の他の侍女達の視線も温かみが失われているのを感じ始め、気になり始めていた。

 そしてある日の昼食時。
 食事を終えて食堂を出る時になって、サリーナはとうとうヴェローナに声を掛けられた。その背後には他の侍女達の姿もある。

 「ねぇ、サリーナ。ちょっと良い? 前々から思っていたのだけれど」

 「……何かしら?」

 「貴女、侍女の訓練にここに来た時からずーっと顔を出していないけれど、それってどうなの?」

 ヴェローナの問いかけ。何か誤解をされているのだと合点する。
 しかしサリーナ自身、今更侍女の訓練に参加する必要性は感じていない。

 「ああ、その事? 隠密騎士の訓練の方に顔を出しているわ。旦那様の許可も頂いているし」

 そう釈明するも、彼女達は引き下がらなかった。
 ナーテ・マカイバリが「そう言う事じゃなくて、」と口を開く。

 「旦那様の許可を得ていても、侍女の訓練をしない言い訳にはならないんじゃないの? 隠密騎士と侍女の差が訓練の厳しさだけだったら私達もこんな事は言わないわ」

 ナーテの言葉にコジマ・ドゥームニが茶色の髪を揺らしながら頷き、「そうよそうよ、一人だけ特別扱いだなんてずるいわ」と言い始めた。

 「サリーナさんは知らないかも知れないけど、隠密騎士の訓練と侍女の訓練内容は違うのよ。目的もやり方も違う。侍女の訓練だって大切なのだからサボっちゃ駄目じゃない!」

 「サボりって……私、そんなつもりじゃ」

 厳しい事を言われ、言葉に窮するサリーナ。しかし一方的に決めつけられて、内心はむかっとしていた。
 そもそも訓練内容が違う事も知らなかったのだ。
 リュシール・ギダパールがまあまあ、と宥めながらこちらを見た。

 「サリーナ。この際だから言っておくわ。
 侍女の訓練はね、毒を上手く盛ったり相手から情報を聞き出したり、時には女の武器を使ったりする事や、主人を守って逃げる事と守る事に特化しているの。
 そういうのは、隠密騎士男達の訓練ではそういうの学べないでしょう?」

 諭すように言われる。要は戦う事じゃなく、逃げる事に特化したもの。毒の扱いや情報収集といった事も、まずは相手を油断させねばならない。女の武器――美貌が大前提となる訓練。
 その訓練をサリーナにもしろという事か。この、地味でみすぼらしい小娘に。

 ちくり、と胸が痛んだ。

 侍女は皆美女揃いだ。化粧法を学んだ時を思い出す。
 最初、地味なタイプで何となく親近感を抱いていたナーテやリュシールでさえ、化粧次第で見違えるように綺麗になっていたのを思い出す。引き換え、自分は大して変わり映えしなかった。

 彼女らは自分と違って『地味を装っている』のだと気付いた時は、暫く落ち込んだ。
 敵も自分のような地味な女には靡くまい。だから、サリーナは腕っぷしを強みにするしかないのだ。

 「……それは、確かにそうですが。私のような女にその訓練が必要なのでしょうか?」

 そんな思いをぽつり、と喉から絞り出す。サリーナは惨めな気持ちで一杯になった。

 「……どういう事かしら?」

 「私は……美人でもなく冴えない容姿だもの。侍女の訓練が必要になる事があるのかしら? 唯一誇れる事は武力だけ。私みたいな女は武力で役立つしかないわ」

 「何……それ」

 エロイーズ・シャトートゥンが無表情になり、温度の無い声を出した。
 不快に思われたのかも知れない。しかし、それはサリーナの偽らざる本音である。
 案の定、エロイーズは厳しい眼差しをサリーナに向けた。

 「サリーナ。侍女の訓練に顔を出さない事で貴女は皆から反感を買っているの。不公平だって。
 だって隠密騎士の訓練に参加するのは飽くまでも貴女の希望であって、必須じゃないでしょう?
 でもね、侍女の訓練は侍女の仕事の内なの。何か勘違いしているんじゃないの? それともコジー夫人のコネで入ったから好き勝手出来ているのかしら?」

 「エロイーズ、言い過ぎ」

 ナーテがエロイーズを窘める。

 ――そこまで言わなくても!

 サリーナは怒りと羞恥と悔しさで目頭が熱くなった。
 自分は自分の出来る事、得意な事で貢献しようと思っている、ただそれだけなのに。
 生まれながらに美人で恵まれているエロイーズなんかに自分の思いが分かる訳ない。

 「違います、私は……っ!」

 「言い訳は結構よ。侍女の訓練に参加するもしないも貴女の自由だけど、参加しないというのなら貴女を私達の仲間だと認める事は難しい、それだけは理解して頂戴」

 そう言い残して、彼女達はぞろぞろと連れ立って去って行く。
 サリーナは暴れ狂う激情を心に抱えたまま奥歯をギリギリと噛み締めて耐え続けていた。


***


 その日の夜。

 「どうした、山猫娘。やけに殺気立っているじゃないか」

 オーギーが困惑したように猛攻撃を受け流している。
 隠密騎士の訓練で、サリーナは荒れに荒れていた。

 ――侍女仲間として認めて貰わなくてもこっちから辞めてやるわ! もともと私は隠密騎士志望なんだし、早く実力を上げて認めて貰わなくちゃ。

 昼間受けた屈辱とそんな思いがサリーナを突き動かしていた。

 「やめろ、サリーナ。何かあったのか?」

 「いえ……あの、叔父様。女でも実力があれば隠密騎士になれますよね? 私、どうしても隠密騎士になりたいんです。どうかサイモン様に推薦して頂けませんか?」

 サリーナの言葉にレオポールは困ったように頭を掻いた。

 「その話か。訓練こそは許されたが、女は駄目だと庄に居る時も何度も言われていただろう。不可能だ」

 「まーた山猫娘の無理難題が始まった」

 「オーギー兄様は黙ってて! 叔父様、そこを何とか出来ないかしら?」

 「第一、女がなったという前例が無い」

 「前例なら私がなります!」

 サリーナが食い下がったその時である。
 攻撃を受けて弾き飛ばされたのだろう、サリーナ達の傍に誰かが倒れ込んだ。

 「傷は癒えても相変わらずやる気が無いなお前」

 「ほらほら、どうした?」

 倒れ込んで来たのはカールだった。
 傷が癒えたのだろう、今日から訓練に参加していたらしい。

 「すみませんー、病み上がりなんですよー」

 能天気な声だが、その拳がぎゅっと握りしめられている。
 服もあちこちが土に汚れていてボロボロになっていた。

 「おい、お前達やめないか。折角傷が癒えた所なのによってたかって複数で一人を囲むのは卑怯だぞ」

 ジルベリクの諫める声。それで何が行われていたのかをサリーナは正確に理解して眉根を寄せる。叔父も兄も渋面になっていた。
 ジルベリクの声を聞いた隠密騎士見習い達は笑い声を上げ、態度を改める事は無い。

 「何を仰るんです? 実践では複数を相手取る事もあるでしょう。俺達はカールが簡単に死なないように鍛えてあげているのですよ」

 「そうですよ、それにこんなに弱いとすぐに死んじゃいますからね。おい、カール。お前に隠密騎士は無理だ。蛇ノ庄に帰してもらった方が良いんじゃないか?」

 頭の芯が氷の様に冷える。
 彼らの声が、まるで自分に言われたように思った。

 「……ならば私を鍛えて貰えないかしら?」

 「おい…」

 視界の隅でオーギーが焦ったような表情になっている。それに構わずサリーナは割って入って行った。
 ちらり、と倒れ伏したカールを見る。
 気に食わぬ男だけれど、流石にこれは胸糞が悪い。それに、このような弱い者虐めをするような男達を隠密騎士だとは断じて認めたくは無かった。
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