貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(208)

 聖女劇が終わると、劇団に貸し出されていたマリーの天馬が数人の役者達によって運ばれて来た。主演を演じたエスメラルダもそれに随行している。きざはしの下、僕達の目の前まで来ると、天馬が降ろされた。
 一同が並び、エスメラルダが代表してマリーに対し高らかに寿ぎを述べると、皆揃って綺麗な礼を取った。
 まだ肌を赤く染めたままのマリーや僕達が平静を装ってそれに返礼。あちこちから起こった拍手と共に彼らが下がっていくと、聖騎士ヨハン・シュテファン兄弟が階を降りて天馬を回収し、僕達の背後に安置した。

 「お前達……それ」

 「ははっ、中に色々と万一の備えを仕込んでおります」

 「一番目立っていることこそが目くらまし。都合が良かったのです、マリー様」

 疑わしそうな目をするマリーに怯んだ様子もなく、平然と答えるヨハン達。
 きっとマリーも嘘だと思ったんだろうけど、今は聖女降誕節の真っ只中だ。この場でそれ以上追及することを彼女は諦めたようだった。

 それから舞台装置が片付けと食事の準備が同時進行され、大広間は懇親を兼ねた舞踏会へと様変わりしていく。
 僕達の前にはカップが運ばれてきた。中にはワインが注がれている。広間中の貴族来賓全員に同じものが行き渡ったところで、本日の主役である聖女マリーが立ち上がって杯を掲げた。

 「初代聖女様の偉業を称え、またここにお集まり頂いた皆様を始め、世界中の人々の幸福と――太陽神ソルヘリオスのご加護があらんことを。乾杯!」

 マリーに倣って広間の人々が全員杯を掲げる。響き渡る乾杯の声。杯が干されると、楽団が音楽を奏で始めた。

 ――さあ、ここからが計画始動だ。

 僕はマリーと目を合わせて頷き合うと、立ち上がって彼女をエスコートする。その行き先は、ダンスの為に開けられた空間の中央部。

 最初のダンスを僕とマリーが踊り、途中でアルバート殿下やジェレミー殿下が参加。その後は貴族入り乱れての舞踏会、という流れだ。

 僕とマリーは周囲ぐるりと取り囲んでこちらを見守る人々に礼を取ると、音楽に乗ってステップを踏み始めた。

 予定通り、曲の節目で両王子殿下が参加。
 アルバート殿下はメテオーラ様、そしてジェレミー殿下はエリーザベト様と踊っている。

 やがて一曲が終わり。次の曲が始まる前に僕達は来た時のように礼をして席に戻ろうとしたのだが――

 「お初にお目にかかります、聖女様。宜しければこのアルビオン王ゴードリクとも踊って頂けませんか?」

 僕の存在をまるっと無視して、アルビオン王がマリーに声を掛けて来た。
 欲望の光を目の奥に宿し、鼻息荒くマリーを見据え――肥えた体で器用に紳士の礼を取り、太ましい指先をマリーに向けて差し出している。

 次の曲のダンスに参加せんとした貴族達は一斉に動きを止め、その他大勢の人の視線もこちらへと向けられた。唯一楽団のワルツだけが白々しく流れ始めている。

 聖騎士二人ヨハン・シュテファンが僕達の横に移動するのを視界の隅に納めつつ、僕は軽い懐に心許なさを感じていた。残念ながら王宮では拳銃を持てない。いざとなったら身を挺する覚悟だけはしておかなければ。
 マリーの腰にさりげなく腕を回して気持ちを伝えると、それに応えるように彼女の手が僕の手をぎゅっと握った。

 「……まあ、初めましてアルビオン王陛下。お誘いは有難いのですが、私は生来体が弱くて……ダンスも得意ではありませんし、先の一曲を愛する夫と踊っただけでもう精一杯なのですわ。
 陛下のお誘いを心待ちにしていらっしゃる貴婦人は他にも沢山いらっしゃるでしょうから、そちらをお誘い頂ければと存じます」

 扇をぱらりと広げ、優雅に小首を傾げるマリー。
 リュサイ様の近くにいるカレル様がレモンを食べたような顔になっている。
 台詞はツッコミどころ満載だけど、良い断り文句ではあると思う。

 「いやいや、聖女様にご負担がかからぬよう、余がリードし――」

 差し出した手を更に伸ばし、マリーに掴みかからんばかりに尚も食い下がるアルビオン王。
 僕は彼女を庇うように前に出て、とうとう口を挟んだ。

 「アルビオン王陛下、申し訳ありませんがその辺で。ここで妻が無理をして貴方様とのダンスを、となれば我も我もと他の方々も続いてしまうでしょう。妻の身体の負担や要らぬ争いとならぬよう、ご理解とご配慮を願います」

 紳士の礼を取り、言葉にも礼を尽くしたつもりだったけれど、相手はそれが気に食わなかったらしい。顔は一瞬で不快に歪み、その巨躯からは怒りの圧が迸った。

 「聖女様の夫とはいえ、伯爵風情が……おお、アルバート殿! 一国の王相手に名乗りもせず伯爵ごときが口を挟むことを許しておられるのか?」

 ダンスが終わってこちらへ歩いて来るアルバート殿下の姿に向かって声を張り上げるアルビオン王。周囲にも聞かせているのだろう。アルバート殿下は困ったように微笑んだ。

 「ダージリン伯爵の無礼を代わって謝罪致します。ただ、彼は我が国の伯爵ではありますが、同時に名誉枢機卿猊下でもいらっしゃるのですよ。それに、妻の体調を気遣うのは夫として当然の事かと。
 思わず口を挟んでしまったのは、聖女様を心配するあまりのことかと存じますので、どうかご容赦頂きたく」

 「まさしく、殿下の仰る通りです! 妻の身を案じるあまり、名乗りを忘れてご無礼をしてしまったことを謝罪いたします!」

 アルバート殿下の擁護に乗る形で、僕も声を張り上げて謝罪する。周囲の目もあり、アルビオン王ゴードリクは「それならば許そう」と引き下がることにしたようだった。
 僕達は自分達の席に戻ったけれど、アルビオン王は勿論これで諦めた訳では無かった。
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