貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
750 / 758
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(218)

 ララの処遇が無事(?)に決まったところで、ちらりとマリーを横目で見る。彼女が落ち着いて沈黙を守っている、ということは多分問題は無いんだろうけど――

 「ただいま戻りました。リュサイ様は無事にお部屋に――何か、ございましたか?」

 そんな事を考えていると、丁度侍女頭のマリエッテが戻って来た。
 室内の雰囲気を察知して首を傾げた彼女に、こちらもララの処遇――アーベルトとの婚姻の話をする。

 「まあまあ! それでは、全てが丸く治まったのですね。再三良い娘が居ないのかとせっついてはいたのですが、なかなか縁談が決まらず。私もこれはいよいよ気合いを入れてもっと手広くお相手を探すべきかと気を揉んでいたのです。
 どんな経緯にしろ、これはメレン家としても願ってもない縁談ですわ。ルシエン様にもお知らせしなくては!」

 と諸手を挙げて賛成の意を示すマリエッテ。降って湧いたような甥アーベルトの慶事に非常に喜んでいる。
 いつもの凛とした仮面のような表情はどこへやら、少女が喜びはしゃぐような今の満面の笑顔だ。
 アーベルトは少し恥ずかしそうに「叔母上、落ち着いて下さい」と窘めている。
 ちなみにルシエン様とは龍ノ庄当主ルシエン・メレン卿のことだ。
 龍ノ庄は隠密騎士の里各地で作られた品々を交易することが生業。
 聖地への旅路で陰ながら僕達を守護してくれていたというから、将来僕がカレドニアに赴く時も間違いなくお世話になるだろう。
 カレドニア王国でもトラス王国この国でも、親アルビオン派は居るだろうし、妨害は必ず入ると僕は確信している。

 ぽかんとする僕達の視線に少々はしゃぎ過ぎたと気付いたのだろう。マリエッテは我に返ったように「コホン、失礼致しましたわ」と居住まいを正してララに向き直る。そして両手を差し伸べると、ララの手を握って立ち上がるよう促した。

 「ララ。貴女の身を案じておられたアルトガル様やアルドゥイン様のお気持ちを顧みずに仕出かしたことは、決して褒められたことではありませんでした。
 貴女はその事をよくよく反省の上、今後の生き方で地の底に落ちた信頼を再び少しずつ積み上げて行かねばなりませんよ」

 「はい……お言葉、胸にしかと刻みます。そして、グレイ猊下やマリアージュ様を始め、アルトガル様やアルドゥイン叔父様、マリエッテ様や他の侍女の方々、アーベルト様にも大変なご迷惑をお掛けしてしまいました。憎しみに突き動かされていたとはいえ、本当に……大変、申し訳ありませんでした」

 謝意の深さを示すように、頭を深く下げ淑女の礼を取るララ。

 「宜しい。亡くなられた貴女のご両親の為にも、これから新たな命を繋いで行きましょう。その命の灯は、きっと貴女の未来を照らしてくれるでしょうから」

 「マリエッテ様……」

 「今後は侍女ではなくアーベルトの嫁として貴女を遇します――ふふふ、メレン家の嫁として鍛えがいがあるわ」

 「えっ」

 そんなやり取りが交わされた後。
 アーベルトとララ二人きりで話すこともあるだろうという事で、僕達は部屋を移動することとなった。


***


 「一時はどうなるかと思ったけれど、『災い転じて福となす』ってね。本当に良かったわ」

 部屋から出て暫く歩いたところで、マリーが立ち止まって微笑んだ。「聞き慣れない言葉ですが、その通りですな」とアルトガルが頷く。

 「本音を申せばララがお慈悲を頂いた事――このアルトガル、感謝に堪えませぬ」

 僕達に深々と頭を下げるアルトガル。アルドゥインもそれに倣った。

 「うん、そんな気はしてたよ。アルトガルは立場上厳しい姿勢を見せていたけど、本当はララの処遇が軽くなることを望んでいたんだろうなって」

 僕がそう言うと、マリーが微笑んで頷く。アルトガルは「敵いませんなぁ」と後頭部を搔きながら苦笑いだ。

 「それでも今後、ララのような事が二度と無いように致します。傭兵達の引き締めを改めて行う所存にて」

 「うん。私もマリーも一層大変になっていくだろうから、今後とも頼りにしてる。カレドニア王国だって、きっと一枚岩じゃないんだろうから」

 ちらりと騎士ドナルドを見ると、彼は表情を硬くした。

 「我が王モ・リー、それは……」

 「情勢は変わったわ。アルビオンが好色王やカレドニア王位の件を知る頃には疱瘡の病はもっと広がっているでしょうから、軍を動かすのは難しい。
 好色王は切り捨てられるとして――仮に新アルビオン王が即位しても、カレドニアは脅威なのは間違いない。となれば、少数精鋭で暗殺仕掛けて来そうよねぇ……グレイの即位を承服出来ないカレドニアの勢力と結託するかも知れない」

 マリーが思案気に白鳥の羽をあしらった冬仕様の扇をふわりと広げ口元を隠すと全員が頷いた。

 味方面して近付いて来る――明らかな敵以上に危険な者達がそう遠くない未来にやって来ることだろう。僕もマリーと同意見だ。
 「親アルビオン勢力は大分力を削がれた筈……もう我が国にはそのような売国奴は居ないと信じたいところですが……」等とドナルドは眉を顰めているけど、彼は自覚しているのだろうか――彼自身も味方面して要らない王位を騙し討ちのように僕に押し付けた人間だという事を。

 「私が伝えた情報で、摂政のオーエン伯は物凄く頑張ってくれたわ。そのお陰でカレドニア国内はほぼ掌握したと言っても過言ではないけれど、聖女の力にも限界はある。オーエン伯も対アルビオン以外に、種痘・食糧増産・新産業振興等で忙しい。取りこぼした者達は必ず居るでしょう。だからこそ、これを逆手に取れば――」

 「うん――良い炙り出しになるね」

 「そういうこと。私達がカレドニアの地を踏むまでに、危険物や不要物は綺麗に掃除してしまわなくては」

 「ふむ、順調に掃除が進んだとして。数年……カレドニアにも、我輩らの拠点構築をしたいところですな」

 「そうね、大体それぐらいが目安かしらアルトガル。拠点があればオーエン伯には最大限の応援を送れるから、もっと早くなるかも知れないわ」

 「オーエン伯だけにね」とちろりと舌を出すマリー。どういうことかと首を傾げる僕に、『オーエン』という音は前世で応援を意味する言葉なのだとマリーは笑いながら説明した。

 雰囲気が和んだところで。

 「ところでマリエッテ……アーベルトの縁談がなかなか決まらなかったのは、何か理由があるのかな?」

 ――いや、他意は無いんだけど、ちょっとした好奇心だから差し支えなければ話してくれたら。

 先刻から気になっていた事を、言葉を選んで内心恐る恐る問いかける僕。マリエッテは少し首を傾げた後、「これは私個人の見解なのですが、」と上品に微笑んだ。

 「あの子はどうにも愛情が大き過ぎて、受け止めるお相手が重く感じてしまうのかも知れませんわね」

 「そ、そうなんだ……」

 「マリエッテ様……ララはその生い立ちから、愛情を渇望しているところがあります。アーベルト殿がそのような御仁であるならば、叔父としても安心です。ふつつかな姪でございますが、今後とも何卒宜しくお願い致します」

 「ええ、勿論お任せ下さいまし」

 ……結果的に嚙み合って上手く回るようであれば、良かったのかな?

 『そうよ、れ鍋に綴蓋とじぶたって奴。ララがリュサイ様を嫌ったのも、ある意味同族嫌悪的な――自分も庇護され愛されるお姫様になりたいのに……っていう願望と羨ましさが心の奥底にあったんでしょうね。あの二人はきっと上手く行くわ』

 脳裏に直接響く声と共にふわりと羽の先で鼻をくすぐられる。盛大にくしゃみをした僕に、マリーはくすくすと笑った。
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」