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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
お箸の国の人だったもの。
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案内された先は立派な食堂だった。マホガニー色の家具で統一された重厚な印象を受ける。それでも部屋全体に暗さを感じないのは、壁が白く、大きく開かれた幾つかの窓から明るい陽が差し込んでいたからである。
交易商人らしく中東やインド、アジアを思わせるような異国的な装飾品があちこちにアクセントとして飾ってあった。雑多な感じはせずギャラリーのようなシックな統一感があって、この家の趣味の良さを物語っている。
テーブルの上には純白のクロスに薔薇が活けられた花瓶が飾られ、また様々な料理が並べられてあった。彫刻の施された椅子に案内される。グレイは勿論私の隣だ。全員が着席したところで、義父ブルックが口を開いた。
「さあ、マリー姫。改めてルフナー子爵家へようこそ。今日は歓迎の意を込めて色々と趣向を凝らしている。無礼講という事で、細かな礼儀作法は気にせずに楽しんで頂ければと思う。料理も食器も異国情緒溢れるものを用意させたので、どれでも好きなものをどうぞ」
私は全員を見渡しながらにこやかに会釈をする。
「まあ。本日はこのような素晴らしいおもてなしをありがとうございます。見たことのない珍しいお料理の数々に心が浮き立ちますわ」
花と野菜のサラダ、パイ、スープ、肉料理、ナッツやドライフルーツ、季節の果物等が並んでいる。嗅ぎなれない香辛料や調味料の香りもしていた。
皿は陶器と銀食器の混成で、取り皿は銀食器。
お呼ばれの場合、この国の作法としてカトラリーは基本持参である。毒があってはいけないので貴族のそれは銀製である事が普通。侍女サリーナが近寄ってきて私のカトラリーを出してくれた。一般的なカトラリーはナイフとフォーク、スプーンだが、フォークは二叉で若干使いづらい。勿論私を含むキャンディ伯爵家のは全て三叉の特注品である。
「ほほう、グレイから聞いておったが、マリー姫のフォークは面白い形じゃのう」
グレイの祖父エディアールが興味深そうにしていた。
「はい、こちらの方が私には食べやすくて」
「儂もそのような形のものにしてみるかのう。フォークは苦手なのじゃ」
絵本に出て来るお爺さんのように可愛らしく眉を下げるグレイの祖父。確かに果物フォークみたいな二叉は使いづらいので私も共感を覚えて頷く。
「宜しければ本日の記念に皆様へお贈りしますわ。これを頼んだ職人ならきっとより良いものが作れると思いますの」
「エディったら。強請ったみたいになってしまったわね。マリー姫、ありがとう。お心遣い感謝するわ」
祖母パレディーテが呆れたように祖父を軽くねめつける。私はいえいえと首を振った。
「ご遠慮なさらないで下さいな。正式な結婚がまだなだけで気持ちは身内ですもの。姫も要りません、マリーと呼び捨てて下さいまし」
「マリー姫……マリーちゃんが優しい娘で本当に良かったわ」
義母レピーシェがおずおずと言うのににっこりと笑顔を返していると、義父ブルックが「あれを」と使用人に合図した。持って来させた物を私のカトラリーの隣に並べる。
私は目を瞠った。
持ち手の部分に繊細な細工が施されている銀色のそれ。この国では見慣れないものだが、私には馴染みがあったのだ。
「こ、これは……!」
「きっと珍しいだろうと思ってな。クァイツという名の遠国のカトラリーだ。信じられない事に、そのような二本の棒で食事をするとか。美しい銀細工なので仕入れているが、この国では一本ずつに分けて髪飾りとして売っている」
宜しければマリーに差し上げましょう、と笑い交じりに言う義父ブルック。
間違いない、お箸だこれ。懐かしい。
「では折角ですので私はこれを使いましょう」
うきうきとお箸を手に取ると、義父は面白そうな笑みを浮かべる。サリーナが箸を拭いてくれた。
「大丈夫、マリー」
グレイが気遣わし気に声を掛けて来る。ナイフやフォークが主流では、普通二本の棒で食事出来るなんて思わないだろうしな。「だって無礼講なのでしょう?」と私は彼に大丈夫の意を込めてアイコンタクトをする。
では、と食前の感謝の祈りが行われた。食事が始まる。しかし誰も手を付けない。皆、固唾を呑んでこちらを窺っているような気がした。きっと気のせいじゃないだろう。興味津々なのだ、世間知らずの伯爵令嬢である私が異国渡りのカトラリーでどのように食事をするのか。
そんなに緊張した面持ちで凝視しなくっても。こみ上げてきた笑いを堪えながら私はお箸を動かしてみた。うん、ちょっと心配してたけど、違和感なく使えそうである。魂に刻まれている記憶は健在のようだ。
私は早速とばかりに料理を取り皿に取って行った。香辛料を使っている料理の味付けは絶妙である。うん、美味しい。この家の料理人の腕は確かなようだ。結婚後の生活に期待が持てる。
箸で押し切れない肉類はサリーナに一口サイズに切って貰った。ニンニクと塩コショウの効いた鶏肉ステーキも非常に美味である。
箸を使ってひょいひょいと食事を進めていく私。皆、目を丸くして呆気に取られていた。ナイフやフォークよりはこっちの方がやっぱり良いなと思う。スパゲッティもお箸派だったし。
「そ、そんな風に使うんだ。器用だね」
「ええ、グレイ。慣れるとナイフやフォークよりも便利なのよ。それより恥ずかしいですわ、私ばかりが食べているんですもの」
箸を休めて困ったように言うと、皆我に返ったのかやっと少しずつ手を付け始める。
私はスプーンに持ち替えてスープを楽しんだ。日本流だとお茶碗や汁椀は持ち上げて良いけれど、この国では不作法になってしまう。
クミンとか使っているんだろうか。豆の入った人参色のポタージュはエスニックな味がした。
交易商人らしく中東やインド、アジアを思わせるような異国的な装飾品があちこちにアクセントとして飾ってあった。雑多な感じはせずギャラリーのようなシックな統一感があって、この家の趣味の良さを物語っている。
テーブルの上には純白のクロスに薔薇が活けられた花瓶が飾られ、また様々な料理が並べられてあった。彫刻の施された椅子に案内される。グレイは勿論私の隣だ。全員が着席したところで、義父ブルックが口を開いた。
「さあ、マリー姫。改めてルフナー子爵家へようこそ。今日は歓迎の意を込めて色々と趣向を凝らしている。無礼講という事で、細かな礼儀作法は気にせずに楽しんで頂ければと思う。料理も食器も異国情緒溢れるものを用意させたので、どれでも好きなものをどうぞ」
私は全員を見渡しながらにこやかに会釈をする。
「まあ。本日はこのような素晴らしいおもてなしをありがとうございます。見たことのない珍しいお料理の数々に心が浮き立ちますわ」
花と野菜のサラダ、パイ、スープ、肉料理、ナッツやドライフルーツ、季節の果物等が並んでいる。嗅ぎなれない香辛料や調味料の香りもしていた。
皿は陶器と銀食器の混成で、取り皿は銀食器。
お呼ばれの場合、この国の作法としてカトラリーは基本持参である。毒があってはいけないので貴族のそれは銀製である事が普通。侍女サリーナが近寄ってきて私のカトラリーを出してくれた。一般的なカトラリーはナイフとフォーク、スプーンだが、フォークは二叉で若干使いづらい。勿論私を含むキャンディ伯爵家のは全て三叉の特注品である。
「ほほう、グレイから聞いておったが、マリー姫のフォークは面白い形じゃのう」
グレイの祖父エディアールが興味深そうにしていた。
「はい、こちらの方が私には食べやすくて」
「儂もそのような形のものにしてみるかのう。フォークは苦手なのじゃ」
絵本に出て来るお爺さんのように可愛らしく眉を下げるグレイの祖父。確かに果物フォークみたいな二叉は使いづらいので私も共感を覚えて頷く。
「宜しければ本日の記念に皆様へお贈りしますわ。これを頼んだ職人ならきっとより良いものが作れると思いますの」
「エディったら。強請ったみたいになってしまったわね。マリー姫、ありがとう。お心遣い感謝するわ」
祖母パレディーテが呆れたように祖父を軽くねめつける。私はいえいえと首を振った。
「ご遠慮なさらないで下さいな。正式な結婚がまだなだけで気持ちは身内ですもの。姫も要りません、マリーと呼び捨てて下さいまし」
「マリー姫……マリーちゃんが優しい娘で本当に良かったわ」
義母レピーシェがおずおずと言うのににっこりと笑顔を返していると、義父ブルックが「あれを」と使用人に合図した。持って来させた物を私のカトラリーの隣に並べる。
私は目を瞠った。
持ち手の部分に繊細な細工が施されている銀色のそれ。この国では見慣れないものだが、私には馴染みがあったのだ。
「こ、これは……!」
「きっと珍しいだろうと思ってな。クァイツという名の遠国のカトラリーだ。信じられない事に、そのような二本の棒で食事をするとか。美しい銀細工なので仕入れているが、この国では一本ずつに分けて髪飾りとして売っている」
宜しければマリーに差し上げましょう、と笑い交じりに言う義父ブルック。
間違いない、お箸だこれ。懐かしい。
「では折角ですので私はこれを使いましょう」
うきうきとお箸を手に取ると、義父は面白そうな笑みを浮かべる。サリーナが箸を拭いてくれた。
「大丈夫、マリー」
グレイが気遣わし気に声を掛けて来る。ナイフやフォークが主流では、普通二本の棒で食事出来るなんて思わないだろうしな。「だって無礼講なのでしょう?」と私は彼に大丈夫の意を込めてアイコンタクトをする。
では、と食前の感謝の祈りが行われた。食事が始まる。しかし誰も手を付けない。皆、固唾を呑んでこちらを窺っているような気がした。きっと気のせいじゃないだろう。興味津々なのだ、世間知らずの伯爵令嬢である私が異国渡りのカトラリーでどのように食事をするのか。
そんなに緊張した面持ちで凝視しなくっても。こみ上げてきた笑いを堪えながら私はお箸を動かしてみた。うん、ちょっと心配してたけど、違和感なく使えそうである。魂に刻まれている記憶は健在のようだ。
私は早速とばかりに料理を取り皿に取って行った。香辛料を使っている料理の味付けは絶妙である。うん、美味しい。この家の料理人の腕は確かなようだ。結婚後の生活に期待が持てる。
箸で押し切れない肉類はサリーナに一口サイズに切って貰った。ニンニクと塩コショウの効いた鶏肉ステーキも非常に美味である。
箸を使ってひょいひょいと食事を進めていく私。皆、目を丸くして呆気に取られていた。ナイフやフォークよりはこっちの方がやっぱり良いなと思う。スパゲッティもお箸派だったし。
「そ、そんな風に使うんだ。器用だね」
「ええ、グレイ。慣れるとナイフやフォークよりも便利なのよ。それより恥ずかしいですわ、私ばかりが食べているんですもの」
箸を休めて困ったように言うと、皆我に返ったのかやっと少しずつ手を付け始める。
私はスプーンに持ち替えてスープを楽しんだ。日本流だとお茶碗や汁椀は持ち上げて良いけれど、この国では不作法になってしまう。
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