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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

全てお空に還してお任せしてしまいましょう。

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 その一瞬は、永遠のようにも思えた。

 唇の温もりがそっと離れ、グレイの顔がゆっくりと遠ざかっていく。
 瞬きも忘れて呆然としながらも、私はそれに一抹の寂しさを覚えて唇に手をやった。
 グレイの翡翠の眼差しが切なそうな感情を宿したかと思うと、ぎゅっと抱きすくめられる。

 「マリー、好きだよ」

 耳元で囁かれ、顔に血が上った。そっと彼の背中に腕を回し、「わ、私も…」と小さな声で返すのがやっとだった。
 いつまでそうしていただろうか。
 拘束が緩み、グレイがゆっくりと離れた。見上げた彼の顔は真っ赤に染まっている。

 「――っごめん! あまりにもマリーが可愛くて」

 これはあれだな、据え膳喰わぬはなんとやら。

 恥じらうグレイは初々しかった。私も相当気恥ずかしいが、これはきっと彼の初心うぶさにてられたに違いない。前世含めてグレイと私は数十年の年齢差なのに。

 うら若き年下の男の子にこの私が翻弄されているとは断じて認めん! 認めんぞぉ!
 負けてたまるか!

 「グレイ……嬉しいわ」

 私は前世持ちの意地にかけてグレイの胸にすがりつくと頬ずりをした。
 そのまま彼の顔にがっと手を掛けて引き寄せる。

 ライトキスなどものの数ではないわ! このアダルトなフレンチキスを食らうがいい!

 私は思い切ってぶっちゅうう! とがっつくようなディープなキスをかましてやった。
 日本では軽いキスの事だと勘違いされる事もあるらしいが、フレンチキスは本来ディープなそれである。
 グレイは仰天したのかジタバタと藻掻もがき、私の両腕をつかむと強く引きはがした。そのまま首の後ろを押さえてうずくまってしまう。

 「痛たたたっ…!」

 うめくグレイ。異変に驚いていると、「失礼します!」と付いて着ていたサリーナとルフナー子爵家の侍女達が慌てた様子でおしぼりを持ってきてそこに当てている。その時やっと私ははっと我に返った。

 「ど、どうしたの!?」

 「マ、マリ~……酷いよいきなり。急に引き寄せるから首筋を痛めてしまったじゃないか……」

 情けない声で痛がるグレイ。
 どうやら彼の顔を引き寄せた時、寝違えたようになってしまったのだと悟る。私はやらかしてしまったらしい。寝違えは相当痛い。変な意地を張った為にグレイを害してしまったと泣きそうになった。

 「ご、ごめんなさい……そんなつもりはなかったの」

 しょんぼりとしてひたすら謝る私。グレイはこの状況におかしみを覚えたのか、「全くしまらないなぁ。痛てて……」と痛がりながら笑っていた。


***


 ルフナー子爵家への訪問から一週間。

 あの後、私はルフナー子爵家の面々にグレイの首について平謝りの上で帰途についた。

 状況をつぶさに侍女から聞いたであろうご家族は笑って「男に怪我は付き物だしこれしきの事気にするな」というような事を言ってくれたし、義兄は「不埒ふらちな事をするから罰が当たったんですよ」と微笑んでいたが、私は非常に恥ずかしい思いをした。

 帰ってからも事の顛末てんまつを聞いたダディサイモンに「このバカ娘が!」と怒られたし。
 ママンティヴィーナだけがニコニコと笑ってたけど。

 トーマス兄は「まあ、マリーだからな」と納得顔、カレル兄は「俺、今度からあいつの事を勇者って呼ぼう」とムカつく事を言った。アン姉は「マリーは積極的なのね」と頬を染めて、アナベラ姉は「何かやらかすと思ってたわ」と呆れ顔だった。返す言葉も無い。

 グレイにはお詫びとお見舞いの手紙を毎日書いたり、罪滅ぼしとして薄荷はっかの湿布軟膏やお菓子等を送ったりしている。
 4日程過ぎたところで痛み自体は消えたそうだが、念のため後数日程は様子見で無理は出来ないらしい。今日来た返事には休んでいた分の仕事を少しずつ消化していると書いて来ていた。
 彼が完全に良くなるまでは気まず過ぎて顔を合わせられない。結局何をする気にもなれず、私は結構落ち込んだままずるずると引きっていた。

 自室でゴロゴロしていると、トントンと扉が叩かれる音。
 サリーナが出ると、弟妹達が騒ぎながらわっと雪崩なだれ込んできた。

 「マリーお姉ちゃま、遊んで遊んで~!」

 「退屈なの、何か面白い事して!」

 等と口々に言われるも、私は寝っ転がって天井を見たまま溜息を吐いた。

 「ごめん、マリーお姉ちゃまは今そんな気になれないの……」

 「へー、いいの? そんな事言って。お姉ちゃまの為に僕、泥被ってあげたのに!」

 「そーよそーよ!」

 弟イサークの言葉にメルローズが同意する。天井から視線をそちらに向けると、イサークは腰に手を当てて頬をリスの如くふくらませていた。

 「どういう事?」

 「こないだのお茶会の時ね。僕達が喫茶室を出てった時、窓の外で庭師達がお姉ちゃまの馬を運んでたのをグレイ義兄様が見ちゃって。一体何なのか訊かれてうっかりバレそうになったんだよね~。僕が馬が怖いからあれで練習してるって話にしておいたんだよ?」

 「そ、そうだったの。ありがとう、イサーク」

 私は姉想いの弟に感謝の言葉を述べた。私達がフレール嬢の相手をしていた時にまさかそんな事件が起きていたとは。危なかった。

 「で、遊んでくれるよね?」

 「はあ、そう言う事なら。分かったわ、遊びましょ」

 私はのろのろと起き上がって頷いた。気は乗らないが仕方あるまい。活動着に着替えて弟妹と共に庭に出た。

 「何して遊ぶの?」

 「面白い事が良いわ!」

 わくわくとした眼差しで問われて暫し考える。面白い事、なぁ……。洗面器と鏡で虹を作る遊びはもうやったし。
 前世の記憶を辿る。こちらの技術でも再現可能なもの。

 あ、そうだ。

 私はある事を思いつき、傍に控えていた侍女サリーナと馬の脚共に反故紙と針金、それにぼろ布と油を用意させた。
 先ず、紙を糊で張り合わせ、立体的な袋状にする。針金を丸十字に組んで、その袋の口に張り付けた。十字の真ん中に油を染み込ませたぼろ布を巻きつけて完成。
 そう、私は台湾のランタン祭りで飛ばされる『天灯』のような、所謂いわゆる簡易気球を作ったのであった。『天灯』は祈りを込めて飛ばすという。私の気鬱きうつも未来の婚家で赤っ恥かいた記憶も――何もかもお空へ飛んでいけばいいのにな。

 とは言ってもそのまま飛ばすと危ないのでパーゴラの下へ移動する。中央のぼろ布に火を点けてしばし持ち、そっと持った手を緩めると――気球はぷかりと浮かんで上昇して、パーゴラの天井で静止した。

 「わあ! 飛んだ!」

 「凄い凄い! 何で飛ぶの!?」

 それを見た弟妹がはしゃいで歓声を上げる。上手く浮かんで良かった、と私は胸を撫で下ろした。
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