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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

無自覚チートは硝煙の香り。

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 「え、ええ…」

 私は少し戸惑いを覚えながら返事をした。
 恐らく誰かがルフナー子爵家に知らせたらしい。しかし伝言ゲームに認識齟齬にんしきそごが生じた模様。
 グレイは真っ直ぐに私のところへ来て、頭の上から足の下まで少しの異常も見落とすまいとばかりに視線を動かす。無事な姿を確認出来たのか、ほっとしたように天を仰いで肩を落とした。

 「良かった……」

 ママンティヴィーナがニコニコして「グレイ君、良く来てくれたわ」と歓迎の言葉を述べる。グレイはそちらを向くとさっと紳士のお辞儀をして、「急ぎの為、御無礼をお許し下さい。お知らせ下さってありがとうございました」と礼を言っている。どうやら母が犯人だったらしい。

 「マリーちゃんも心細かったでしょうから、駆け付けて来てくれて心強いわ。折角だからお夕食を一緒にどうかしらと思って。アール君は?」

 「生憎、兄は不在だったので家の者に言づけて来ました。少し遅れて来るでしょう。僕は知らせを受けてすぐ馬を駆って参りましたので」

 「あらあら、愛されてるわねぇ、マリーちゃん」

 「……」

 母のからかう視線を受けて、私は首を竦めて縮こまる。気恥ずかしく、またそれ以上に気まずかった。

 「あの、グレイ……急いで来てくれてありがとう。先日は本当にごめんなさい。首はもう大丈夫なの?」

 「ああ、手紙にも書いたよね。気にしなくていいよ、もうすっかり良くなってるから」

 グレイは笑って首を撫で、また動かして見せた。確かにすっかり治ってるようだ。
 ホッとしていると、それまで黙って成り行きを見守っていたアナベラ姉が、「マリー、急いで来てくれたのならきっと疲れているわ」と言った。アン姉も「そうね、夕食の準備が整うまで、別室で少し休ませてあげたらどうかしら」と提案してくれる。
 「そうね、そうするわ」と私は頷いた。確かに夕食を共にするならば、グレイの身だしなみを整える時間が必要だ。


***


 「ここがマリーの部屋? いいの、僕が入っても」

 「ええ」

 私は客室ではなく自室に招くことにした。少し話したい事もあったからだ。
 部屋を見渡して、可愛らしくて素敵な部屋だね、と感想を述べるグレイ。彼が私の鏡台に座って従僕によって身だしなみを整えられている間、私はソファーに座ってじっとその横顔を眺めていた。

 「そんなに見られたら僕の顔に穴が開いちゃうよ」

 と笑い交じりにからかうように言うグレイ。「何があったか、良かったらマリーの口から聞かせてくれないかな」と言われたので、私は今日の事をぽつぽつと話した。

 弟妹達に遊んでとせがまれてミニ気球を作った事。安全の為にパーゴラの下で飛ばしたら、風にさらわれてしまった事。それを追いかけたら乾草ほしくさの山に落ちて火が付いた事。そして曲者が炎に服を焼かれながら飛び出してきた事――話し終えると、グレイは意外な事に大笑いをしていた。

 「そりゃあ運が無い曲者だったね。マリーはきっと、神様に愛されてるんだと思うよ」

 「兄様達にも笑われたのに、グレイまで笑わなくっても良いじゃない。沢山の鋭いナイフに銀で判別出来ない毒茸まで持っていたんだから。笑いごとじゃないのよ、本当に」

 「そうだね、ごめん。だけど、こうして笑えているのは、マリーが無事だったからなんだ。知らせを受け取った時は、正直生きた心地がしなかった」

 「もう…」

 そんな風に言われたらこれ以上何も言えないじゃないか。
 やがて、身だしなみを整え終わったグレイ。立ち上がって私の隣に腰を掛ける。空気を読んだ侍女サリーナが「何かあれば外に控えておりますので」と従僕と共に席を外した。
 出ていく彼らを見送ってから、グレイはこちらに向き直った。

 「で、マリー。部屋にわざわざ呼んだって事は、何か僕に話したい事があるんでしょ?」

 顔をじっとのぞき込まれる。いきなり図星だったので、「あの、えっと……」とモゴモゴしてしまった。
 コホン、と咳払いをして何とか気を取り直すと、何から話したものか――悩みながら手を膝の上で組んで、指を意味も無くもじもじと動かす。

 「グレイ……話したいというか、ただ聞いて欲しいの。私ね、今日の事があって、何とか知恵を絞ったけど、何も役に立てないみたい。武器とか軍事的な事はあまり分からないんだもの。それでも家族が危険に晒されているのに、何も出来ないなんて……」

 「僕も商売の事以外はからっきしさ。マリーは色々知ってて凄いよ。分からなくても何とか考え出そうとしたんだよね」

 全然凄くなんかない。私は首を振った。

 「考えた事をお父様達に直談判したの。警備や番犬を増やして、最新式の銃を揃えるように言ったけど、兄様達に却下されちゃった。確実性が無いからいざという時使えないって。お父様にも、曲者一人に過剰反応するな、貴族たるもの動じるな、女が荒事に口を出すなって言われちゃって」

 グレイは頬を掻き、暫くの間うーんと唸って言葉を探しているようだった。

 「……サイモン様は、さ。マリーの事が本当に可愛いんだよ。だから、危険からなるべく遠ざけておきたいと思ってそういう風に言ったんじゃないかな。兄君達もね」

 ぽつりと呟くように言われた言葉。グレイに言われなくてもそれは分かり過ぎる程分かっていた。改めて指摘されると自己嫌悪に溜息が出る。

 「……ええ、そうね。でも悔しいの、自分の無力さが」

  前世、もっと色んな事に興味を持っておけば良かった。自分がミリオタだったらよかったのにと本気で思う。
 せめて、

 「ああ、せめて拳銃ピストルの構造を知っていれば……」

 「拳銃ピストル?」

 初めて聞いた言葉なのだろう、いぶかしそうなグレイ。私は少し笑って人差し指を伸ばして銃の形を作った。

 「こんな感じでね、バンって片手でも撃てる銃よ。ええと、ちょっと待ってね」

 私は立ち上がって机に向かい、警備強化案を書いたっきりそのままに出してあったペンをインクに付けると紙にさらさらと絵を描いた。それを持ってグレイの元へ戻る。

 「拳銃ピストルはこんな形。で、こういう形の弾丸を込めて引き金を引くだけで手軽に撃てるの」

 グレイは紙を受け取って興味深そうに眺めた。

 「ふうん、面白い形だね。鉄砲の玉は普通丸いものって決まってるけど、何故これはこんなに先が尖って細長くなってるんだろう?」

 「ああ、この方が丸い玉より突き刺さり易いでしょ。確か、この先端部分だけが実質の弾丸で、火薬は金属の胴体の中にあらかじめ入ってるのよ。普通の銃と違って前からじゃなくて後ろから込めるの。撃ったらが先端部分だけが飛んでいくんだったと思う」

 映画で観た記憶を辿る。弾丸を整備しているシーンで薬莢に火薬を詰めていたと思う。
 グレイは再び紙に視線を落とし、ぶつぶつと何やら呟き始めた。

 「金属……紙で同じような一体型の仕組みになってるものは結構昔からあるけど。後込あとごめは基本安定しない……いや、これを使えばやり方次第ではいける……? マリー、これ貰ってもいいかな」

 顔を上げると真剣な表情でこちらを見詰める。拳銃ピストルの弾丸に何か思う事でもあったのだろうか。
 私は少々気圧されながらも「ええどうぞ」と頷いた。
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