貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(22)

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 「さて、メイソン殿がいらっしゃるまでに時間がある。こちらはこちらで婚姻白紙の手続きをするとしようか」

 「そうですな、書類はこちらに。ベリーチェ修道女、処女検査の署名を」

 「はい、修道院長様」

 婚姻白紙の書類には夫婦及び両家の父親、証人のサインの入ったものがそれぞれ三部――両家の控えと教会に保管されるもの、そして修道女の署名が入った処女証明書が必要になる。
 証人はキャンディ伯爵閣下がなって下さっていて、閣下、父ブルック、俺は既に全てにサイン済みだ。勿論結納金の返済義務に関する事も書かれてある。借金の書類は別途サイモン様が準備していた。
 後は妻側の署名だけの状態。それらの書類を舅に渡して全てに目を通してもらう。

 「確かに呑めぬ条件でもない。ここまで来てしまっては、もう承知するしかないな……」

 リプトン伯爵は溜息を吐いた。フレールが先程手紙を書いたペンでのろのろとサインをしていく。父親の表情とは対照的に、娘は嬉しそうにさっさと署名を終わらせていた。

 「さて、儀式を始めましょうぞ」

 書類を受け取ったメンデル修道院長はそれを確認し、控えを返すと俺と修道女にそれぞれ渡した。鞄に仕舞うとこちらへ、と呼ばれた。

 フレールと並ばされて大司教による祈祷を受ける。古語なので全ては分からないが、女が純潔を保っていた為婚姻の取消を恐れ多くも神に申し上げる、というような内容だ。最後に修道院長は手を縦にしてフレールとの間を切る仕草をし、「これで儀式は終わりです」と述べた。

 俺は礼を言いながら、思い切り馬鹿みたいな事を仕出かしたいような気分にかられた。これでやっとこの忌まわしい家から解放される。舅にも妻にも元が付いた事に――いや、最初から婚姻そのものが無かった事になるのだ。

 「さて、それでは私の番だな」

 キャンディ伯爵閣下が結納金の借用に関する書類をリプトン伯爵に渡した。
 リプトン伯爵はゆっくりとそれに目を通していく。流石に借金の書類、警戒しているのだろう、キャンディ伯爵閣下に疑問を投げかけだした。

 「返済期限を設けないとありますが」

 「これは円満に解決し、また貴家を潰さぬ為の方便とでも思って頂きたい。返済は金に限らず同額相当の『物事』でも可能とする、と書いているだろう。もし、チャーリー殿の代で払えない場合、それは同じような条件で次代へと引き継がれる事も書いてある」

 「『物事』、とは」

 「単に『物』としてしまえば形ある物、高級品から土地や物件までに限られてしまう。『物事』であればそれらを手放したくない場合、『仕事』を以て返済する事も可能になる」

 「『仕事』……私に何をさせようというのでしょう」

 「何、例えば宮廷で私の意見に賛成を表明するとかそう言った程度のものだ」

 「……本当にこのような条件で良いのですか?」

 「ああ、構わないとも」

 リプトン伯爵は閣下の返答に納得したのか、もう一度書類に目を通した後でサインをした。
 そうこうしている内、とうとうドルトン侯爵家のメイソンが顔に喜色満面の笑みを浮かべてやってきた。

 「メイソン様!」

 フレールがメイソンを出迎える。「お会いしたかった――私達、やっとこれで一緒になれますわ」

 「きっと神が私達に味方してくれたんだよ、フレール。正しい者はいつだって悪に打ち勝つんだ」

 言いながら俺の方を意味ありげにちらりと見るメイソン。緩やかなウェーブの金髪を後ろに流した、軽薄そうな優男だった。こいつの所為せいで、と一瞬思ったが、これから地獄を見る事になる奴だと思いなおして拳を握った。

 「既に婚姻白紙は成立しています。この書類にサインを。全てお二人の婚姻に必要なものです」

 メンデル修道院長が婚姻関係の書類を差し出せば、奴は疑問も持たず、そして仔細を読む事すらせずサラサラと署名していく。フレールも浮かれているのか警戒心を持たずにそれにならった。

 阿呆あほだ。俺なら細部まで目を通して怪しい箇所を問いただすぐらいの事はするぞ。

 その書類には先程キャンディ伯爵閣下が元舅にサインさせた結納金の借用書とは別の、追加条項付きのものを紛れ込ませてあった。

 ――これこそが真打ち。

 元舅が隠居して返済不能になれば次代に引き継がれて行く事自体は本当で、それは元舅がサインした書類にも記載してあった。引継ぎには新たな借用書が作られる。

 メイソンがサインしたものは、奴がリプトン伯爵を継いだら有効になるものだ。こちらは借金に高めの利子が付く事、及び返済期限もきっちり記されている。
 もし返済を拒んだ場合は、自動的にドルトン侯爵家に借金が行く事になる。というのも、署名はメイソン・ドルトンになっている為だ。また、この国の法律では、婚姻で姓が変わろうとも借用書は新たに作り直す必要は無い。
 ドルトン侯爵が息子と縁切りして返済を拒めば、リプトン伯爵領における権利や不動産等を強制執行でキャンディ家に差し出さねばならなくなるという厳しい内容になっている。

 メンデル修道院長が同じように書類の控えを二人に渡し、借用書はキャンディ伯爵閣下へ。婚姻の祈祷後、二人は無事に結ばれた。
 儀式が終わってフレールの手を取ったメイソンは勝ち誇ったような顔で俺を見、ふふんと小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
 自分がサインした書類が何かも知らないで――俺は噴出ふきだしそうになるのをこらえるので必死だった。

 用事は終わったので後はお若いお二人で……とリプトン伯爵邸を辞し、出ていく俺達。
 これで、俺は自由になったんだ!


***


 アールの話を聞き終わると、僕も爽快な気分になった。

 「やったね、兄さん!」

 「ああ。これもお前と、そしてマリー様のおかげだ。これからは俺が銀行、お前が株式――助け合って生きて行こう」

 「うん」

 僕とアールは拳をこつんとぶつけ合った。
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