貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
37 / 758
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(22)

 「さて、メイソン殿がいらっしゃるまでに時間がある。こちらはこちらで婚姻白紙の手続きをするとしようか」

 「そうですな、書類はこちらに。ベリーチェ修道女、処女検査の署名を」

 「はい、修道院長様」

 婚姻白紙の書類には夫婦及び両家の父親、証人のサインの入ったものがそれぞれ三部――両家の控えと教会に保管されるもの、そして修道女の署名が入った処女証明書が必要になる。
 証人はキャンディ伯爵閣下がなって下さっていて、閣下、父ブルック、俺は既に全てにサイン済みだ。勿論結納金の返済義務に関する事も書かれてある。借金の書類は別途サイモン様が準備していた。
 後は妻側の署名だけの状態。それらの書類を舅に渡して全てに目を通してもらう。

 「確かに呑めぬ条件でもない。ここまで来てしまっては、もう承知するしかないな……」

 リプトン伯爵は溜息を吐いた。フレールが先程手紙を書いたペンでのろのろとサインをしていく。父親の表情とは対照的に、娘は嬉しそうにさっさと署名を終わらせていた。

 「さて、儀式を始めましょうぞ」

 書類を受け取ったメンデル修道院長はそれを確認し、控えを返すと俺と修道女にそれぞれ渡した。鞄に仕舞うとこちらへ、と呼ばれた。

 フレールと並ばされて大司教による祈祷を受ける。古語なので全ては分からないが、女が純潔を保っていた為婚姻の取消を恐れ多くも神に申し上げる、というような内容だ。最後に修道院長は手を縦にしてフレールとの間を切る仕草をし、「これで儀式は終わりです」と述べた。

 俺は礼を言いながら、思い切り馬鹿みたいな事を仕出かしたいような気分にかられた。これでやっとこの忌まわしい家から解放される。舅にも妻にも元が付いた事に――いや、最初から婚姻そのものが無かった事になるのだ。

 「さて、それでは私の番だな」

 キャンディ伯爵閣下が結納金の借用に関する書類をリプトン伯爵に渡した。
 リプトン伯爵はゆっくりとそれに目を通していく。流石に借金の書類、警戒しているのだろう、キャンディ伯爵閣下に疑問を投げかけだした。

 「返済期限を設けないとありますが」

 「これは円満に解決し、また貴家を潰さぬ為の方便とでも思って頂きたい。返済は金に限らず同額相当の『物事』でも可能とする、と書いているだろう。もし、チャーリー殿の代で払えない場合、それは同じような条件で次代へと引き継がれる事も書いてある」

 「『物事』、とは」

 「単に『物』としてしまえば形ある物、高級品から土地や物件までに限られてしまう。『物事』であればそれらを手放したくない場合、『仕事』を以て返済する事も可能になる」

 「『仕事』……私に何をさせようというのでしょう」

 「何、例えば宮廷で私の意見に賛成を表明するとかそう言った程度のものだ」

 「……本当にこのような条件で良いのですか?」

 「ああ、構わないとも」

 リプトン伯爵は閣下の返答に納得したのか、もう一度書類に目を通した後でサインをした。
 そうこうしている内、とうとうドルトン侯爵家のメイソンが顔に喜色満面の笑みを浮かべてやってきた。

 「メイソン様!」

 フレールがメイソンを出迎える。「お会いしたかった――私達、やっとこれで一緒になれますわ」

 「きっと神が私達に味方してくれたんだよ、フレール。正しい者はいつだって悪に打ち勝つんだ」

 言いながら俺の方を意味ありげにちらりと見るメイソン。緩やかなウェーブの金髪を後ろに流した、軽薄そうな優男だった。こいつの所為せいで、と一瞬思ったが、これから地獄を見る事になる奴だと思いなおして拳を握った。

 「既に婚姻白紙は成立しています。この書類にサインを。全てお二人の婚姻に必要なものです」

 メンデル修道院長が婚姻関係の書類を差し出せば、奴は疑問も持たず、そして仔細を読む事すらせずサラサラと署名していく。フレールも浮かれているのか警戒心を持たずにそれにならった。

 阿呆あほだ。俺なら細部まで目を通して怪しい箇所を問いただすぐらいの事はするぞ。

 その書類には先程キャンディ伯爵閣下が元舅にサインさせた結納金の借用書とは別の、追加条項付きのものを紛れ込ませてあった。

 ――これこそが真打ち。

 元舅が隠居して返済不能になれば次代に引き継がれて行く事自体は本当で、それは元舅がサインした書類にも記載してあった。引継ぎには新たな借用書が作られる。

 メイソンがサインしたものは、奴がリプトン伯爵を継いだら有効になるものだ。こちらは借金に高めの利子が付く事、及び返済期限もきっちり記されている。
 もし返済を拒んだ場合は、自動的にドルトン侯爵家に借金が行く事になる。というのも、署名はメイソン・ドルトンになっている為だ。また、この国の法律では、婚姻で姓が変わろうとも借用書は新たに作り直す必要は無い。
 ドルトン侯爵が息子と縁切りして返済を拒めば、リプトン伯爵領における権利や不動産等を強制執行でキャンディ家に差し出さねばならなくなるという厳しい内容になっている。

 メンデル修道院長が同じように書類の控えを二人に渡し、借用書はキャンディ伯爵閣下へ。婚姻の祈祷後、二人は無事に結ばれた。
 儀式が終わってフレールの手を取ったメイソンは勝ち誇ったような顔で俺を見、ふふんと小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
 自分がサインした書類が何かも知らないで――俺は噴出ふきだしそうになるのをこらえるので必死だった。

 用事は終わったので後はお若いお二人で……とリプトン伯爵邸を辞し、出ていく俺達。
 これで、俺は自由になったんだ!


***


 アールの話を聞き終わると、僕も爽快な気分になった。

 「やったね、兄さん!」

 「ああ。これもお前と、そしてマリー様のおかげだ。これからは俺が銀行、お前が株式――助け合って生きて行こう」

 「うん」

 僕とアールは拳をこつんとぶつけ合った。
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」