貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
46 / 744
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(32)

しおりを挟む
 僕は夢中になった。
 飽かずに唇を求め続け、空いた手でマリーの柔らかい肢体を堪能する。彼女の呻き声に劣情が刺激され、止まらなくなっていた。
 スカートをずらし、薄い下着ごしに太腿へたどり着いたところでその手をマリーに捕まえられた。
 理性が警鐘を鳴らし、僕は断腸の思いで唇を離す。このまま彼女を抱いてしまおうか、と一瞬欲望に流されそうになる。

 いや、それは駄目だ。

 これ以上はまずいと自分に言い聞かせるように呟いた瞬間、扉がノックされた。

 「お夕食の準備が整ったそうです。開けても大丈夫でしょうか?」

 マリーが侍女の声に飛び上がって離れ、僕はソファーに崩れ落ちる。彼女を穢してしまうところだった。すんでのところで助かった。


***


 僕達が出ていくとアールは既に来ていた。こちらはこちらでアナベラ様と一緒に居たようだ。
 僕は先程の事もあり、ただ羞恥心と気まずさを堪えて言葉少なに食べていた。マリーも同様だ。
 食事が終わると僕達兄弟はサイモン様の執務室に来るようにと言われ、マリーに別れを告げてそれに従う。兄君二人も一緒だった。

 執務室に着くと、僕達は今日の経緯を改めて説明された。今曲者を尋問中である事も。

 「グレイ、娘はどうしていた?」

 「はい、自分の無力さを嘆かれていました。僕なりに精一杯慰め、少しは気持ちを持ち直されたと思うのですが」

 僕は夕食前の事を説明する。助言した内容と、気球の事とその可能性も。
 サイモン様は眉を寄せる。恐らく気球の事だろう。

 「……何かする前は報告しろと言っておいたのだがな」

 「弟妹君達に遊びをせがまれて作ったとの事ですからそう深く考えていなかったのでしょう。それと、これを」

 ポケットから例の拳銃ピストルの紙を取り出し、サイモン様に渡す。弾丸の構造について話し、信頼のおける鍛冶師に任せてみようと思っている事も伝えた。兄君達もそれを脇から熱心に覗き込んでいる。

 「小型の銃か。安全性と威力が解決出来れば役に立つな。何より持ち運びしやすい」

 「あいつどこかずれているんだよな。最初からこれを言えば良かったのに」

 上から思案気なトーマス様と呆れたようなカレル様の言葉。「開発に成功すればお渡ししましょう」と僕は約束する。

 「マリーを守るために僕に出来る事はこれぐらいですから」

 僕がそう言った時、執務室の扉が叩かれた。
 侍従が扉を開け、入って来たのは先日マリーを訪ねた時に野薔薇ドッグローズを持ってきた庭師二人。
 以前見た時は人畜無害そうな感じだったが、今は別人かと思う程がらっと雰囲気が違っていた。素人にも分かる程物々しく、まるで獲物を狩って来たばかりの鷹のような瞳をしている。服の所々には赤い染みが付着し凄みを増していた。サイモン様が礼を取る彼らに視線をやる。

 「先ずは紹介しておこう。グレイとは面識があるな。庭師に身をやつして仕えてくれているが、彼らは代々当家の影の仕事を負う者達だ。本来は騎士爵、当家の影達の名は全て角や牙を持つ獣の名を冠している。
 この者達の場合は兄弟という事もあり、二人で一組の角馬ホーンホースを名乗っている。兄のヨハンは刺突技の使い手一角馬ユニコーン、弟のシュテファンは短剣二刀流を得意とする二角馬バイコーン。共に隠密の技に優れ、マリーの専属護衛につけている。娘が庭に出る時は常に共にいる。曲者を捕らえたのも彼らだ」

 「いえ、その名は捨てました。私は前脚、弟は後ろ脚と。マリー様に新たに賜った名でございますれば」

 紹介された内容に異を唱える庭師――影達。マリーに名を貰い、前の名を捨てる程大事にしているようだ。
 それにしても、前脚と後ろ脚だって? 二人で一頭の馬って事だろうか。マリーの感性はやっぱり独特なんだな。

 そんな感想を抱きながら見ていると、心なしかサイモン様の目が濁ったような気がした。何かを諦めたような表情になっている。兄君達も顔の半分を手で覆ったり、視線を逸らしたり挙動不審だ。どうしたんだろうか。

 「……というわけだ。少々おかしなところもあるが、基本的にこ奴等のマリーに対する忠誠心は非常に厚い」

 影の存在は普通秘されるもの。アールが慌てたように言った。

 「私達にそのような事を教えてしまって宜しいのですか!?」

 「構わん。これはあくまでも秘事の一端に過ぎないのだからな。それにお前達二人も娘婿となる身、我が家の影について見ておくがよい」

 サイモン様は僕達二人を余程信用して下さってるらしい。「さて、曲者について報告を聞こうか」と続きを求める。一角馬ユニコーン――もとい、前脚ヨハンが姿勢を正した。

 「はっ。奴も影の者にて毒物には多少耐性があるようでした。少々手古摺てこずりましたが、自白薬を倍量使用してやっと吐かせました。依頼人は、モカ男爵でございました」

 「なんだって!?」

 アールが息を飲み、僕は思わず声を上げる。サイモン様は冷静沈着な様子で「それで?」と先を促した。

 「はい。ただ毒茸を所持してはおりましたが、殺しをするつもりはなく、当家を調べに来ただけと申しております。リプトン伯爵家での一件、サイモン様がお出ましになり、借金を申し出た事で疑念を持った由。あわよくば契約書を盗み出そうとしておったとの事」

 サイモン様は、ふむ…と目を閉じる。

 「なるほどな……薬の倍量ならば曲者はもう使い物になるまい」

 「は。虫の息でございます。早晩死ぬでしょう」

 「ならば止めを刺して首を切りモカ男爵の屋敷に投げ込んでおけ。今回は容赦するが、次はないという事を身を以て知って貰わねばな」

 「ははっ」

 前脚ヨハンが頭を下げるも、後ろ脚シュテファンはそうしなかった。

 「殿、」

 じっとサイモン様を見詰めている。

 「――もし、それでもモカ男爵が引かなければどうなさいますか」

 「後ろ脚! 出過ぎた真似を、申し訳ありませぬ!」

 静かな問いかけ。前脚ヨハンが慌てて叱責する。しかし後ろ脚シュテファンは意に介した様子も無く、傍らに跪くヨハンを見下ろした。

 「兄者。マリー様は我らがお傍に侍り、手となり足となりお守り申し上げて来た大切なお方。モカ男爵は高利貸し上がり。修羅場慣れしておればそう簡単には引きますまい。却って身を隠し、当家に何かあると嗅ぎまわる可能性もありましょう。マリー様がそれで狙われるような事にでもなれば」

 「――その時は消す」

 抑揚を変える事すらせず端的に答えたサイモン様。後ろ脚は嬉しそうに「はっ、その時は是非とも我らにお任せを!」と勢い良く膝をつき、頭を垂れた。

 「それにしてもモカ男爵とやらはドルトン侯爵家からは何も聞いていないらしい。新興貴族である事が仇となったか、過ぎた好奇心は命取りになるものだ」

 トーマス様の溜息交じりの言葉。カレル様も腕を組み、同意するように頷く。

 「これで解決すれば良いんだが。うろちょろされたら困るんだよな。マリーも泣くし」

 ルフナー子爵家でさえ、命を狙われる事はあっても防衛に徹しやり返す事はあまりしなかった。
 日常茶飯事の如くさらりと殺せだの消すだのといった言葉が出て来る一連のやり取り。これがキャンディ伯爵家の影。アールも僕も緊張感に身を固くし、すっかり息を潜めてしまっていた。
 サイモン様が僕達を見て口角を上げる。

 「調査、盗みに来ただけの者を殺すのはやり過ぎだと思うか?」

 「いえ……」

 兄アールが少し青褪めた顔で言葉を絞り出す。やりすぎかも知れないと思うものの、敷地内に潜んで毒を持っていたのならそれで有罪だ。僕の表情から考えを読み取ったのか、カレル様が「言っておくが、曲者が毒を持ってなくても同じことをしたぞ」と否定した。

 「見た通り、うちはただの伯爵家じゃない。それが明かされるのは結婚後だ」

 覚悟しておけ、と凄みのある笑みを見せるサイモン様。僕達は顔を見合わせ、ごくりと唾を飲み込み頷いた。

 と、

 「マリー様の婚約者であられるグレイ様にお願いがございます!」

 「な、何でしょうか」

 いきなり僕に思わぬ方向から話を振られて驚いた。発言の主は前脚ヨハンだった。

 「ご結婚の後、我ら兄弟をルフナー子爵家で雇っては頂けないでしょうか」

 「しかし……」

 突然の申し出に戸惑いを覚える。紹介された通りなら、彼らはキャンディ伯爵家の家臣の筈。僕はサイモン様をちらりと見た。気まずげに視線を逸らされる。

 「殿の許可は既に頂いております」

 そうですか。

 「そこまでマリーに忠誠を誓われているのでしたら、僕に否やはありません」

 もう、そう言うしかなかった。破顔して礼を述べ、任務を果たすべく去っていく庭師兄弟。
 執務室にしばし微妙な雰囲気が漂っていた。
しおりを挟む
感想 993

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。