貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
54 / 758
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

お伽衆の御伽噺~曾呂利曾呂利の新左衛門にごさいまする~

 「い、いえ、これは違います。ヤギに求愛するのではなくて、」

 慌てふためいて首を横に振るメイソン。こんな展開は予想外だったのだろう。
 ドゥヴァーイ、ヤヴァーイ。ダマスカス悪魔のヤギが居ないのは残念至極。
 遠慮しなくとも良いのだよ。お前の顔なら男であっても案件需要はありそうだしな。

 私は笑いたくなるのを必死に我慢して、「あら、違ったんですの?」ときょとんとしたように首を傾げる。
 メイソンは渋面を作った。

 「……もしかして、私の事を馬鹿にしていらっしゃるのですか?」

 「馬鹿に? いいえ、どうしてそう思われたのでしょう?」

 心の底からそう思っている風を装うと、メイソンは頭痛をこらえるようにこめかみに手をやった。

 「……つかぬことをお聞きしますが、『初恋の野の花』という話をご存じでしょうか」

 「いいえ、全く。私、お恥ずかしながら世間に疎くて。何ですの? それ」

 本当は知っているがすっとぼける。メイソンはそれは考えてなかった! とばかりに呆然とした表情。
 相手が知らなければ野の花は使えまい。さて、どう出る。
 内心ニヤニヤしながら相手の出方を待っていると、メイソンは頭を垂れてひざまずき、花束を捧げ持った。

 「一目見て心を奪われました……この花は、貴女へと。自然のありのまま、飾らない私の心なのです」

 ふむ、咄嗟とっさにしては良く出て来たなそんな台詞。面白い。
 口角が自然に上がる。

 「私に? いつも女性にそのように野の花を贈られているのかしら」

 「今この瞬間、貴女にだけです」

 「あら、私にだけ? 面白い冗談を仰る方なのね」

 クスクスと笑うと、メイソンは顔を上げて口を開いた。

 「いえ、冗談ではなく、」

 「そうそう、思い出しましたわ。貴方は次期リプトン伯爵と仰っても、御子息ではなく婿入りなさったお方なのでしょう? 
 それにしても野の花なんて……お年の割には随分純粋幼稚合理的な事に徹してドケチでいらっしゃるのね。本当に珍しい方。
 残念ながら私、野の花は今一つ興味が持てません嫌いですの。真心と仰るのなら尚更そのお花は受け取る訳には参りません。最愛の奥様にこそ差し上げるべきかと存じますわ。
 私の婚約者も、真心の証として、私の大好きな薔薇の花を折に触れて贈って下さいますの」

 被せるように言葉を紡ぐ。「今日の私の装いも薔薇をあしらっておりましてよ」と青薔薇の飾りを示して言うと、メイソンは返す言葉も無かったのか顔を歪めた。言葉に込めた意味が伝わって何よりである。

 「マリー、待たせてごめん」

 その時、グレイが使用人と共にひょっこり姿を現した。私はそちらへ向かってにっこりと微笑む。

 「まあグレイ、やっと来てくれたのね。では、私はこれにて失礼します。貴方も奥様の所に戻って差し上げてくださいまし」

 グレイはこちらに近づいて来ながら、メイソンに気付いたのだろう。顔を瞬時に険しくした。私を隠すように立つ。

 「僕の婚約者に何の御用でしょうか?」

 「グレイ、私は大丈夫よ。さあ、時間も惜しいから行きましょう」

 私は立ち上がってグレイの腕に自分のそれを絡めて引っ張った。
 流石にグレイを巻き込もうとは思わなかったので、ここはさっさと行くに限る。
 踵を返そうとすると、メイソンは哀れっぽい声で叫び始めた。

 「待ってください! 聞いて頂けますか、私はその男の兄に騙されて、愛してもいない癇癪持ちの女と無理やり結婚させられたのです! 私が真実愛を捧げたいのは貴女だけ――」

 「何を出鱈目でたらめな――」

 グレイがきっとそちらを振り向く。私はその腕をポンッと叩いて「ここは任せて」と囁いた。

 「まあ! ご冗談ではなく、もしかして本気で私に求愛していらしたの? 困りましたわ~」

 「マリー……」

 グレイの心配そうな声。彼に大丈夫と微笑みかける。というのも、良い考えを思いついたのだ。
 かの太閤秀吉のお伽衆、曽呂利新左衛門そろりしんざえもんの故事。
 私は思案気に唇に人差し指を当てる。

 「そうですわね……私、財力があって約束を守って下さる方が好きなんですの。九十九本の薔薇は『永遠の愛』と言いますわね。九十九日間、私の望みを叶えて下さるのでしたら貴方の求愛を考えても構いませんわ」

 「望み?」

 「ええ。と言っても大した事ではありませんわ。一日目にトラス王国銅貨一枚。二日目に二枚、三日目に四枚、四日目に八枚……という風に一日過ぎる毎に前日の二倍ずつお金を頂きたいの。勿論銅貨が無ければ相応の価値の銀貨金貨でも構いませんわ。それを九十九日間続けて下されば、貴方の愛が本物だと思えますの」

 トラス王国銅貨一枚は最低価値の貨幣である。メイソンは計算が弱いのか、ニヤリと笑った。いまいち事態を理解出来てないに違いない。
 一方、グレイは計算もお手の物なのだろう、からくりに気付いたのか顔色を変えて慌てている。

 「ちょ、ちょっとマリー、そんな事をすれば……」

 「何だ、そんな事で良いのですか。分かりました、貴女への愛を証明してみせましょう」

 グレイのおろおろした態度に自信を強めたのか、メイソンは胸を張って宣言した。

 「まぁ、嬉しいわ。しかしそのお言葉がどれ程信用出来ますのかしら。私、実の無い言葉は大嫌い。ですから誓約書をしたためて下さる?」

 「構いませんよ。そちらの方が私も安心出来ますし」

 「まあ嬉しいわ。では、こちらへいらして下さいまし」

 テーブルのある場所まで移動すると、私は筆記用具を持って来させ、誓約書の文面を書いた。もし達成出来なければその時点でメイソンの言葉が嘘偽りである事とし、それまでに支払われたお金は全て慰謝料として私の物になる。
 どのような結果になっても文句を言わないという旨を認める。写しは二枚。私とグレイがサインをすると、メイソンもそれを確認。奴はサインとおまけに指輪の印章までしてくれた。
 グレイは空気を読んだのか始終黙っていてくれたが、顔色はもはや真っ青になっている。

 メイソンはもう勝った気でいるようで、「貴女が私の妻になって下さる日を心よりお待ちしております」と私の手の甲に唇を落とし、グレイに蔑みの一瞥いちべつを投げると上機嫌に鼻歌を歌いながら去って行った。

 サリーナから濡れ布巾を受け取って手の甲を拭き拭き。キスされた瞬間体中に怖気おぞけが立った。確かに気色悪いわあの男。

 さて。
 ちらりと隣に視線をやる。

 「……」

 「何日まで持つかしらね、グレイ」

 くふふっとほくそ笑む。全部払えば天文学的数字になるだろう。それまで貰った分は返さなくても良い上、全て私の小遣いだ。臨時収入ラッキー!
 グレイは途中で計算を諦めたのか、「……万一払えちゃったらどうするの?」と力なく聞いてくる。私は肩を竦め、手をひらひらとした。

 「ないない。トラス王国の国家予算を遥かに超えそうだもの。それに結婚を承諾とは言ってないわ。『貴方の求愛を考えても構いませんわ』と言ったのよ?」

 考えた結果、お断りでも文句はない訳で。
 文面の該当箇所をぺしぺしと叩く。

 「鬼だ……」

 「嫌だ、グレイ。そこはせめて小悪魔って言って欲しいわ」

 そっちの方が可愛いし。私はちょっとむくれてどんよりしたグレイの頬をつんつんとつついてやった。
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」