貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

面倒臭い男。

 あー、そういう真面目な人なのね、と思う。計算もそれなりに出来るみたいだし。
 そうなったらまるで私が悪いとでも言いたげだ。しかしそれはお門違いである。

 「それ、私に関係ありますの?」

 「どう考えても無理な条件をそれと分からぬように巧妙に出されていますよね。これは詐欺では?」

 言いながら差し返された誓約書。詐欺って言われても。私はそれを受け取りながら首を傾げる。

 「まあ、人聞きの悪い。先程も申しましたが適当な所で手打ちに出来るようにしてありますわ。あの男が自らの不誠実を認め、それまで払った全額を慰謝料とするだけで終わるんですもの。
 節度を知る者ならば限界が見えた時点でそうするでしょうね。ただあの男がどうするかまでは私が関知するところではありません」

 「……あの男が節度を知る者とは思えないのですが。貴女もそう思われるでしょう?」

 「あら、私はあの男の母親でも姉妹でもありませんわ。家族でも無ければその性格も良く知らない、今日会ったばかりの赤の他人ですのよ。
 なのに何故、あの男の性格と行動の責任を、部外者の貴方に、私が、問われているのかしら?」

 なんだ、こいつ。面倒臭いししつこいな。
 ちょっとイラっとしたのでにこやかにわざわざ区切って問えば、ギャヴィンもまたにっこりと笑って腕を組んだ。目が笑ってないのでこちらも作り笑いだろう。

 「私は確かに部外者ですが、トラス王国全土の民生に関わっています。あの男がどうなろうとどうでも良い。ただ王国の民を思っての事ですのでご容赦を。
 何故、あのような公平でない条件を? 民に迷惑が掛かる可能性の低い、別のものでも良かったのでは」

 リプトン伯爵領の王国の民を守るためってか。しかしまだ起こっても無い事で普通ここまでしつこく問い詰めて来るか? 正直苦手なタイプだ。
 何が公平だよ。だったら戦勝国が敗戦国に突きつける戦争賠償なんてどうなるんだって話。

 「まあまあ、ウエッジウッド様は随分と正義感がお強くていらっしゃるのね。そもそも契約・誓約のたぐいは双方の同意によってされるもの。どのような条件であろうと、相手がそれを認め同意した時点で成立するのですわ。
 そもそも私はあの男の不誠実かつ不道徳、恥知らずな求愛を断るつもりであのように申し上げたんですの。条件を言い出した私もまさか受けられるとは思わなかったと先程申し上げたのをお忘れに?
 それをおつむの残念なあの男が勝手に自分に達成出来ると思い込んだ、それだけの事ですわ」

 私は肩を竦め、メイソンが現れた時にあった事を全て話した。アナベラ姉から私が標的になったようだという推測も共に。

 「そのような経緯いきさつが……しかし」

 「それに、民に重税と仰いましたが、正式に伯爵位も継いでない男にそんな実権は無いと思いますわ。万が一そのような事になったとしても責任と賠償を問われるのはメイソンを信任し実権を与えたリプトン伯爵、もしくは彼を製造したドルトン侯爵家では?」

 「製造……」

 令嬢らしからぬ言葉選びに衝撃を覚えたのか、今度はぽかんとした表情をされる。
 製造されたものは製造元が責任を取る、これ常識よ。
 私は更に畳みかけた。

 「一つ例え話をしますわね。ある人が誰かに莫大な賠償金を払う羽目になり、その賠償金を払う為に別の人の財を奪うという罪を犯しました。では、賠償金を受け取る誰かは悪いのでしょうか?」

 問えば、ギャヴィンは何とも言えない表情になった。

 「……悪くありませんね」

 「そう言う事ですわ。もし、本人が責任を取れない赤ん坊のような人間ならばその両親――実家が取るのが一般的でしょうね。
 責任能力があると仰るならば、この事の為に民に迷惑を掛けるかどうかはあの男本人が自らの意思で決める事。もっとも、貴方は私が悪いと仰りたいみたいですけれども」

 「いえ……そんな事は」

 言葉を濁した返答。しかし先程まではかなりの割合でそう思っていた筈だ。
 ふん。

 「……世間ではいつも男本人ではなく女が悪いと言われがちですわね。成人した息子であっても罪を犯せばあのように育てた母親が悪い、夫や恋人が浮気をしても引きとめる魅力の無い女が悪いと。
 物語でも大抵、王が悪政を行えばその寵姫が裏で王を操る女狐だからだ、と書かれてありますもの。
 私の場合はさしずめ、無理難題を突き付けてあの男に罪をそそのかしたお前が悪い、といったところでしょうか」

 民から税を搾り取ってまで金を払い続けるようにと強要した覚えもありませんのにね、と続ける。一部始終を見ていたのなら分かるだろう。

 「……それは」

 ギャヴィンは渋面になりピクリと肩を震わせた。私は更に続ける。

 「あの男がウエッジウッド様のお知り合いというのならば、重税を課せられるかも知れない民の為に支払う金額が少ない内に手を引くよう、今からでもご忠告して差し上げたらいかが? まだ我が家にいるでしょうし。あの男が自分で誓約不履行を申し出るなら私は別に構いませんわ」

 ザインが慌てて「マリアージュ、言い過ぎですよ。そこまでに」と取り成しに入った。アン姉もグレイもハラハラした顔を浮かべている。ここら辺でやめておくか。私は肩を竦めた。

 「あら、ごめんあそばせ。女の育て方一つ、言葉一つで男本人が犯した罪を女が問われるなんて、ねぇ。
 それが常識と言われるのなら、男という存在は『女に育てられるまま言われるままに罪を犯す生き物』であり、何が罪かを理解する知能も無く、自分の罪を背負うだけの責任能力・人格・意思も備わっていない――そのようなものだと世間に認識されているという事ですわね。
 でも生憎、私はそうは思っておりませんの。グレイ、参りましょう。私達はこれで失礼しますわ」

 私は礼を取り、踵を返した。男上位社会って『男は完璧であり、瑕疵かしがあってはならない』という考えが行き過ぎるあまり、女が罪深いとしてこんな頓珍漢な認識に発展するんだよなぁと呆れるばかりだ。全く、本末転倒である。


***


 ずんずんと廊下を歩いていくと、後ろから複数の足音。ちらりと振り向くと慌ててグレイが追ってきていた。サリーナとグレイの使用人も小走り気味である。
 ちょっと待って、と言われたので仕方なく歩みを止めた。

 「大丈夫、マリー。あんな事言って」

 心配そうな新緑の瞳。私はグレイの胸に飛び込んで抱きしめた。
 何で私があんな風に言われなきゃいけないんだ。さっきの面倒臭い男には二度と会いたくない。出来ればメイソンにも。
 グレイを馬鹿にしたメイソンは自らの愚かさの報いを受ければいい。奴から賠償金として巻き上げたお金はグレイと何か楽しい事に使おう。
 グレイの体臭とラベンダーの入り混じった香り。ああ、ささくれ立った心が癒されていく。

 「マリー…?」

 しばしグレイの温もりと香りを堪能して気持ちを切り替えた私は、ゆっくりと彼を離した。これから二人きりで楽しむのだ、先程の事は今は忘れよう。

 「どうせ社交界には出ないし大丈夫でしょ。それより、これから池に蛍を見に行きましょう? もう飛び始めてるかも知れないわ、急がなくちゃ。サリーナ、手配はもう出来ているんでしょう?」

 言って、手を引こうとすると、待ったがかけられる。

 「あっ、その前にこれを見て。マリーの分。ちゃんと間に合ったよ」

 グレイは分厚い重厚な本を使用人から受け取ると、こちらへ差し出してきた。手に取ってみると、ずっしりとした重み。金文字で小説のタイトルが書かれてあり、装飾で描かれた模様も素敵だった。
 中身をめくると書き出しの一文字が色付きの飾り文字になっている。所々挟まれた挿絵も彩色されていて、絵そのものも腕の良い画家が下絵を手掛けたのか、上手に描かれていた。

 「嬉しい……こんな素晴らしいものが出来上がるなんて」

 私は本を抱きしめた。自分の書いた物語が本当に本になってる。少し恥ずかしいけど、かなり嬉しい。

 「グレイ……大好き」
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