59 / 758
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
グレイ・ルフナー(34)
拳銃の研究要請や望遠鏡を作っている工房への確認、それに加え銀行や株式取引に関する人員の育成も始まった。試験的にマリーの言った馬車事業を株式にしてみようと父も動いてくれている。
アールの銀行もそろそろ形になりそうだ。銀行となる建物も、キャンディ伯爵領に建設が始まっている。その隣に更に株の取引を行う場所も同時に作られる事になっていた。
王都とリプトン伯爵領にはそれぞれの支店が置かれる予定だ。物件も何件か候補が絞られている。
更には最盛期・繁忙期を迎えているラベンダーの事業。商会の仕事以外にも色々忙しくしていると何時の間にか月が変わっていた。
正直に言えば多忙を極めている。しかし僕はマリーにはなるべく会うように時間を作っていた。勿論会えない日は手紙を書いたり花を贈ったりしている。あんな事があって彼女もまだ不安が癒えないだろうし、サイモン様や奥方様も僕にそれを望んでいるからだ。
仕事が一段落したところで休憩がてらマリーから届いた手紙を開く。同時にほんのり薔薇の香りが漂った。
紙に顔を近づけると、どうも香水を振っているらしい。なかなか洒落ている。
『愛するグレイ
こんにちは、お元気かしら。今日は嬉しい報告よ。
とうとう小説が完成したわ!
アールお義兄様に読んで頂く前に、どこかおかしい所がないかグレイに確認して貰いたいの。
忙しいだろうけど、何とかまとまった時間を作れないかしら。
たまにはゆっくり会いたいわ。
マリー
追伸 馬の蹄鉄は幸運を運んできてくれるんですって。グレイに幸運が訪れますように。』
添えられていた馬の蹄鉄の形の焼き菓子を一口ほうばって、僕は返事を書いた。
その数日後。
僕はキャンディ伯爵家のテラスでマリーと共に居た。
今しがた彼女の書いた原稿を読み終わったところである。
これは……凄いな。
「ど、どうかしら……」
もじもじしながら聞いてくるマリー。
「凄いね、普通の恋愛だけじゃない。謎解きとかハラハラする場面もあって刺激的で面白い。こういう小説ってなかなか無いと思うよ。きっと売れると思う」
「ほ、本当? お世辞じゃなくて?」
「お世辞じゃないよ。本当」
掛け値なしに僕は褒めた。
本気でそう思う。これと比べたらあの『初恋の野の花』なんてひたすら退屈だ。
それに、赤毛の人間が蔑まれる苦悩も交えて上手く書いている。流行れば多少風当たりも弱くなるかも知れない。
少しウェゲナー伯爵に感情移入してしまった。
しかしマリー、このオール・ヴェゲナー伯爵はアールとはまるっきり別人だよ。
僕自身はモデルじゃないから他人事で済ませられるけど、アールに読ませてみればさぞかし面白いものが見られるだろうな。
楽しみだ。
***
「うぅ、なかなか、これは……」
僕は呻いた。手には二本の棒――クァイツ。原始的な道具なのに使うのは難しい。マリーが僕が悪戦苦闘する様子を見てクスリと笑った。
「我が家の皆も最初はそんな感じだったわ。でも練習すればすぐに慣れると思うの。見て。こんな風に親指と人差し指、中指で挟んだ方を動かして、薬指で支えている方は固定する――そう、そんな感じよ」
クァイツの持ち方を教えてくれた後は、その使い方を実演してくれている。僕もそれを見よう見まねで同じようにやってみるんだけど、なかなか難しい。
「慣れたら割と大きなものを挟んで持ち上げてみるの。こんな風にね。お皿からお皿へ移動する練習も良いわ」
言って、焼き菓子をクァイツで挟んで口に運ぶマリー。僕も試してみる。何とか持ち上げられた。しかし口にする前にポロリと落としてしまう。
「あっ!」
フォークを使いたての子供みたいな事になってしまった。情けない。
ポンポンと僕の肩が慰めるように叩かれた。
「気にしない気にしない。落とす内は食べられないものを。落とさないようになれば食べられるものを。大きさもだんだん小さくしていくと良いわ。ほら見て」
「うぇっ、それは流石に難しいよマリー!」
マリーが持ち上げてみせたものは小さな豆だった。それを一粒ずつ皿から皿へ移し替えていく。実際クァイツを使ってみると、それがどんなに凄い事か分かる。
「大丈夫、絶対使えるようになるから。練習あるのみよ、グレイ」
「うぅ…」
何だか悔しい。絶対使えるようになってやる!
その日から僕の猛特訓が始まった。
毎晩寝る前に練習をする。
幸い、それなりの大きさのものならすぐ掴めるようになった。
落とさなくなれば実戦あるのみと、食事もなるべくクァイツを使うようにしている。
カトラリーを切り替えてからは祖父や父にも教えている。眉を顰めてぎこちなく手を動かす様子は数日前の僕を見ているようだ。
後から兄、母、祖母が参加。一番早く食事に問題ない程使いこなせるようになったのは意外にも母だった。
僕も負けてられない。
豆を皿から皿へ問題なく移せるようになったらマリーに手紙を書こう。
アールの銀行もそろそろ形になりそうだ。銀行となる建物も、キャンディ伯爵領に建設が始まっている。その隣に更に株の取引を行う場所も同時に作られる事になっていた。
王都とリプトン伯爵領にはそれぞれの支店が置かれる予定だ。物件も何件か候補が絞られている。
更には最盛期・繁忙期を迎えているラベンダーの事業。商会の仕事以外にも色々忙しくしていると何時の間にか月が変わっていた。
正直に言えば多忙を極めている。しかし僕はマリーにはなるべく会うように時間を作っていた。勿論会えない日は手紙を書いたり花を贈ったりしている。あんな事があって彼女もまだ不安が癒えないだろうし、サイモン様や奥方様も僕にそれを望んでいるからだ。
仕事が一段落したところで休憩がてらマリーから届いた手紙を開く。同時にほんのり薔薇の香りが漂った。
紙に顔を近づけると、どうも香水を振っているらしい。なかなか洒落ている。
『愛するグレイ
こんにちは、お元気かしら。今日は嬉しい報告よ。
とうとう小説が完成したわ!
アールお義兄様に読んで頂く前に、どこかおかしい所がないかグレイに確認して貰いたいの。
忙しいだろうけど、何とかまとまった時間を作れないかしら。
たまにはゆっくり会いたいわ。
マリー
追伸 馬の蹄鉄は幸運を運んできてくれるんですって。グレイに幸運が訪れますように。』
添えられていた馬の蹄鉄の形の焼き菓子を一口ほうばって、僕は返事を書いた。
その数日後。
僕はキャンディ伯爵家のテラスでマリーと共に居た。
今しがた彼女の書いた原稿を読み終わったところである。
これは……凄いな。
「ど、どうかしら……」
もじもじしながら聞いてくるマリー。
「凄いね、普通の恋愛だけじゃない。謎解きとかハラハラする場面もあって刺激的で面白い。こういう小説ってなかなか無いと思うよ。きっと売れると思う」
「ほ、本当? お世辞じゃなくて?」
「お世辞じゃないよ。本当」
掛け値なしに僕は褒めた。
本気でそう思う。これと比べたらあの『初恋の野の花』なんてひたすら退屈だ。
それに、赤毛の人間が蔑まれる苦悩も交えて上手く書いている。流行れば多少風当たりも弱くなるかも知れない。
少しウェゲナー伯爵に感情移入してしまった。
しかしマリー、このオール・ヴェゲナー伯爵はアールとはまるっきり別人だよ。
僕自身はモデルじゃないから他人事で済ませられるけど、アールに読ませてみればさぞかし面白いものが見られるだろうな。
楽しみだ。
***
「うぅ、なかなか、これは……」
僕は呻いた。手には二本の棒――クァイツ。原始的な道具なのに使うのは難しい。マリーが僕が悪戦苦闘する様子を見てクスリと笑った。
「我が家の皆も最初はそんな感じだったわ。でも練習すればすぐに慣れると思うの。見て。こんな風に親指と人差し指、中指で挟んだ方を動かして、薬指で支えている方は固定する――そう、そんな感じよ」
クァイツの持ち方を教えてくれた後は、その使い方を実演してくれている。僕もそれを見よう見まねで同じようにやってみるんだけど、なかなか難しい。
「慣れたら割と大きなものを挟んで持ち上げてみるの。こんな風にね。お皿からお皿へ移動する練習も良いわ」
言って、焼き菓子をクァイツで挟んで口に運ぶマリー。僕も試してみる。何とか持ち上げられた。しかし口にする前にポロリと落としてしまう。
「あっ!」
フォークを使いたての子供みたいな事になってしまった。情けない。
ポンポンと僕の肩が慰めるように叩かれた。
「気にしない気にしない。落とす内は食べられないものを。落とさないようになれば食べられるものを。大きさもだんだん小さくしていくと良いわ。ほら見て」
「うぇっ、それは流石に難しいよマリー!」
マリーが持ち上げてみせたものは小さな豆だった。それを一粒ずつ皿から皿へ移し替えていく。実際クァイツを使ってみると、それがどんなに凄い事か分かる。
「大丈夫、絶対使えるようになるから。練習あるのみよ、グレイ」
「うぅ…」
何だか悔しい。絶対使えるようになってやる!
その日から僕の猛特訓が始まった。
毎晩寝る前に練習をする。
幸い、それなりの大きさのものならすぐ掴めるようになった。
落とさなくなれば実戦あるのみと、食事もなるべくクァイツを使うようにしている。
カトラリーを切り替えてからは祖父や父にも教えている。眉を顰めてぎこちなく手を動かす様子は数日前の僕を見ているようだ。
後から兄、母、祖母が参加。一番早く食事に問題ない程使いこなせるようになったのは意外にも母だった。
僕も負けてられない。
豆を皿から皿へ問題なく移せるようになったらマリーに手紙を書こう。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。