75 / 758
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
グレイ・ルフナー(39)
『素敵なグレイ
可愛らしいピンクの薔薇の花束をありがとう。込められたメッセージも。朝から嬉しくなったわ。
昨日は色々あったけど、楽しかった。来年も一緒に蛍を見ましょう。今度は二人きりで。
実はお手紙を受け取った時点で、お父様には誓約書を既に取り上げられちゃってたの。貴族には貴族のやり方があるんですって。でも誓約書に記された内容通り、あの男からのお金は私の物っていうところは死守したわ。
釣りデートだけれど、きっと後になる程グレイは忙しくなってくるわよね。だから一番早い明後日が良いと思うわ。実は領地のお爺様とお婆様が来ていて、グレイに会いたがっているの。お昼は家族全員で頂きましょう。ご都合が付けばアールお義兄様もご一緒に。そうそう、釣りはきっと午前中で終わるでしょうから、午後は以前言ってた気球を披露しようと考えているのよ。どうかしら?
追伸 実は、お爺様お婆様もクァイツが欲しいんですって。注文したいのだけれど、在庫はあるかしら?
グレイに早く会いたいマリーより』
今朝マリーに出した手紙の返事はその日の昼頃に返って来た。きっと明後日デートだから急いでくれたのだろう。最後の署名が微笑ましい。昼食が終わった席で読み終えた僕はくすりと笑って顔を上げる。
祖父エディアールと兄はそれぞれの仕事中で不在だ。母のレピーシェは部屋に戻ったし、祖母は男爵邸に居る。今この部屋に居るのは僕と父だけだった。
「お父様、クァイツの在庫はまだある?」
「ああ、あるぞ」
「今、キャンディ伯爵領からマリーのお爺様とお婆様がいらっしゃってるそうで。欲しいんだって。マリーは注文したいって言ってるけど、折角だから贈り物にしようと思うんだ」
「という事は前キャンディ伯爵夫妻か。銀行も含めて世話になるだろうからそれが良いだろう」
僕は父に礼を言った。そして気になっている事を訊ねる。
「ところで、馬車の件は今どうなっているの?」
本格的に開始する株式制度。その栄えある取引の第一号に、マリーの提案した巡回する辻馬車業をと考えている。父ブルックがそれに携わる事を決め、色々と下調べをしていたのだ。父はパイプを口から外し、紫煙を吐き出した。
「……その事なんだが。辻馬車業の背後にいる貴族は複数居るが、筆頭はウエッジウッド子爵というそうだ」
「えっ……」
聞き覚えがある。それって、あの時の。
――ウエッジウッド子爵、ギャヴィン。
脳裏にマリーと際どいやり取りをした男の顔を思い浮かべる。金髪で青い瞳の、意志の強そうな精悍な顔立ちの男。実際に性格も癖が強かった。
「その人、僕知ってる」
僕の言葉にほう、と片眉を上げて見せる父ブルック。先日あった顛末を話した。メイソンとの誓約書の下りは面白そうに、ウエッジウッド子爵とのやり取りは注意深く聞いているようだった。
「本人はトラス王国全土の民生に関わってるって言ってたんだけど……王都の行政はまた別の管轄なんじゃあ」
王国全体と王都では天と地ほどに差がある気がするんだけど。疑問を呈する僕に父が思案するように顎を擦る。
「そいつの本業が王国全土の民生なんだろう。宰相の息子、第一王子アルバート殿下の側近――大学で座学を終えられた殿下は、未来の王として実践付きで治世を学ばれている最中だ。形式上、今現在の王都の内政も殿下の管轄に置かれている。そしてウエッジウッド子爵はそれを手伝っているとか。つまり、辻馬車も含めて最終的な判断はそいつだ。決定そのものは第一王子なんだろうがな」
マリーに噛み付いたのも、自分の職責以上にアルバート殿下の体面に傷を付けられる可能性を恐れたのでは、と言う。父の口から飛び出したとんでもない情報に、僕は仰け反った。
「さ、宰相の息子!? なら、スキアー公爵って名乗るんじゃあ……」
何故子爵なのか。驚きながらも首を傾げる。父はそれがな、と煙草の灰を灰皿に落としながら説明する。
「息子と言っても庶子だ。相続権は無い。没落した子爵位を復活させて与えられた法服貴族という奴だな」
「そ、そういう事だったのか……聞きなれない名前だと思ってた」
だけど宰相の息子というのは社交界で知られていてもおかしくなさそうなのに。そう呟くと、父は「知られてないからな」と何でもないように言う。
「俺もこの情報を掴むのに相当苦労したぞ? 表向きは『ウエッジウッド子爵の子孫が見つかり才能があったので宰相が取り立てて官職に就けた』事になってるからな」
官吏としての評判は悪くないらしい。実際に内政官として有能だとか。
でも。
「……あの人はそんな一筋縄じゃいかないと思うよ。賄賂とかも通じ無さそう。どうするの」
「懇切丁寧に説明し、『民の為』に安価な交通手段を提供すると伝えるしかあるまい。何なら、監視の意味も込めてそれこそ株券とやらを買って貰えば良い。お前が話した事から推察するに、少なくとも『民の為』になら真面目で融通が利かなさそうな男だ。そして忠誠心も篤い。ならば『民の為』になる利を提示し、更にはそれが殿下の功績ともなる事を説明、納得させる――正攻法で行くしかなかろう」
婚約者がやりあったお前よりは俺が行った方が良さそうだ、という父。僕もそれが良いだろうねと頷いた。
何となしに手紙に添えてあった包みを手に取る。焼き菓子の良い香り。これが僕の今日のおやつになるだろう。
可愛らしいピンクの薔薇の花束をありがとう。込められたメッセージも。朝から嬉しくなったわ。
昨日は色々あったけど、楽しかった。来年も一緒に蛍を見ましょう。今度は二人きりで。
実はお手紙を受け取った時点で、お父様には誓約書を既に取り上げられちゃってたの。貴族には貴族のやり方があるんですって。でも誓約書に記された内容通り、あの男からのお金は私の物っていうところは死守したわ。
釣りデートだけれど、きっと後になる程グレイは忙しくなってくるわよね。だから一番早い明後日が良いと思うわ。実は領地のお爺様とお婆様が来ていて、グレイに会いたがっているの。お昼は家族全員で頂きましょう。ご都合が付けばアールお義兄様もご一緒に。そうそう、釣りはきっと午前中で終わるでしょうから、午後は以前言ってた気球を披露しようと考えているのよ。どうかしら?
追伸 実は、お爺様お婆様もクァイツが欲しいんですって。注文したいのだけれど、在庫はあるかしら?
グレイに早く会いたいマリーより』
今朝マリーに出した手紙の返事はその日の昼頃に返って来た。きっと明後日デートだから急いでくれたのだろう。最後の署名が微笑ましい。昼食が終わった席で読み終えた僕はくすりと笑って顔を上げる。
祖父エディアールと兄はそれぞれの仕事中で不在だ。母のレピーシェは部屋に戻ったし、祖母は男爵邸に居る。今この部屋に居るのは僕と父だけだった。
「お父様、クァイツの在庫はまだある?」
「ああ、あるぞ」
「今、キャンディ伯爵領からマリーのお爺様とお婆様がいらっしゃってるそうで。欲しいんだって。マリーは注文したいって言ってるけど、折角だから贈り物にしようと思うんだ」
「という事は前キャンディ伯爵夫妻か。銀行も含めて世話になるだろうからそれが良いだろう」
僕は父に礼を言った。そして気になっている事を訊ねる。
「ところで、馬車の件は今どうなっているの?」
本格的に開始する株式制度。その栄えある取引の第一号に、マリーの提案した巡回する辻馬車業をと考えている。父ブルックがそれに携わる事を決め、色々と下調べをしていたのだ。父はパイプを口から外し、紫煙を吐き出した。
「……その事なんだが。辻馬車業の背後にいる貴族は複数居るが、筆頭はウエッジウッド子爵というそうだ」
「えっ……」
聞き覚えがある。それって、あの時の。
――ウエッジウッド子爵、ギャヴィン。
脳裏にマリーと際どいやり取りをした男の顔を思い浮かべる。金髪で青い瞳の、意志の強そうな精悍な顔立ちの男。実際に性格も癖が強かった。
「その人、僕知ってる」
僕の言葉にほう、と片眉を上げて見せる父ブルック。先日あった顛末を話した。メイソンとの誓約書の下りは面白そうに、ウエッジウッド子爵とのやり取りは注意深く聞いているようだった。
「本人はトラス王国全土の民生に関わってるって言ってたんだけど……王都の行政はまた別の管轄なんじゃあ」
王国全体と王都では天と地ほどに差がある気がするんだけど。疑問を呈する僕に父が思案するように顎を擦る。
「そいつの本業が王国全土の民生なんだろう。宰相の息子、第一王子アルバート殿下の側近――大学で座学を終えられた殿下は、未来の王として実践付きで治世を学ばれている最中だ。形式上、今現在の王都の内政も殿下の管轄に置かれている。そしてウエッジウッド子爵はそれを手伝っているとか。つまり、辻馬車も含めて最終的な判断はそいつだ。決定そのものは第一王子なんだろうがな」
マリーに噛み付いたのも、自分の職責以上にアルバート殿下の体面に傷を付けられる可能性を恐れたのでは、と言う。父の口から飛び出したとんでもない情報に、僕は仰け反った。
「さ、宰相の息子!? なら、スキアー公爵って名乗るんじゃあ……」
何故子爵なのか。驚きながらも首を傾げる。父はそれがな、と煙草の灰を灰皿に落としながら説明する。
「息子と言っても庶子だ。相続権は無い。没落した子爵位を復活させて与えられた法服貴族という奴だな」
「そ、そういう事だったのか……聞きなれない名前だと思ってた」
だけど宰相の息子というのは社交界で知られていてもおかしくなさそうなのに。そう呟くと、父は「知られてないからな」と何でもないように言う。
「俺もこの情報を掴むのに相当苦労したぞ? 表向きは『ウエッジウッド子爵の子孫が見つかり才能があったので宰相が取り立てて官職に就けた』事になってるからな」
官吏としての評判は悪くないらしい。実際に内政官として有能だとか。
でも。
「……あの人はそんな一筋縄じゃいかないと思うよ。賄賂とかも通じ無さそう。どうするの」
「懇切丁寧に説明し、『民の為』に安価な交通手段を提供すると伝えるしかあるまい。何なら、監視の意味も込めてそれこそ株券とやらを買って貰えば良い。お前が話した事から推察するに、少なくとも『民の為』になら真面目で融通が利かなさそうな男だ。そして忠誠心も篤い。ならば『民の為』になる利を提示し、更にはそれが殿下の功績ともなる事を説明、納得させる――正攻法で行くしかなかろう」
婚約者がやりあったお前よりは俺が行った方が良さそうだ、という父。僕もそれが良いだろうねと頷いた。
何となしに手紙に添えてあった包みを手に取る。焼き菓子の良い香り。これが僕の今日のおやつになるだろう。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。