貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(43)

 交渉に行って来た父からの報告によれば、予想外にもウエッジウッド子爵は辻馬車事業に乗り気になってくれたらしい。何とそこへお忍びでアルバート第一王子殿下もいらっしゃっており、王子も興味を示されたとか。

 株式の件を説明すると、株主にもなって下さるそうだ。実質許可どころか後押しを得たも同然になる。ただし、既存の辻馬車業者に不満を抱かせないようにとの事だったので、その折衝事も必要だ。

 第一王子殿下の関わっている責任のある仕事になったので、馬車の件は全て父の管轄でやるそうだ。
 僕は株券を発行して父に託すだけ。他の仕事もあるので、それだけでも気が大分楽になった。

 アールは手を回してメイソンに金を貸し始めた。トーマス様の読み通り、奴は二十日あたりで計算のからくりに気付いたらしく、使いの者がマリーに会わせるよう煩くしていたらしい。先日なんかは本人直々にキャンディ伯爵家に乗り来んだと聞いている。
 勿論マリーに会う事は叶わず、サイモン様に捕まって新リプトン伯爵として借用書を突きつけられ、誓約書どころでは無くなったらしい。
 そこに付け込んだアールは上手く『リボ払い』の借金を負わせる事にも成功し、今やメイソンは酒と女に溺れて始めているとか。

 ここまで思う通りに動いてくれるとは、とアールは祝杯を上げていた。メイソンは領地の内政も他人任せにしているようなので、次は手駒を潜り込ませる事を企んでいる。

 マリーの小説は画期的だったのか、営業するまでもなくよく売れて広まった。社交界で話題になっている。勿論モデルが誰かも分かるので、アールとアナベラ様はすっかり時の人だ。

 僕も商売関連で参加する夜会では女性達からの嫌悪や蔑視の眼差しが大分和らいだ事を実感している。
 ラベンダーの売れ行きも上々、笑いが止まらない。


***


 月末になって、僕はラベンダー修道院を訪れていた。
 というのも、珍しくイエイツ修道士から一度会って話がしたいと手紙を受け取ったからだ。新たな事が分かれば知らせると言っていたけど、太陽観察やそれに関わる歴史調査の上で何か進展があったのだろうか。

 約束していた時間に彼の部屋を訪れる。扉をノックすると暫くしてから開けられた。

 「ど、どうしたの、イエイツ!? 凄くやつれてない?」

 僕は驚きの声を上げた。イエイツは明らかに憔悴した様子で重々しい雰囲気を纏っていたからだ。

 「風邪でも引いたの?」

 「いや……とにかく入れ」

 イエイツ修道士は僕を招き入れると、廊下を見渡して扉を閉めた。
 念の為なのか、鍵まで掛けている。

 「すまんな、大きな声では言えぬ話なのだ」

 「随分物々しいね。話しって、何?」

 思わず声を潜ませる僕。イエイツは机の引き出しの鍵を開け、紙を取り出して渡してきた。
 それにはより詳細に調べられた周期と、修道院の過去の記録を簡潔に纏めた記述があった。

 「これを見るがよい。全てを調べ出すとキリが無いので修道院の記録は太陽神の御加護が弱かったと思われる時期に絞ったのだが。恐ろしい事が分かったのだ」

 「恐ろしい事?」

 「ああ。太陽神の御加護は再び弱まりつつある。大いなる災いが列をなしてやってくる、その時期がすぐそこへ来ている。間違いない」

 「何だって?」

 僕はイエイツに渡された紙に目を落とした。ここ十数年程で起きた、おかしな天気や災害が列挙されている。遠くの国で起こった大地震や火山噴火等も。

「災害だけではない。不作も頻度が増えてきている。もう一枚も見てみるがいい。二百年前の記録を。修道院の記録から掘り返すのは一苦労したが、その甲斐があったと思う。酷似しておるだろう?」

 僕は二枚目の紙に目を通した。二百年前の状況と、一ヵ所に『現在はここの時期に相当か』とイエイツの走り書きがある。
 その走り書きの後に列挙された事柄がこれからどんどん起こり得るとすれば、確かに大変な事だ。

 「グレイよ。これは拙僧の一人の手に余る。ああ、とんでもない事に気付いてしもうたわ。どうしても、上つ方々にお伝えする事は叶わぬのか?」

 「……僕の一存じゃ無理だ。でもそうだね、何とか良い方法が無いか相談してみるよ」

 「そのお方にか?」

 僕ははいともいいえとも言わずに黙った。イエイツは首を振って大きく息を吐く。

 「無理に聞き出そうとは思っておらん。ただもしそのお方にお会いする事があらば、くれぐれも世の人々の為にこの事を上つ方々に伝える許しを頂きたいと、拙僧の代わりに伏してお願いして欲しいのだ」

 それぐらいなら。

 僕は頷いた。イエイツはホッとした表情になる。

 「頼んだ。拙僧は引き続き、太陽神の烏の記録と調べものをしようぞ。来るべき被害を少しでも食い止められるような、そのような記録があるやも知れぬ」

 イエイツと別れ、修道院を出た僕はひとまずサイモン様に相談する事に決めた。
 何十年後か、ゆくゆく不穏な世界になっていくのなら、一族の身の振り方も商会の在り方も臨機応変に状況に対処出来るようにしておいた方が良い。

馬車の窓から吹き込む風には草の香りが混じり、空には太陽が燦然と輝き、青く晴れ渡っている。
じっとりと汗ばむ陽気。しかし気分はそれとは真逆だ。

はぁ……。

どんどん話が大きくなって来ている気がする。脳裏に浮かんでいるのは他でもない、愛しの婚約者の面影。

 「こんな重大な事、僕の手にも余るよ……」

思わず恨み言が出た僕は悪くないと思うんだ。
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