貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

青天の霹靂はラッキースケベと共に。

 「入るぞ」

 いきなりガチャリと私の部屋の扉が開かれた。こんな事をするのはこの家でもただ一人――安定のダディサイモンである。

 「ちょっと、乙女のお部屋なんだからちゃんとノックしてって言ったよね、ダディ!」

 何度言っても聞かないんだから。そう文句を垂れると、「マリー?」とその後ろからひょこっと窺うように顔を出したグレイ。彼は私を一瞥するなり瞬時に顔を真っ赤にして狼狽えた。

 「わわっ!?」

 慌てて顔を覆う。

 「へっ、グレイ!?」

 思ってもみなかった父の連れに仰天した。それもその筈、今の私はお手製の短パンにキャミソール姿。太腿も二の腕も胸元も晒された状態――つまり、この世界的には下着姿よりももっと破廉恥な恰好という訳だ。
 そんな恰好で足水で涼を取りつつ、錫の水差しに入った井戸で冷やされたアイスティーをのんびり楽しんでいたのである。これこそ正にブルジョワ!
 ちなみにサリーナは丁度お菓子を取りに席を外していた。間が悪いにも程がある。

 父も怒りに顔を赤くしてプルプルと震えていた。私は冷静にさっと指を耳に突っ込む。

 「こんっっの、馬鹿娘ぇぇぇ――っっ!!!」

 久々に屋敷中に響き渡らんばかりの父の怒鳴り声を聞いた気がする。グレイが目を白黒させてるよ。
 つーか、怒りたいのはこっちなんだけど。毎回毎回何故ノックしないのかと。まったくもう。

 しかしこれでラッキースケベなグレイは責任を持って私と結婚する事確定となったな。結果オーライか、ぐふふ……。


***


 「で、いきなりノックも無しにマリーの部屋を訪ねてきたのは何でなの?」

 サリーナが戻って来て運動着に着替えた私は、改めて二人を招き入れ、ソファーテーブルにお茶を用意させた。
 見られた強みを持っているので、言葉も取り繕う事すらしていない。
 まだグレイは顔を茹蛸のように真っ赤にして明後日の方向を向いている。父は頭痛を堪えるように膝の上に肘をつき、両手を組んで下を向いていたが、大きく息を吐くと気持ちを切り替えたようだった。

 「――実はな、バレたらしいのだ。修道士に調べて貰っている事が」

 「バレた? 誰に」

 にわかに不安を覚えて眉をしかめる。相手によっては厄介な事になるだろう。
 グレイが口を開いた。

 「メンデル・ディンブラ大司教――ラベンダー修道院の院長だよ。それで、イエイツ修道士は最初は黙ってくれようとしたんだけど、不敬にも太陽神に望遠鏡を向けている不信心者として破門されかけ、已む無く何を調べているのかを吐いたそうなんだ」

 「でも、イエイツ修道士は私の事は知らされてないんでしょ?」

 「うん。でも、僕には簡単に行き着くよね。それで、僕は修道院に呼び出され、修道院長に望遠鏡の事について触れられ、この知識の出所を訊かれたんだ。院長は、太陽神に遣わされた聖女か賢者の再来に違いないと言い張っててね、何故隠すのかと。
 マリーの言ったように行きずりの外国の旅人、とでも言えば良かったんだろうけど……院長に先回りされて、嘘を言えば教会を敵に回す事も有り得るし、勿論ラベンダー事業の事も考えさせて貰うと言われてどうしようもなくて。
 考えて、本人が望んでいないからどうしても言えないと苦し紛れにその場は突っぱねるしかなかった。それで先日サイモン様に相談したんだけど……今朝になって、イエイツ修道士から手紙が届いたんだ。修道院長がキャンディ伯爵家を近々訪問すると言っていたのだと」

 成程。

 教会を敵に回せばこの国に居づらくなるだろうな。特に赤毛を持つ一族は。
 そう考えると、私は嘘で誤魔化してくれなかったとグレイを責める気になれなかった。彼は精一杯頑張ってくれている。

 「恐らく調べられるか見張られるかしていたのだろうな。お前の行動から、我が家に秘密があるのではと踏んだのだろう」

 腕を組んだ父の言葉にグレイははっとして縮こまった。

 「……この訪問も軽率でした、申し訳ありません」

 「良いの、グレイ。遅かれ早かれってやつだし、そう言う事なら仕方ないわ。教会を敵に回したり大事なラベンダー事業を人質に取られちゃあね。修道院長がうちに来るのは確定として……外国の行きずりの旅人、じゃもうダメそうね」

 「マリー、教会を敵に回すのは得策じゃないぞ。下手をするとうちが破門される」

 「……そうね。味方に付けるしかないかな」

 どうやって、という表情を浮かべる二人に、私は胸算用を披露する。
 どの道、教会はいずれ味方に付けようと思っていたんだ。それが少し早まっただけ。女だ度胸だ。ピンチは捉えようにによってはチャンスにもなるのだから。


***


 グレイの訪問はやはり教会にバレていたらしい。何とその日の夜、メンデル・ディンブラ大司教が煌びやかな正装をして供を引き連れて我が家に乗り込んで来たのだ。

 「突然のご訪問に驚いております。本日は祈りの日ではなかったと存じますが、猊下におかれましては我が家に何か急なご用件でもおありでしょうか」

 家族全員で出迎え、父サイモンが代表して挨拶をする。メンデル修道院長は、慈悲深い聖職者然とした笑みを浮かべた。

 「突然お訪ねする御無礼を心よりお詫び致します。しかしこちらにも事情がありましてな。サイモン殿もお人が悪い。こちらにいらっしゃるのですな? イエイツ修道士に来たるべき災いを予言した、太陽神の叡智を授かったお方が」

 言いながら、修道院長の視線は明らかにちらちらと私を見ている。それがあの時サンドイッチを見ていた愚民共を彷彿ほうふつとさせるので笑いを堪えるので必死だった。まあ、グレイと関係が深いキャンディ伯爵家の人間と言ったら父以外は私ぐらいしかおるまい。

 「はて……」

 首を傾げる父。大司教は笑みを消して真顔になった。

 「既にこちらで調べは付いているのですぞ。よもや隠し立てなさるおつもりではありますまいな。場合によっては……」

 「まあ、隠しているだなんて! 太陽神の叡智、というのは良く分かりませんが、婚約者のグレイに望遠鏡を頼んで、イエイツ修道士に調べものをして下さるようお願いしたのは私ですわ、修道院長様」

 雰囲気が不穏なものになりかけた時、私は自分から名乗り出た。修道院長は我が意を得たりとばかりに顔に喜色を浮かべる。

 「おお、やはりマリアージュ姫が聖女様であらせられましたか!」

 「お待ちください、我が娘は確かにおかしな事を申したりしでかしたりしますが、それはとても聖女様や神の叡智とは……これ、マリー! お前はまたホラ話をして皆様を巻き込んだのではあるまいな!」

 叱責してくるダディサイモン。メンデル修道院長は慌てて取りなす。

 「まあまあ、サイモン殿。そうお怒りにならずに。マリアージュ姫とお話をさせて頂きたいのですが、ようございますかな?」

 先程まであった猜疑や敵意は既に払拭されたようだった。院長の申し出に躊躇ためらいを見せる父。

 「それは、構いませんが……」

 「あの、院長様を通さず……勝手に調べて貰うよう依頼したのは大変申し訳なく思っておりますわ。しかし私は一介の令嬢。あまり物事を大事にしたくないのです。立ち話でも何ですし、ゆっくりお寛ぎになれる部屋へご案内しましょう」

 私は殊勝な態度を心掛け、勝手をして申し訳ないと頭を下げる。そして、立ち話も何ですからとメンデル・ディンブラ大司教御一行を喫茶室へと案内した。
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