貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(44)

 僕は商会の方で少々トラブルがあり、それに対処するのに少し時間を取られてしまっていた。それが落ち着いたのは、イエイツ修道士を訪ねてから四、五日程経った頃。やっとキャンディ伯爵家へ訪問出来る。
 そう言えば、前のデートの時、マリーは蓮の根っこが食べられると言っていた。輪切りにしてハンコにすると面白いとも。
 僕は早速とばかりに母レピーシェの元へ行った。

 「……という事があったんだよ。彼女自身が確認にうちに来るだろうけど、僕も興味があるんだ。試しに根っこを輪切りにしてみたいから、少し分けて貰えないかな、お母様」

 「まあ、あの根っこが食べられるかも知れないの? 沢山生えているし、そういう事なら構わないわ」

 事情を話すと快諾を得たので、僕は庭師を探して根っこを採取させた。それを更に水で泥を落として輪切りにさせる。
 断面を見ると、確かに穴が開いている。中央に小さなものが一つ、周囲に大きめなのが円を描くように。ハンコにしたら確かに花のようになるだろう。
 それならば、黒インクではなく、色とりどりのものでハンコにする方が見ても楽しめるに違いない。

 僕は使用人を呼んで絵の具を用意させた。マリーへの手紙はハンコで紙を飾ってみよう。きっと喜んでくれるに違いない。
 そう言えば先日、アールがアナベラ様に向日葵を贈っていた。毎回薔薇を贈るのも何だし、今回は向日葵にしよう。
 マリーの蜜色の髪と瞳は、夏の日差しの下ではきっと太陽神の如くきらきらと輝くだろうから。

 その様子を想像すると、自然に笑みが零れる。

 「何だ、それは。何かの根か。面白いな」

 ペタペタと紙にハンコを捺していると、父ブルックがやってきた。

 「あの蓮の根っこなんですよ、あなた。マリーちゃんが蓮の根っこが食べられるし、こうして切ってハンコにすると面白いんですって」

 母もペタペタやりながら簡単に説明する。最初、興味津々で僕に付き添い、ハンコをすのを興味深げに見ていた。しかし鮮やかな花模様が出来上がっていくにつれ、自分も友人の手紙に欲しいと言い出した。今は一緒にハンコを捺していたのだ。

 「おお、そう言えばグレイ。殿下は株式制度や辻馬車運用の発案者が誰か気にされていたぞ。そのような智恵者を是非側近に欲しいと仰せになってな。株式制度についてはお前が携わっていると売り込んでおいた」

 もしかするとお呼びがかかるかも知れん、とほくほく顔の父。僕は一瞬思考停止した。

 「え……? 発案者って、ちょっと!」

 ――それって嘘を吐いた事になるよね。しかも、王太子殿下に。

 僕の言わんとするところを汲み取った父は心外だとばかりに片眉を上げた。

 「嘘は言っておらんぞ、発案者がお前だとは一言も言ってない。『株式制度に携わっている』としか言ってないのだからな。
 だが、株式制度にしろ馬車にしろ、広まって行けばいずれ発案者が誰かというのは自然に人々の話題に上るだろう。そうなった時には誰かが三の姫の身代わりになる必要がある。
 三の姫が表へ出られない分、未来の夫であるお前が多少は矢面に立つべきではないか?」

 言ってる事は分かるけど……なるべく慎重、消極的に徐々にやっていくことを考えてたのに。

 「マリーの事は勿論秘密として、僕もあまり目立ちたくないんだけど。言っておくけど、マリーの秘密が漏れたらお父様はサイモン様の恨みを買う事になるんだからね。
 それに、本当に殿下の側近として抜擢されたら貴族達からやっかみを受けて商売をしにくくなるんだけど。僕達兄弟の婚約話でさえ色々あったのに……」

 僕が苦情を言いながら肩を落とすのとは裏腹に、父ブルックは肩を上げた。

 「秘密なのは勿論分かっているとも。だから三の姫の事はおくびにも出して無いぞ。だがお前に限っては構わないだろう。何より未来の王の覚え目出度い事は我が家の発展に繋がるのだから。お前が矢面に立って商売し難いのならば俺や爺様が動けばいい」

 「……『目立つ鳥は短命』とか『余計なお喋りは災いを呼ぶ』って言うよね」

 「お前は気にし過ぎだ。時として大胆に動かなければ機を失うぞ」

 父ブルックは宥めるようにくしゃりと僕の頭を撫でる。

 「だと良いんだけど……それでもね、」

 僕はマリーの事だけは絶対秘密だと父に念を入れて何度も釘を刺した。
 それに、動く機会を誤って、それが命取りになる場合もある――そう言いかけて、僕はあまりの不吉さに口を噤んだ。
 言葉が現実になる、という迷信だけど、そういうのは何時だって良い事じゃなくて悪い事の方が多い。

 少しでも現実になる可能性を減らしたくて。


***


 『向日葵のようなグレイへ

 先日は向日葵をありがとう。実は向日葵も好きだから、とっても嬉しかったわ。ロマンチックね。
 お部屋の窓辺に飾ると、部屋の雰囲気が一気に華やかになったわ。暑さで倒れそうな時は元気を貰えそうよ。

 手紙の色とりどりのハンコも綺麗ね。この形はきっとレンコンで間違いないと思うわ。
 ああ、ルフナー子爵家に行くのが今から楽しみ!

 夏は本当に大変よね。私もグレイと似たような感じ。朝早く活動して、陽射しの強い昼間は家に引きこもっているわ。
 汗をかく度に水浴びをしているの。他は井戸で冷やしたお茶を飲んで涼を取っている位よ。
 早く涼しい秋になればいいのに。

 ところで、私とお父様に相談したい困った事って? 
 お父様と相談した日付を幾つか書いておくから、その日なら何時でも大丈夫よ。

 夏は汗を沢山かくでしょうから、刺繍ハンカチを数枚贈ります。どんどん使ってね。

 いつも貴方を見ているマリーより』

 恐る恐る包みを取る。どうも三枚程入っているようだ。
 一枚目のハンカチをそっと広げてみると、手を広げた形の黒い糸の刺繍がしてある。その下に、『お前を見ている』と文字が縫い取られてあった。

 「……」

 もしかして、向日葵に込めたメッセージのお返し……かな? それにしては何か……デザイン的に殺し屋の殺人予告みたいだと思うのは気のせいだろうか。相変わらず彼女は独特の感性だと思う。
 続けて二枚目を広げてみる。

 「な……なん、だって……!?」

 僕は思わず驚愕の声を上げた。
 二枚目はこれまで貰ったハンカチとは違って随分まともだったからだ。

 そこには黒で飛翔するドラゴンのシルエットが刺繍されている。正直に言えば、貰って嬉しい。凄く格好良かった。マリーもいつもこういうのをくれれば良いのに。
 ドラゴンに勇気づけられて広げた三枚目も比較的まともだった。蜜蜂と酒瓶の刺繍に『蜂蜜酒を飲もう』という言葉。
 サイモン様からの返事には蜜蜂の人工飼育に成功したと書いてあったので、きっとそれ関連なのだろうけど……彼女はもしかして蜂蜜酒が好きなのだろうか。

 僕は暫し悩んで、今度の訪問には蜂蜜酒をお土産に持っていこうと決めた。
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