貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(48)

 正装まで用意しているなら、もうこれは確信を持たれている。キャンディ伯爵家に居るのだと。

 「ごめん、アール。僕今からキャンディ伯爵家へ行ってくる!」

 後は宜しく、と言って僕は家を飛び出した。無駄かも知れないけど、リディクトは使わない。出来るだけいつもの訪問を装う為に敢えて馬車に乗り込んだ。


***


 「うちに来ると言っていたのか……ひとまずマリーに伝えて対応を考えねばなるまい」

 サイモン様はそう言って、マリーの部屋へと僕を伴う。

 「入るぞ」

 そう言ってノックも無しにいきなりマリーの部屋の扉を開けるサイモン様。僕は良いのかなとちらりと思うも、扉の先にある光景を見た瞬間、衝撃に何もかも吹っ飛んだ。

 マリーはあられもない恰好をしていた。
 シュミーズ以上に露出の大きな下着。肩紐で吊られていて、彼女の白い胸元と二の腕が露わになっている。しかも、丈が短くて腰程までしかない。
 下も太腿の際どい所まで見える下着を履いていた。下に何故か桶があり、彼女はそこに足を入れている。

 正直に言って、僕のような年齢の男には非常に目の毒だ。慌てて顔を覆うも、時既に遅し。彼女の姿は目にありありと焼き付いてしまっていた。

 と。

 「こんっっの、馬鹿娘ぇぇぇ――っっ!!!」

 サイモン様が怒りの雄叫びを上げる。近くに居た僕の耳がおかしくなりそうな程の大音声、部屋のガラス窓もビリビリと音を立てているようだ。

 「旦那様!」

 そこへマリーの侍女がやって来た。「少々お待ちを」とテキパキと持っていたバスケットをテーブルに置くと、僕達を別室に案内し、別の使用人に任せて戻って行った。

 使用人が「お茶を用意して参ります」と言って出て行ってしまうと残されたのは僕達二人。
 先程のあられもない恰好のマリーを思い出す。令嬢にはあるまじき恰好だった。サイモン様はまだ怒りが覚めやらぬのか腕を組んで押し黙っている。
 何とも言えない沈黙が部屋を支配していた。

 ……何となく、気まずい。

 「……サ、サイモン様。先程の事は……」

 それでも勇気を振り絞って恐る恐る訊ねてみる。サイモン様は暫く黙っていたが、やがて深い深い息を吐いた。

 「すまんな、グレイ。残念ながら……あれがマリーだ。私が部屋を訊ねる時はよくあのような令嬢らしからぬ有様でいる。ベッドの上で本を読みながら菓子を貪っていたり、メリー程の年齢の時は裸で居た事さえあったのだ」

 「えっ……」

 さっきも裸同然だと思うんだけど……一糸纏わずで?
 思わずマリーが素っ裸になって、しどけなくベッドに横たわっている姿を想像してしまい、僕の頬は熱くなった。

 不意に部屋の扉がノックされた。マリーの侍女サリーナが彼女の用意が整ったと伝えに来たのだ。そこへ丁度お茶を運んできた使用人もサリーナに言われ、そのままマリーの部屋へ向かう事になった。

 なったんだけど。僕は一体どんな顔をして彼女に会えば良いんだ!


***


 「で、いきなりノックも無しにマリーの部屋を訪ねてきたのは何でなの?」

 マリーの部屋のソファーに座った僕達に放たれたマリーの第一声。
 僕もノックも無しにいきなり部屋の扉を開けるのはどうかと思う。
 きっとサイモン様の中のマリーはまだメリー様のような子供なのだろう。そんな推測をしながらも僕は彼女の顔をまともに見れないでいた。

 サイモン様も暫く組んだ手を額に当て顔を隠すように下を見ていたが、やがて大きく息を吐く音が聞こえた。イエイツに調べて貰っていた事がバレたと簡潔に述べる。それを聞いたマリーは誰にバレたのかと不安そうに口にした。僕は少し冷静さを取り戻すとサイモン様の言葉を補完する。
 説明を終えるとマリーは成程と小さく呟き、申し訳そうな目をしてこちらを見た。

 「恐らく調べられるか見張られるかしていたのだろうな。お前の行動から、我が家に秘密があるのではと踏んだのだろう」

 サイモン様の言葉にハッとする。先刻受け取ったイエイツからの書付。動向を見張られていたとしたら?
 そうなると、僕がキャンディ伯爵家に来たのはまずかったかも知れない。

 「……この訪問も軽率でした、申し訳ありません」

 僕は頭を深々と下げ、そう言うしかなかった。教会の力をどこか軽く見ていた。
 マリーが遅かれ早かれだと慰めるように言ってくれるけど、これは僕の失態には違いない。
 彼女は教会を味方に付けるしかないという。どうやって、と思うその疑問が僕の顔に出ていたのだろう。マリーはふっと笑った。

 「どの道ね、調べて貰ってた事が現実味を帯びる以上はどうしても大規模で事に当たらなければいけなくなるのよ。そうなると国か教会かどちらかの二択になる。でもマリーは王族とは絶対に関わりたくない。だったら教会一択よ。いずれやってくる修道院長――教会と取引する事にするわ」

 その日の夕方。

 キャンディ伯爵家から使いが来て、僕はその伝える内容に驚愕する事になる。まさか今日乗り込むなんて。
 修道院長――メンデル・ディンブラ大司教は時間を与えては対策されるとばかりにすぐに動いたのだ。

 慌てて再びキャンディ伯爵家へ駆けつけた時には全てが終わっていた。
 マリーは自分の目論見通りに事を運べたらしい。聖女になる条件として災厄への対処の協力を取り付け、王族――国家権力からの隠匿と保護を頼んだのだ。

 マリーがそこまで僕と結婚するという強い意志を持っていてくれることは嬉しいけど……バレた場合、教会はどこまでマリーを守りおおせるのか。
 懸念を口にした僕の顔にマリーの嫋やかな手が添えられる。万が一のことがあれば国外に連れて逃げて欲しいと口付けを落とされた。

 これも惚れた弱みかな。覚悟だけはしておこう。


***


 「マリー、本当に大丈夫?」

 月が変わり、修道院へ向かう馬車の中。僕はマリーを気遣っていた。

 人員を増やして修道院長が記録を調べさせた結果、やはりイエイツと同じ結論に至ったらしい。故に、マリーが聖女として認められる事となったのだ。
 僕もぼやぼやとしている訳には行かなかった。万が一の時の備えを色々と想定し、すぐにでも対応出来る態勢を整えていたのだ。

 「うふふ、グレイが居てくれるから心強いわ」

 微笑む彼女の手が僕の手を握る。「帰る時もよろしくね」

 「うん、任せて」

 マリーが修道院で学んでいる間、僕は別行動だ。ラベンダー関連ではもうじき夏至祭があり、暑気除けとして剪定枝で作られるリースが売り出されたりもする。ただ、学びを始める最初の頃は出来るだけ付き添おうと思う。

 そろそろかと馬車の窓に目をやると、見慣れた修道院の建物。入り口の近くで、イエイツらしき修道士が手を振っているのが見えた。
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