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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
コスプレ散歩大会。
「へぇ、そうなの。良かったわ」
「うん。随分便利になったって評判だよ。以前よりも気軽に外出出来るみたい。馬車の乗務員もなり手が殺到してる」
ある日の午前中、庭先の涼しい日陰でグレイと一緒に冷たいお茶を楽しむ。
馬車事業が動き出して、人々の移動が活発になっている模様。善きかな。グレイの言った馬車の乗務員とは、日本の一昔前のバスをイメージしている。御者の補佐として切符を販売したり、停留所のアナウンスをするのだ。
体重の軽い子供や女性が多いそうで、なかなか人気職のようである。
「父によれば、王太子殿下もお喜びだとか。実際辻馬車の事業で殿下の株は上がった訳だしね」
「……という事は、投資も期待して良いかしら?」
「ああ、それもね、希望者が殺到してる。楽しみにしてて」
「うふふ、嬉しいわ!」
「ところでもうすぐマリーの誕生日だね。何か欲しい物はある?」
唐突にグレイに訊かれて、はたと気が付いた。そう言えばそうだ。もうすぐ誕生日なの、忘れてた。
ちなみにグレイの誕生日は早生まれ。今年は誕生日を過ぎてお見合いしたから私が彼を祝うのは来年になる。
しかし欲しい物……。私は考え込んだ。
「……お米。お米が良いわ」
そうだ。醤油はもう手に入っている。次なるはお米だ。米――ジャポニカ米が食いたい。
グレイが「オコメ?」と首を傾げた。私は頷いて、米について説明をする。田んぼという水が張られた場所で栽培される穀物類で、多分醤油と同じで、フソウという国で栽培されてるかも、と。
それを聞いてグレイはうーんと唸った。
「それならもっと早く訊くべきだったね。手に入れるよう頑張ってみるけど、誕生日には間に合わないかも知れないよ?」
私は高まる期待にうんうんと頷く。
「それで構わないわ。何時まででも待てますとも!」
他に欲しい物は特に無いし、と言うと、困ったような微妙な顔で彼は頬を掻いた。
「ところで、先日の修道院はどうだった?」
「ああ、前はサリューン・フォワという人が来て――」
あの日は兄に送迎して貰っていたのでグレイは知らない筈。私はかいつまんであった事を話した。グレイは名を聞くなり「えっ、枢機卿!?」と目を白黒させている。
「凄い偉い人だよ、マリー! 事実上この国の教会のトップじゃないか」
「えっ、そんなに偉い人だったの?」
訊き返すとグレイは凄い勢いで首を縦に振る。サリーナも、そして何故かそこにいる馬の脚共も当然とばかりに頷いていた。「枢機卿猊下に礼を取られるような人が僕の婚約者かぁ……」とまじまじと見られる。
と言われてもなぁ。自分もいまいち実感が湧かない。
「聖女としての認定は、教皇様にして頂く事になってるらしいわよ?」
と言えば、引き攣った顔でひぇっと声を上げられた。
***
昼食を一緒に食べた後、グレイは午後用事があるそうで帰って行った。今日は特にやる事もなし。さて何をしようか。
使用人がどことなく忙しそうだったので一人捕まえてどうしたのかと聞けば、アン姉が婚約者のザイン・ウィッタード公爵子息とお客様を連れて帰って来たらしい。
ふーん。公爵子息だから交友関係もそれなりに身分が高いだろうし、使用人も浮足立っているのだろうな。
となると。
私は居住エリアの方へ足を向けた。ニートたるもの、客人の前に出てはならぬのである。それに食べたばかりだし、散歩でもするとしよう。
食事の後に散歩するのはダイエットにも良いそうだ。一度自室に戻った後、例の鎧コルセットに運動着を着て私は庭に出る。ただそれだけじゃつまらないので祖母からのエリザベス女王襟も身に着けた。ちょっとしたお洒落である。
前世、マラソン大会で仮装参加する人の気持ちも今の私と似たようなものだろう。コスプレ等、いつもと違う服装で運動するというのは実にワクワクするものだ。
サリーナと共に庭に出て、馬の脚共を呼んで散歩の供を申し付ける。最近やっと外で運動が出来るようになってきたのだ。私はラジオ体操を終えると、先ずは池の方へと歩き出した。
***
スタスタスタ……。
ザッザッザッザッザッザッ……。
鳥や蝉の声がする他は、私達の歩く音だけが聞こえている。
私はいい加減にピタリと足を止めた。命じたのは散歩の供だった筈だ。
「……馬の脚共よ」
「ははっ!」
「はっ!」
それなのに。
「何故、馬の状態で付いてきている?」
そう、気が付けば奴等は馬になっていた。
夏は終わりに差し掛かっているが、まだまだ厳しい陽射しである。
「暑いだろうに」
熱中症になるぞ。
そう言うと、「上は脱いでおりますのでこちらの方が快適なのでございます。これが日除けとして機能しておりますれば」と前脚の声。続いて後ろ脚の声で「この方が落ち着くのです」と聞こえてくる。
そういうものなのだろうか。
「お前達が良いなら私は構わないが……」
と、言いかけたその時である。
「面白い遊びをされているのですね」
馬の脚共が鋭く「「マリー様!」」と口々に叫び、サリーナが私の傍に寄るのとほぼ同時に何者かの声が掛けられた。
「うん。随分便利になったって評判だよ。以前よりも気軽に外出出来るみたい。馬車の乗務員もなり手が殺到してる」
ある日の午前中、庭先の涼しい日陰でグレイと一緒に冷たいお茶を楽しむ。
馬車事業が動き出して、人々の移動が活発になっている模様。善きかな。グレイの言った馬車の乗務員とは、日本の一昔前のバスをイメージしている。御者の補佐として切符を販売したり、停留所のアナウンスをするのだ。
体重の軽い子供や女性が多いそうで、なかなか人気職のようである。
「父によれば、王太子殿下もお喜びだとか。実際辻馬車の事業で殿下の株は上がった訳だしね」
「……という事は、投資も期待して良いかしら?」
「ああ、それもね、希望者が殺到してる。楽しみにしてて」
「うふふ、嬉しいわ!」
「ところでもうすぐマリーの誕生日だね。何か欲しい物はある?」
唐突にグレイに訊かれて、はたと気が付いた。そう言えばそうだ。もうすぐ誕生日なの、忘れてた。
ちなみにグレイの誕生日は早生まれ。今年は誕生日を過ぎてお見合いしたから私が彼を祝うのは来年になる。
しかし欲しい物……。私は考え込んだ。
「……お米。お米が良いわ」
そうだ。醤油はもう手に入っている。次なるはお米だ。米――ジャポニカ米が食いたい。
グレイが「オコメ?」と首を傾げた。私は頷いて、米について説明をする。田んぼという水が張られた場所で栽培される穀物類で、多分醤油と同じで、フソウという国で栽培されてるかも、と。
それを聞いてグレイはうーんと唸った。
「それならもっと早く訊くべきだったね。手に入れるよう頑張ってみるけど、誕生日には間に合わないかも知れないよ?」
私は高まる期待にうんうんと頷く。
「それで構わないわ。何時まででも待てますとも!」
他に欲しい物は特に無いし、と言うと、困ったような微妙な顔で彼は頬を掻いた。
「ところで、先日の修道院はどうだった?」
「ああ、前はサリューン・フォワという人が来て――」
あの日は兄に送迎して貰っていたのでグレイは知らない筈。私はかいつまんであった事を話した。グレイは名を聞くなり「えっ、枢機卿!?」と目を白黒させている。
「凄い偉い人だよ、マリー! 事実上この国の教会のトップじゃないか」
「えっ、そんなに偉い人だったの?」
訊き返すとグレイは凄い勢いで首を縦に振る。サリーナも、そして何故かそこにいる馬の脚共も当然とばかりに頷いていた。「枢機卿猊下に礼を取られるような人が僕の婚約者かぁ……」とまじまじと見られる。
と言われてもなぁ。自分もいまいち実感が湧かない。
「聖女としての認定は、教皇様にして頂く事になってるらしいわよ?」
と言えば、引き攣った顔でひぇっと声を上げられた。
***
昼食を一緒に食べた後、グレイは午後用事があるそうで帰って行った。今日は特にやる事もなし。さて何をしようか。
使用人がどことなく忙しそうだったので一人捕まえてどうしたのかと聞けば、アン姉が婚約者のザイン・ウィッタード公爵子息とお客様を連れて帰って来たらしい。
ふーん。公爵子息だから交友関係もそれなりに身分が高いだろうし、使用人も浮足立っているのだろうな。
となると。
私は居住エリアの方へ足を向けた。ニートたるもの、客人の前に出てはならぬのである。それに食べたばかりだし、散歩でもするとしよう。
食事の後に散歩するのはダイエットにも良いそうだ。一度自室に戻った後、例の鎧コルセットに運動着を着て私は庭に出る。ただそれだけじゃつまらないので祖母からのエリザベス女王襟も身に着けた。ちょっとしたお洒落である。
前世、マラソン大会で仮装参加する人の気持ちも今の私と似たようなものだろう。コスプレ等、いつもと違う服装で運動するというのは実にワクワクするものだ。
サリーナと共に庭に出て、馬の脚共を呼んで散歩の供を申し付ける。最近やっと外で運動が出来るようになってきたのだ。私はラジオ体操を終えると、先ずは池の方へと歩き出した。
***
スタスタスタ……。
ザッザッザッザッザッザッ……。
鳥や蝉の声がする他は、私達の歩く音だけが聞こえている。
私はいい加減にピタリと足を止めた。命じたのは散歩の供だった筈だ。
「……馬の脚共よ」
「ははっ!」
「はっ!」
それなのに。
「何故、馬の状態で付いてきている?」
そう、気が付けば奴等は馬になっていた。
夏は終わりに差し掛かっているが、まだまだ厳しい陽射しである。
「暑いだろうに」
熱中症になるぞ。
そう言うと、「上は脱いでおりますのでこちらの方が快適なのでございます。これが日除けとして機能しておりますれば」と前脚の声。続いて後ろ脚の声で「この方が落ち着くのです」と聞こえてくる。
そういうものなのだろうか。
「お前達が良いなら私は構わないが……」
と、言いかけたその時である。
「面白い遊びをされているのですね」
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