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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
一度ならず二度までも。
私はヘドヴァンを置いたダイニングルームで刺繍をしていた。
鳥籠の傍で言葉を教えつつチクチクしていると、ヘドヴァンはこちらへ寄ってきてつぶらな瞳でじっとこちらを見詰めている。言葉を覚えようとしているのだろう。
カレル兄も何故かやってきて、食卓で本とノートを広げて勉強をしている。何となく前世でも自分の部屋があるにもかかわらずリビングで勉強をする方が捗るという人が多かったなと思い出す。カレル兄もその口か。親近感が湧くな。
「『マリーちゃん、可愛い』」
「『マリーちゃん、素敵』」
「『マリーちゃん、大好き』」
等と繰り返していると、呆れたような声がした。
「…自分を賛美させるってお前……虚しくないか?」
「ううん、全然。でも、そうね……」
どうせならグレイの声で教えた方が良いのかも。自分の声よりはそっちの方が嬉しいし。
グレイが来た時に頼んでみようと思いながら私は無難な挨拶を教える事に切り替えた。
おはよう、こんにちは、こんばんは……等々と念仏のように唱える。
しかし……ありきたりだな。単純なフレーズだし、飽きて来た。
その時である。ふっと魔が差したのは。
「『戻して……人間に、戻してぇっ!』」
喉から絞り出すような声を出す私に、カレル兄が濁った瞳になる。
「闇を感じる……」
***
今朝受け取った手紙によればグレイは忙しいようだ。ルフナー子爵家自体が感謝祭の準備に追われているらしい。
今日の送り迎えはカレル兄担当。
早朝から教会での学びを終えた後、先日誕生日だったという事でお菓子を配ったり、誕生日のお祝いを言われたりして昼過ぎに帰宅すると、執事が慌てて声を掛けて来た。
「マ、マリー様! やんごとなき筋からお手紙が!」
恭しく差し出された手紙は確かに立派な封書。やんごとなき筋――王宮からだな。
私からの手紙に対する返しなのだろうが、思ったより早かったと思う。
今度はどういう手を使ってくるのだろうと思いながらペーパーナイフを使って手紙を取り出して開く。
「何々……」
やはりと言うか、アルバート第一王子殿下からだった。
会うのは一度きりという約束をアン姉としていたのは分かっているけれど、あの時は時間も少なくて込み入った話が出来なかった。せめて手紙で教育制度についての問題に再度助言を請いたいとの事。
何でも、私の提案した教育制度を殿下は前向きに考えているが、子供を労働力としている民からの反発に対して良いアイデアは無いかという事だった。
手紙のみで妙な贈り物も付いてないし、内容的にもあのギャヴィンが関わっているとは考え難いが……どうするか。うーん、あまり関わりたくないから、一介の令嬢ですので~とすっとぼけようかなぁ……。
手紙をどうするか考えながら廊下を歩いていると、ふと声が耳に入った。換気の為に開けられた窓からそっと外を覗くと、トーマス兄と――アン姉?
私は何となく隠れて耳を澄ました。
「……アン、やはりこれは何かの間違いだと思う。ザイン殿はそこまで浮ついた男じゃない。それは長い付き合いのお前が良く分かってる筈だぞ」
「これが社交界での噂だけならまだ私もすぐには信じなかったわ。けれど、アナベラからも聞いたの。アール様が出資している娼館にザイン様が現れたんですって……それも、一度や二度じゃなく、頻繁にいらっしゃっているからアール様は流石にと思って教えて下さったそうよ。毎回美しい娼婦をとっかえひっかえ選んでいると……お兄様はこれが何の間違いだと思いますの?」
「それは、」
「おまけに昨日、友人から手紙が来ましたの。彼女は先月末の夜会で殿下の客人である筈の女性と一緒に居るのを目撃したそうよ。ザイン様は私の事等どうでも良いのだわ。贈り物やお手紙をこまめに下さるようになったけれど、それは私を想って下さるというよりも、罪悪感を誤魔化す為だったのでしょう。だって、未だにまともに目も合わせて下さらない……。
我が家にも以前より頻繁にいらっしゃって下さっていたのも、アルバート殿下がマリーに会ってみたいと仰ったからだわ。その証拠に、今はさっぱり来て下さらない。結婚式を今月末に控えているというのに……きっと、私と結婚するのが嫌になったのよ」
アン姉の言葉の最後の方はもうほとんど嗚咽交じりになっていた。トーマス兄の慌てたような声。
「アン……ひとまず落ち着くんだ。私が調べて――」
「その話、聞かせて貰ったぁっ!」
私はそれ以上我慢が出来ずに窓を全開にして叫んだ。
驚愕の表情を浮かべる二人。アン姉は目を真っ赤にして涙ぐんでいる。
あのスカシ野郎、こともあろうにアン姉を泣かせるだと!? 私の怒りが瞬時にして沸騰した。
「マリー!」
「アン姉、あのクジャク野郎を今すぐこの家に呼んでください。一度ならず二度までも! 皆で吊るし上げて羽を毟ってやるのです!」
「待て、お前は関わるんじゃないマリー! 状況がますますややこしくなるだけだ!」
「何でよ! アン姉を泣かされて黙っていられるもんか! ちょんぎってやる!」
「ちょんぎって……どこで覚えて来るんだそんな言葉! 大体相手はうちよりも家格が上なんだぞ、それに今の立場を考えてみろ、下手に動いて責任とれるのかお前は!」
「ぐっ……」
私は二の句が継げなかった。悔しいけど、教会に関わる今の私じゃ、万が一揉めると大変な事になるかも。トーマス兄の言う通りだ。
アン姉がゆるゆると首を振って微笑んだ。
「マリー、ありがとう。気持ちだけで十分よ」
「……アン姉、喫茶室に行ってゆっくりしよう? 今そっちに行くから!」
せめて愚痴だけでも聞こう。私は小走りで迂回して窓の外に出ると、アン姉を連れて喫茶室へと向かった。
鳥籠の傍で言葉を教えつつチクチクしていると、ヘドヴァンはこちらへ寄ってきてつぶらな瞳でじっとこちらを見詰めている。言葉を覚えようとしているのだろう。
カレル兄も何故かやってきて、食卓で本とノートを広げて勉強をしている。何となく前世でも自分の部屋があるにもかかわらずリビングで勉強をする方が捗るという人が多かったなと思い出す。カレル兄もその口か。親近感が湧くな。
「『マリーちゃん、可愛い』」
「『マリーちゃん、素敵』」
「『マリーちゃん、大好き』」
等と繰り返していると、呆れたような声がした。
「…自分を賛美させるってお前……虚しくないか?」
「ううん、全然。でも、そうね……」
どうせならグレイの声で教えた方が良いのかも。自分の声よりはそっちの方が嬉しいし。
グレイが来た時に頼んでみようと思いながら私は無難な挨拶を教える事に切り替えた。
おはよう、こんにちは、こんばんは……等々と念仏のように唱える。
しかし……ありきたりだな。単純なフレーズだし、飽きて来た。
その時である。ふっと魔が差したのは。
「『戻して……人間に、戻してぇっ!』」
喉から絞り出すような声を出す私に、カレル兄が濁った瞳になる。
「闇を感じる……」
***
今朝受け取った手紙によればグレイは忙しいようだ。ルフナー子爵家自体が感謝祭の準備に追われているらしい。
今日の送り迎えはカレル兄担当。
早朝から教会での学びを終えた後、先日誕生日だったという事でお菓子を配ったり、誕生日のお祝いを言われたりして昼過ぎに帰宅すると、執事が慌てて声を掛けて来た。
「マ、マリー様! やんごとなき筋からお手紙が!」
恭しく差し出された手紙は確かに立派な封書。やんごとなき筋――王宮からだな。
私からの手紙に対する返しなのだろうが、思ったより早かったと思う。
今度はどういう手を使ってくるのだろうと思いながらペーパーナイフを使って手紙を取り出して開く。
「何々……」
やはりと言うか、アルバート第一王子殿下からだった。
会うのは一度きりという約束をアン姉としていたのは分かっているけれど、あの時は時間も少なくて込み入った話が出来なかった。せめて手紙で教育制度についての問題に再度助言を請いたいとの事。
何でも、私の提案した教育制度を殿下は前向きに考えているが、子供を労働力としている民からの反発に対して良いアイデアは無いかという事だった。
手紙のみで妙な贈り物も付いてないし、内容的にもあのギャヴィンが関わっているとは考え難いが……どうするか。うーん、あまり関わりたくないから、一介の令嬢ですので~とすっとぼけようかなぁ……。
手紙をどうするか考えながら廊下を歩いていると、ふと声が耳に入った。換気の為に開けられた窓からそっと外を覗くと、トーマス兄と――アン姉?
私は何となく隠れて耳を澄ました。
「……アン、やはりこれは何かの間違いだと思う。ザイン殿はそこまで浮ついた男じゃない。それは長い付き合いのお前が良く分かってる筈だぞ」
「これが社交界での噂だけならまだ私もすぐには信じなかったわ。けれど、アナベラからも聞いたの。アール様が出資している娼館にザイン様が現れたんですって……それも、一度や二度じゃなく、頻繁にいらっしゃっているからアール様は流石にと思って教えて下さったそうよ。毎回美しい娼婦をとっかえひっかえ選んでいると……お兄様はこれが何の間違いだと思いますの?」
「それは、」
「おまけに昨日、友人から手紙が来ましたの。彼女は先月末の夜会で殿下の客人である筈の女性と一緒に居るのを目撃したそうよ。ザイン様は私の事等どうでも良いのだわ。贈り物やお手紙をこまめに下さるようになったけれど、それは私を想って下さるというよりも、罪悪感を誤魔化す為だったのでしょう。だって、未だにまともに目も合わせて下さらない……。
我が家にも以前より頻繁にいらっしゃって下さっていたのも、アルバート殿下がマリーに会ってみたいと仰ったからだわ。その証拠に、今はさっぱり来て下さらない。結婚式を今月末に控えているというのに……きっと、私と結婚するのが嫌になったのよ」
アン姉の言葉の最後の方はもうほとんど嗚咽交じりになっていた。トーマス兄の慌てたような声。
「アン……ひとまず落ち着くんだ。私が調べて――」
「その話、聞かせて貰ったぁっ!」
私はそれ以上我慢が出来ずに窓を全開にして叫んだ。
驚愕の表情を浮かべる二人。アン姉は目を真っ赤にして涙ぐんでいる。
あのスカシ野郎、こともあろうにアン姉を泣かせるだと!? 私の怒りが瞬時にして沸騰した。
「マリー!」
「アン姉、あのクジャク野郎を今すぐこの家に呼んでください。一度ならず二度までも! 皆で吊るし上げて羽を毟ってやるのです!」
「待て、お前は関わるんじゃないマリー! 状況がますますややこしくなるだけだ!」
「何でよ! アン姉を泣かされて黙っていられるもんか! ちょんぎってやる!」
「ちょんぎって……どこで覚えて来るんだそんな言葉! 大体相手はうちよりも家格が上なんだぞ、それに今の立場を考えてみろ、下手に動いて責任とれるのかお前は!」
「ぐっ……」
私は二の句が継げなかった。悔しいけど、教会に関わる今の私じゃ、万が一揉めると大変な事になるかも。トーマス兄の言う通りだ。
アン姉がゆるゆると首を振って微笑んだ。
「マリー、ありがとう。気持ちだけで十分よ」
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