貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

絶体絶命。

 「キャロラインお義姉様、お久しゅうございます」

 私は久しぶりに義姉キャロライン・フォションと顔を合わせていた。彼女はパーティーの準備の仕上げに我が家にお泊りするのである。腕のあたりなどドレスの上からでも分かる、華奢というよりも少しむっちりしたように見えるのはきっと剣を振るう筋肉の所為だろう。いつか女騎士のコスプレをさせてみたい。

 「久しぶりね、マリアージュ。お元気そうで何より」

 しばらく見ない内に義姉は少し日焼けしていた。実に健康そうである。

 「貴女はやはりパーティーには出てくれないのかしら?」

 やはり訊かれたか。義姉にしてみれば、私が彼女に対して何か含むところがあるのかとか色々考えてしまうのかも知れない。

 「ごめんなさい、身内だけなら良いのですけれど、知らない方が大勢いるとなるとどうしても……」

 言い回しに気を付けながら申し訳なさそうに言えば、義姉キャロラインは溜息を吐いた。

 「はぁ……相変わらずの人見知り、引っ込み思案ね。社交界では貴女の事を幻の姫と噂していたわ。人前にけっして姿を現さない、キャンディ伯爵の掌中の珠――さぞや美しい姫なのだろう、ですって。逆に、醜すぎるから社交界に出てこないという噂も立っているぐらいで」

 実態を知るトーマス兄が虫でも飲み込んだような顔をした。後で覚えていろ。それよりもそんな噂が流れているとは。

 「まあ、そんな噂が……私は他人が苦手なだけですのに……」

 「噂と言っても小さなものよ。それにしても他人が苦手な割にはお見合いの席であっさりと婚約を決めたのね。確かグレイ・ルフナーと仰ったかしら、貴女を射止めた幸運な男性は」

 これは……もしかして人見知り(設定)を疑われているのだろうか。私だったら疑う。
 さて、どう答えたら無難になるのか。

 「……最初お会いした時は流石に緊張しましたわ。けれど、グレイは……お父様のお眼鏡に叶った優しい方だったんですの。一緒に居てホッとしますし、彼となら幸せになれると思いましたから」

 「まあ、ごちそうさま。胸がいっぱいですわ」

 アナベラ姉がルフナー家繋がりで義兄アールの話題を振ってくれたので矛先が逸れた。内心ホッとする。単に人前に出るの面倒で嫌なだけの怠け者だなんてバレたら、意識高そうな義姉キャロラインから熱血指導されそうだからな。

 食事が終わり、席を立って廊下に出ると、義姉キャロラインが追ってきて呼び止められる。何か忘れものだろうか、と首を傾げた。

 「お義姉様、どうかしましたの?」

 「マリアージュ。貴女にはずっとお礼を言いたかったの。私の能力を認めて助け合うようにと、トーマス様に言ってくれたのでしょう? お蔭で長年のわだかまりが解けたから」

 ん? そんな事言ったっけ?

 記憶を探る。春に『男は身を粉にして働け』と言った事だろうか。どう考えてもその記憶しかないのだが。
 何時の間にかそんな立派な事を言った話になっていたらしい。何という怪奇現象!
 否定するのも何だし、私は素直に感謝を受け取る事にした。

 「……まあ、それは良かったですわ。お互いの歯車が噛み合いさえすれば、上手く回っていきますもの」

 「ふふふ、言い得て妙ですわね」

 「今後ともトーマス兄様の事を宜しくお願いしますわね」

 私達は笑い合い、就寝前の挨拶をして別れた。



***



 当日。

 昼のパーティーが行われている間、私は自室でのんびりと刺繍をしたりヘドヴァンに言葉を教えたりしていた。義兄ザインとアン姉は無事に仲をアピール出来ているだろうか。

 昼食は一人、自室で食べる事になっている。パーティー料理はいつもより豪華なので、実に楽しみ。今、サリーナが私の分を取りに行ってくれている最中だ。

 部屋の扉がノックされ、サリーナの声。待ちに待ったお昼ご飯である。

 「美味しかった~!」

 サリーナは実に私の好みを把握してくれている。少し多めに持ってきてくれていたけれど、美味しさのあまり完食してしまってお腹がパンパンになった。

 いかんな、これは。食べ過ぎた。食後の運動に行かねばなるまい。

 食器を下げに行った侍女サリーナが戻って来ると、私は庭に出る事を伝えた。

 「少々お待ちください、庭師達を呼んで参りますので」

 「ええ、分かったわ」

 いつも使う庭への出入り口。サリーナが馬の脚共を呼ぶべくその場を離れた、その時だった。

 「やっと見つけた、マリアージュ姫。神は我に味方せり、こんな幸運に恵まれるとは」

 早口で言いながらじりじりと近づいてくるその男。質素な服を着ていたが確かに見覚えがありすぎた。

 「メイソン……様?」

 だが様子がおかしい。ほの暗い笑みを浮かべ、血走った目はギラギラとしている。尋常では無い。その時、奴の手にナイフが光っているのが見えた。

 「ひっ――」

 ヤバい。

 奴から逃げるように私も後退を始める。しかし、運悪く階段に足を引っかけてしりもちをついてしまった。

 どうしよう、絶体絶命だ。

 そうこうする間にも、とうとうメイソンが至近距離まで近づいて来てしまった。ぎらつく刃物を見せつけるように私の顔の前に持ってくる。

 「――マリアージュ姫、ずっとお会いしたかったですよ。痛い目に遭いたくなければ大人しくしていて下さいね」

 「な、何をなさいますの……!?」

 「何を? 決まっているではないですか、姫と私はこれから愛し合うんですよ。そうすれば、借金の事も身分の事も何もかも上手く行く」

 メイソンは言いながら、片手で私の手首を掴んで動きを封じるとのしかかって来た。
 体中をまさぐられ、首筋をねっとりと舐め上げられて嫌悪感にぞわりと鳥肌が立つ。

 「嫌、誰か助けて! グレイー!!」

 「大声を出すな、大人しくしろ!」

 頬に衝撃と熱。ぶたれたのだ、と気付いた時にはじんじんと痛みが走っていた。
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