貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

いや違う、そうじゃない。

 「本当に申し訳ありませんでした。まさか友人メイナードの正体がメイソン・リプトン伯爵だなどとは夢にも思わず……それもマリアージュ姫に狼藉を働くなど」

 パーティーが終わりかけた頃。

 喫茶室に呼び出され、アン姉と一緒にやってきたザインは、自分が連れて来た男の正体とそいつが仕出かした犯罪を聞かされ、顔を青ざめさせて深々と頭を下げて謝罪をした。
 故意ではないとはいえ、狼藉者を手引きしたのには違いないのだから。アン姉も驚愕の悲鳴を上げ、口元を両手で覆っている。妹達が命の危険に晒されていたのだ。
 見かねたダディが「落ち着け、アン。幸いマリーもメリーも無事だ」と言うと、ずるずるとソファーに崩れ落ちた。
 私もアン姉の傍に落ち着かせるように寄り添う。アン姉の白魚のような指が、私の手当てされた頬にそっと触れた。

 「でも、怪我が無かったわけじゃないのよね?」

 「一度殴られただけ。切られた訳じゃないから大丈夫よ。メリーではなくて良かったとさえ思うわ」

 そんな私達を見詰めて義兄ザインの顔が歪む。彼の語ったところによると、メイソンは変装してメイナードと名乗り、身分を偽って近付いてきたそうだ。
 悩みを相談する等を通じて絆され、友人関係になったとか。更に元々メイソンとそこまで交流が無かったことも災いしたのだろう。

 兎も角、この度の事は色んな偶然が重なってメイソンの侵入を許し、起こった犯罪だったのだ。私が殴られただけで済んだのはむしろ僥倖と言えよう。メルローズだったらどうなっていたか……。

 ちなみにメイソンは客間に拘束の上でぶち込んである。逃げ出さないよう警備も厳重にして。
 それはドルトン侯爵家を慮った上での処遇だった。下手に牢に入れると後で何を言われるか分かったもんじゃないからな。

 「そう言うことであれば仕方がない。だが、今後は気を付けられた方が宜しかろう。もし、娘たちの命が無事で無かったのなら、たとえ知らなかったとしても貴家も罪に問われる事になるのだから」

 「肝に銘じます……このような事が二度と無いように」

 最悪の結果になっていたら、と想像したのだろう。ザインは一層青くなり身を縮こまらせて深く謝罪を重ねる。
 ダディサイモンは大きく溜め息を吐くと「それで、メイソン・リプトンの処遇だが」と切り出した。

 「アンとの結婚式を控えている。公に訴え出るのはあちらとしても面子があり、特に奴の実家であるドルトン侯爵家と揉め事になって長引くだろう。
 醜聞になれば得策ではない。またドルトン侯爵家に何の連絡もせず相応の罰をこちらで与えるのも禍根を生むだろう。さりとてこのまま無罪放免にするわけにもいくまい」

 「そうよね、内々にドルトン侯爵家と取り引きをして落とし所を探るべきかしら。だとしても伯爵家だからとか、結婚を控えている時期だからって足元を見られて軽んじられるのは嫌だわ。
 うちが主張するよりも公爵家のザインお義兄様が『メイソンに騙された挙げ句犯罪の片棒を担がされ、婚約者の妹達が生命の危機に晒された』と表に立って色々と交渉して下さればと思うのだけれど。その方が波風は立ちにくいでしょうし」

 私がそう述べると、義兄ザインは物言いた気な表情をしていた。私がメイソンをやり込めたりギャヴィンとやりあったお転婆なのは知っているだろうが、父親にまでポンポン意見する事は知らなかったのだろう。

 「……私の所為でもありますし、それは構いませんが……」

 「だが、手っ取り早く『家を出た息子とは縁を切ったからこちらの関知するところではない、好きにしろ』と言ってくるかも知れんな。賠償はリプトン家のみに求めろと」

 「そうなった方が寧ろ都合が良いわね。遠慮なくフレールが離婚する前に借金全額返済と慰謝料を要求出来るから。何より現リプトン伯爵はメイソンだもの。
 メイソン自身と取引して、リプトン伯爵領の不動産や産業、うちの経営する事業に対する税制優遇、治外法権諸々の権利を借金と慰謝料分そっくり頂きましょう。その後はこちらの知るところではないので離婚するなり好きにすればいいと思うわ」

 ザインがぎょっとしたような眼差しを向けて来る。顎に手を当て考え込んでいたカレル兄が口を開いた。

 「――もし、ドルトン侯爵家がメイソンを見捨てなければ?」

 「さっきも言ったようにザインお義兄様には交渉を頑張って頂く事になるわ。場合によっては賠償額を吊り上げて調整も有り得るわね。
 私達は飽くまでもリプトン伯爵家からの返済と賠償を望んでいるんですもの。ドルトン侯爵家にも相応の負担を求める一方で、リプトン伯爵家に対しては借金の全額返済が出来なければ離婚は許さないと言うぐらいかしら。
 元々彼らの結婚を無理に押し通したが故に出来た借金だったんだもの、当然よね。それに、少し気になることを思い出したの」

 「気になる事?」

 グレイの問いに私は「前会った時に話すつもりだったんだけどね」と前置きをする。

 「『リボ払い』の仕組みを看破した何者かがフレール嬢の傍に居るかも知れないのよ。金の貸し借りに関する知識に詳しくそれ関連のコネもあり、計算に明るい人物――そう、まるで金貸しのような。
 フレール嬢が先日、気になる事を言っていたの。『早く何とかしなければ。私はメイソン様とお別れして、また借金の為に好きでもないいやらしい中年男に嫁ぐ羽目になってしまう』とか何とか。もし、その中年男が金貸しで、新たなリプトン伯爵になればやりにくくなるのよ、色々と」

 投資した分相応の利益がが無くなるのだけは避けたい。
 アン姉達の事があったのもあるけれど、私もうっかりしていたと思う。
 調べて貰おうと話すのを今まですっかり忘れてしまっていた。

 誰であれ、フレールの夫として次リプトン伯爵になったとしても、その前に手を打って何も出来ないような状況を作り上げる必要があるのだ。
 私がそう言うと、グレイは眉を顰めた。

 「金貸しの中年男――まさか」

 カーフィ―・モカ男爵、とグレイは呟く。父も同じ事を思ったようだ。

 「舞い戻って来たとしたら良い度胸だな」と獰猛な笑みを浮かべている。

 「やはりマリーの言う通り、手を打つとすれば離婚・再婚前だ。早急に調べる事にしよう」

 「私も探りを入れます、サイモン様」

 グレイが頷くと、カレル兄が頭の後ろで手を組んだ。

 「うーん、報告が無いから元の屋敷に戻ってる訳じゃあ無いよな。別にねぐらがあるだろうから洗い出さないと。それにしても逃げた後、ずっと留守にしてたんだろう? とっくに身分も剥奪されたのでは?」

 「いや、まだだ。行方不明になって一年以上経たなければ抹消されない。再婚の届けと同時に手続きをするつもりだろう。今度は逃がさん。たとえ便所の中に逃げ込んだとしても探し出し、必ず息の根を止めてくれる」

 「……」

 交わされる物騒な会話。心なしか義兄ザインの様子がおかしい。両手で握りこぶしを作り、ややアン姉の方へ顔を俯かせている。もしかして事情が分からず話に混ざれないからとかだろうか。
 アン姉はまだショックでそれどころじゃないだろうし、ここは義妹としてフォローしておくべきだろう。
 私はザインの隣に座り直した。小声で囁く。

 「ごめんなさい、ザインお義兄様は話が分かりませんわよね。以前、うちに暗殺者を差し向けて来た男なんですの、お父様達が言っているのは」

 「いや、そういう事じゃありません」

 間髪入れず否定された。
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