貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(54)

 マリーの誕生日も終わり、僕は気合を入れていた。

 というのも、もうすぐ感謝祭という大きな商機が待ち構えているからだ。王都中から商人達は勿論、祭り見物にやって来る客が大挙して集まる日。冬支度へ向けて人々の財布の紐も緩むので、取引額もかなりのものになる。

 本来なら、まだ月末から月初めはここまで忙しくしないでも良かった。けれど、今年は去年と違って婚約者のマリーと言う存在がいる。感謝祭当日に彼女をお忍びデートに誘う為、そしてその日に僕が居なくても回るように今から頑張って事前準備を整えていくつもりだ。
 ただ、その為にマリーに会いに行ってゆっくりするのは暫く我慢しなければならない。修道院への送り迎えの大半も兄君達へ頼む事になるだろう。
 その分マリーへの手紙は欠かさず出している。ささやかな贈り物や花束と共にその旨をしたため、丁重に詫びを入れて。感謝祭の準備で忙しい事とその状況、また時間が出来れば短い時間であってもなるべく顔を見に行くとも。


***


 今日は顔馴染みの取引先、塩や香辛料を扱うティラン商会との商談。感謝祭では食料の保存加工に使う塩や香辛料はかなりさばけるだろう。
 また、祖父のエディアールから続くキーマン商会独自の配合スパイス製造や、それを使った屋台への卸もあるので仕入れとしてはかなりの量になる。
 ティラン商会は前々から預かり証を勧めていたのだけれど、なかなか顔を縦に振ってくれなかった相手だ。
 アールによれば、先月やっと重い腰を上げて印章を作りに銀行を訪れて、それがつい最近完成したとの事。相手にとっては初めての預り証取引となる。

 いつも通りの商取引を行った後、支払いとしての預かり証を手にした相手は「これが例の……」とまじまじと見て額面を確認すると、感心したように声を上げた。

 「この預かり証、というのは大変便利だそうですね。大金を持ち歩かなくて済みますし、たとえ盗まれてもその仕組みを詳しく知らなければ簡単に銀行で換金する事は出来ない。
 頑固に現金取引に拘っていた自分が恥ずかしい、もっと早く印章を作るべきでした」

 「ええ、その通りです。その預かり証だけ盗んだところで泥棒にはどうしようもないでしょう。
 今の所、不正を防止する為に取引先毎に印章を変え、記録と照らし合わせる事で初めて換金出来るようにしてありますので」

 僕が微笑んで説明をすると、ティラン商会の相手は安全性も担保されているのは素晴らしいですと頷いた。

 「実は、他の商会さんとの取引の際に、銀行の預かり証での支払いが可能かと訊かれる事が増えてきていたのです。
 大口の取引は金額も多いので、これ一枚で済むのならば大変助かります。現金は名前が書いてある訳でもなし、盗まれればそれきりですからね」

 「盗まれても銀行に届け出て、窓口で盗難処理を行えば再発行が可能ですから。再発行の印があるもののみ有効と書き換えれば、元の預かり証は無効となる。犯人の手元には紙切れ一枚のみという訳です。
 そうそう、最近では預かり証というのもおかしな話だと、『銀行券』という呼び名が広まっているのですよ」

 そう、預かり証は僕の与り知らない所で『銀行券』と名前を変えていた。銀行で取り扱うものだから銀行券。確かに商取引に使うのならばそっちの方が良いだろう。
 そんな話をしながら取引を終えて相手を見送って、さあ小休止をしようと思った時。

 「グレイ、ちょっと良いか」

 アールに声をかけられた。

 「兄さん、おかえり……何かあったの?」

 少し様子がおかしい。アールは話がある、と僕の腕を取って彼の部屋へと引き摺るように連れて行った。

 「ちょ、ちょっと! どうしたのさ!」

 パタンと扉を閉めたアールは後ろ手に鍵を閉め、「取りあえず座ってくれ」と促す。
 僕が椅子に座ると、アールも座り、顔を近づけて耳を貸せ、と声を潜めた。

 「キャンディ伯爵家の長女、アン様の婚約者のザイン・ウィッタード公爵子息を知っているな。
 あの方が俺の管轄の娼館に来ていると報告があった。それも、ここの所毎日だ。メイソンの行きつけでもあるあの娼館だぞ」

 「はぁっ!? あの方が?」

 「しっ、声が大きい!」

 僕の見るところ、美女を相手にすると緊張して挙動不審になってしまうような、そんな方だ。女遊び、しかも毎日だなんて。

 「信じられない…確かなの?」

 僕がそう言うと、アールは俺もだよ、と顔を歪めた。

 「だが、報告があったのは事実だ。社交界でもウィッタード子息が女遊びをしていると少しずつ噂になり始めている。広まるのは時間の問題だろう」

 「大体、今月が結婚式なんだよ? 何だってこんな時に。そうだ、アナベラ様には?」

 「彼女にはもう言ってある。今、詳しく調査している最中だ」

 「まさか、メイソンとザイン様に何らかの接点が……?」

 「そこだ、あの方はアルバート第一王子殿下の御学友であり、側近でもある。身分的な隔たりもほとんど無く仲も良い。
 俺もザイン様は女遊びをするような方ではないと思う。ましてや、この時期に。だが、それが殿下の命令であれば?」

 「もしかして、メイソンの事を調べてるとか……」

 民生に関わっているというギャヴィン。彼も殿下の部下だし、あのメイソンとの誓約書やリプトン伯爵領の民について心配していた。
 リプトン伯爵家の財政状態がバレればどうなるか――あまり良い予感はしない。
 僕の話に、アールは有り得るな、と顔を曇らせた。

「最悪の場合、俺達は悪者と見なされる。どうすればいいんだ……」

 「兄さん、落ち着いて。借金の事が調べられたとしても、殿下の一存で無効にするような真似は出来ないと思う。銀行への返済もリボ払いで無理強いしてる訳でも無いんだし。それにまだ調査してるんだよね?
 念の為、法的に穴が無いかもう一度王国法と照らし合わせて文面を見直しておいた方が良いかもね」

 と、助言したものの。僕自身内心やきもきしながら仕事をこなし、待つ事数日。やっと報告が上がってきた。
 娼館の支配人が言うにはどうもザイン様は娼婦とは関係を持っていない様子。また、メイソンとの接点は無く、メイソンについて訊ねることも話題に出す事も一切無かったそうだ。
 僕達はひとまず胸をなで下ろす。支配人曰わく、調査には相当苦労したらしい。
 ザイン様が指名した娼婦は全員美女揃いだと報告書にはあった。つまり値段も張る高級娼婦で人気があり、その分プライドも高い。
 手を付けられなかった事で彼女達は自分の魅力と価値を否定されたような気がして余計に口が固かったのだろう。
 丁度同じ日に手配していたクジャクが我が家に到着したので、僕は思い切ってその足でキャンディ伯爵家へ行くことにした。マリーの顔を見たいのは勿論だけど、アン様の事も気掛かりになっていたからだ。
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