139 / 758
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
グレイ・ルフナー(65)
月末になり、アン様の結婚式の日。
先日、マリーから聖女としてアン様を祝福したいので、式の間の身代わりを用意して欲しいという願いの手紙が来ていた。返事でそれを了承するも、バレないのかと訊いてみれば、そこは上手く誤魔化してヴェールを被ってやり過ごすそうだ。修道院長も了承済みらしい。使用人の中からマリーと似た背格好、髪色の女性を探して特別任務を申し付ける。マリーよりも年上で度胸もあるので大丈夫だろう。
入れ替わりは式前にマリーが席を外した時に行うそうだ。念の為ラベンダー修道院へ赴いて打ち合わせをする。入れ替わりの為に着替える部屋は院長室を使って欲しいとの事。成る程、そこなら大丈夫だろう。
細かい流れを事前に伝えて貰っていた事もあり、当日の入れ替わりはスムーズだった。マリーは感極まる余り泣いてしまったという理由でヴェールを下ろしている。入れ替わった後は適当にハンカチを使って泣いている振りをしてくれれば良いとのこと。
結婚式には第一王子殿下や第二王子殿下、それに姫君達、高位貴族といった高貴な方々が列席していた。その中で大胆不敵にも入れ替わったマリーは聖女の衣装を身に纏い、ヴェールを被って顔を隠し、正体が分からないようにしている。
修道院長――メンデル・ディンブラ大司教が結婚の祝福の祈祷をし、そこで新郎新婦の手を繋がせて婚姻の成就の宣言をして終わる筈だったのだけれど、マリーがそこで前へ出た。
錫杖を鳴らし、低く抑えた厳かな声色で新郎の名を呼び、生涯アン様を妻として如何なる時も愛し支え、心を尽くす事を誓えるかと問いかける。ザイン様は知らされて無かったのか予想外の出来事だったのだろう。「は?」と問い返している。客人達も同じくどよめいた。
妙な迫力で再度「誓いますか」と問いかけられ、ザイン様は戸惑いながらも誓いますと答える。マリーは満足したように頷くと、アン様にも同じ問いかけをした。アン様が誓いますと答えると、そこでやっとマリーは新郎新婦の手を繋がせた。そこで初めて錫杖を彼らの頭上で鳴らし、祝福を与えて結婚の成就の宣言をする。ディンブラ大司教が寿ぎの言葉を述べると、これは余興だと悟って気を取り直したであろう招待客達も拍手をして祝福した。
式が終わると今度は婚家であるウィッタード公爵家でお披露目の宴会が行われる。こちらには低位貴族も招かれているので僕としても気が楽だ。
「ちょっと遅いな……」
次々と出立する馬車を見ながら、修道院の入り口でマリーがやってくるのを待つ。迎えに行った方が良いのだろうか、と思い始めたその時。
「遅れてごめんなさい、グレイ」
マリーが侍女サリーナと共に姿を現した。
「どうしたの?」
「ちょっとね……」
どこか浮かない顔のマリー。何かあったのだろうか。「さ、急ぎましょ」という彼女の後に続いて馬車に乗り、僕達は修道院を後にする。
公爵家にも無事に着き、僕はマリーをエスコートしてパーティーを楽しんでいた――第一王子殿下が入場されるまでは。
このまま何事も無く終わると思っていた。だけど、まさか、ギャヴィンこそがアルバート第一王子殿下だったなんて!
***
とりあえず、僕達はそっとテラスへと移動した。マリーの顔が真っ青だ。僕もきっと同じような表情だろう。内心混乱状態に陥って戦々恐々としている。
「実は先刻――」
マリーが語ったところによれば、着替え終わった後に廊下を急いでいるとギャヴィンに出くわしたという。そこで根掘り葉掘り尋問のようにあれこれと訊かれたとか。
「ど、どうしよう、グレイ。聖女の事とか色々とバレているのかも」
「実は僕も色々と訊かれていたんだ――株式の事とか」
きっと父ブルックは知っていたのだろう。正直裏切られた思いだ。殿下がギャヴィン・ウエッジウッドとしてルフナー子爵家に度々やって来ていた事を話すと、マリーは驚きに目を見開いた。
「な、なんですって!? じゃあ内情も知られているって事!?」
「深呼吸して、一先ず落ち着こうマリー。部外者だし危険な事は話していないよ、当たり障り無い事しか。どこまで知られているのかが分からないし、今の僕達は相手の出方を待つしかないよね。気軽に話しかけられるような方ではないのだから」
そう、こういう時は慌てても仕方がない。冷静になって考えなければ。マリーはそうよね、と少し落ち着きを取り戻す。
「何が目的なのかしら……」
「接触を待って、先ずそこを探り出すべきだと思う」
「それしかないみたいね」
頷き合ったその時、足音が近づいて来た。振り向くと、噂をすれば影――僕達がギャヴィンとして知っていたアルバート第一王子殿下と本物のギャヴィン・ウエッジウッド。
僕はさっと礼を取った。やや遅れてマリーも同様にする。
「――楽にして下さい。貴方達にお話があります。ここではお互い都合が悪いでしょうから場所を変えましょうか」
「こちらへ着いてきて下さい――公爵に部屋をお借りしましたので」
「「……」」
相手は王族、僕達は黙って従うしかない。案内された先は客間の一室だった。そこへ公爵家の侍女がワゴンでお茶と菓子を運んでくる。侍女が礼を取って下がったので本物のギャヴィン・ウエッジウッドが給仕を引き継いだ。彼は僕と同じ子爵、慌てて立ち上がって手伝おうとしたけれど、「グレイ殿はそのままに」と殿下に言われてしぶしぶ腰を下ろす。
ギャヴィンも嫌な顔一つせず、「お気になさらず」と慣れた手付きでお茶をカップに注いでくれた。アルバート第一王子殿下はそれに口を付ける。僕を見てにこりと微笑んだ。
「キーマン商会の茶葉だそうですが、良い香りですね」
「……恐れ入ります」
やっとそれだけを言う。この茶葉は香りからして確かにうちで扱っているものだろう。殿下はわざわざこれを持って来させたに違いない、と直感的に思った。
先日、マリーから聖女としてアン様を祝福したいので、式の間の身代わりを用意して欲しいという願いの手紙が来ていた。返事でそれを了承するも、バレないのかと訊いてみれば、そこは上手く誤魔化してヴェールを被ってやり過ごすそうだ。修道院長も了承済みらしい。使用人の中からマリーと似た背格好、髪色の女性を探して特別任務を申し付ける。マリーよりも年上で度胸もあるので大丈夫だろう。
入れ替わりは式前にマリーが席を外した時に行うそうだ。念の為ラベンダー修道院へ赴いて打ち合わせをする。入れ替わりの為に着替える部屋は院長室を使って欲しいとの事。成る程、そこなら大丈夫だろう。
細かい流れを事前に伝えて貰っていた事もあり、当日の入れ替わりはスムーズだった。マリーは感極まる余り泣いてしまったという理由でヴェールを下ろしている。入れ替わった後は適当にハンカチを使って泣いている振りをしてくれれば良いとのこと。
結婚式には第一王子殿下や第二王子殿下、それに姫君達、高位貴族といった高貴な方々が列席していた。その中で大胆不敵にも入れ替わったマリーは聖女の衣装を身に纏い、ヴェールを被って顔を隠し、正体が分からないようにしている。
修道院長――メンデル・ディンブラ大司教が結婚の祝福の祈祷をし、そこで新郎新婦の手を繋がせて婚姻の成就の宣言をして終わる筈だったのだけれど、マリーがそこで前へ出た。
錫杖を鳴らし、低く抑えた厳かな声色で新郎の名を呼び、生涯アン様を妻として如何なる時も愛し支え、心を尽くす事を誓えるかと問いかける。ザイン様は知らされて無かったのか予想外の出来事だったのだろう。「は?」と問い返している。客人達も同じくどよめいた。
妙な迫力で再度「誓いますか」と問いかけられ、ザイン様は戸惑いながらも誓いますと答える。マリーは満足したように頷くと、アン様にも同じ問いかけをした。アン様が誓いますと答えると、そこでやっとマリーは新郎新婦の手を繋がせた。そこで初めて錫杖を彼らの頭上で鳴らし、祝福を与えて結婚の成就の宣言をする。ディンブラ大司教が寿ぎの言葉を述べると、これは余興だと悟って気を取り直したであろう招待客達も拍手をして祝福した。
式が終わると今度は婚家であるウィッタード公爵家でお披露目の宴会が行われる。こちらには低位貴族も招かれているので僕としても気が楽だ。
「ちょっと遅いな……」
次々と出立する馬車を見ながら、修道院の入り口でマリーがやってくるのを待つ。迎えに行った方が良いのだろうか、と思い始めたその時。
「遅れてごめんなさい、グレイ」
マリーが侍女サリーナと共に姿を現した。
「どうしたの?」
「ちょっとね……」
どこか浮かない顔のマリー。何かあったのだろうか。「さ、急ぎましょ」という彼女の後に続いて馬車に乗り、僕達は修道院を後にする。
公爵家にも無事に着き、僕はマリーをエスコートしてパーティーを楽しんでいた――第一王子殿下が入場されるまでは。
このまま何事も無く終わると思っていた。だけど、まさか、ギャヴィンこそがアルバート第一王子殿下だったなんて!
***
とりあえず、僕達はそっとテラスへと移動した。マリーの顔が真っ青だ。僕もきっと同じような表情だろう。内心混乱状態に陥って戦々恐々としている。
「実は先刻――」
マリーが語ったところによれば、着替え終わった後に廊下を急いでいるとギャヴィンに出くわしたという。そこで根掘り葉掘り尋問のようにあれこれと訊かれたとか。
「ど、どうしよう、グレイ。聖女の事とか色々とバレているのかも」
「実は僕も色々と訊かれていたんだ――株式の事とか」
きっと父ブルックは知っていたのだろう。正直裏切られた思いだ。殿下がギャヴィン・ウエッジウッドとしてルフナー子爵家に度々やって来ていた事を話すと、マリーは驚きに目を見開いた。
「な、なんですって!? じゃあ内情も知られているって事!?」
「深呼吸して、一先ず落ち着こうマリー。部外者だし危険な事は話していないよ、当たり障り無い事しか。どこまで知られているのかが分からないし、今の僕達は相手の出方を待つしかないよね。気軽に話しかけられるような方ではないのだから」
そう、こういう時は慌てても仕方がない。冷静になって考えなければ。マリーはそうよね、と少し落ち着きを取り戻す。
「何が目的なのかしら……」
「接触を待って、先ずそこを探り出すべきだと思う」
「それしかないみたいね」
頷き合ったその時、足音が近づいて来た。振り向くと、噂をすれば影――僕達がギャヴィンとして知っていたアルバート第一王子殿下と本物のギャヴィン・ウエッジウッド。
僕はさっと礼を取った。やや遅れてマリーも同様にする。
「――楽にして下さい。貴方達にお話があります。ここではお互い都合が悪いでしょうから場所を変えましょうか」
「こちらへ着いてきて下さい――公爵に部屋をお借りしましたので」
「「……」」
相手は王族、僕達は黙って従うしかない。案内された先は客間の一室だった。そこへ公爵家の侍女がワゴンでお茶と菓子を運んでくる。侍女が礼を取って下がったので本物のギャヴィン・ウエッジウッドが給仕を引き継いだ。彼は僕と同じ子爵、慌てて立ち上がって手伝おうとしたけれど、「グレイ殿はそのままに」と殿下に言われてしぶしぶ腰を下ろす。
ギャヴィンも嫌な顔一つせず、「お気になさらず」と慣れた手付きでお茶をカップに注いでくれた。アルバート第一王子殿下はそれに口を付ける。僕を見てにこりと微笑んだ。
「キーマン商会の茶葉だそうですが、良い香りですね」
「……恐れ入ります」
やっとそれだけを言う。この茶葉は香りからして確かにうちで扱っているものだろう。殿下はわざわざこれを持って来させたに違いない、と直感的に思った。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。