貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(65)

 月末になり、アン様の結婚式の日。

 先日、マリーから聖女としてアン様を祝福したいので、式の間の身代わりを用意して欲しいという願いの手紙が来ていた。返事でそれを了承するも、バレないのかと訊いてみれば、そこは上手く誤魔化してヴェールを被ってやり過ごすそうだ。修道院長も了承済みらしい。使用人の中からマリーと似た背格好、髪色の女性を探して特別任務を申し付ける。マリーよりも年上で度胸もあるので大丈夫だろう。
 入れ替わりは式前にマリーが席を外した時に行うそうだ。念の為ラベンダー修道院へ赴いて打ち合わせをする。入れ替わりの為に着替える部屋は院長室を使って欲しいとの事。成る程、そこなら大丈夫だろう。
 細かい流れを事前に伝えて貰っていた事もあり、当日の入れ替わりはスムーズだった。マリーは感極まる余り泣いてしまったという理由でヴェールを下ろしている。入れ替わった後は適当にハンカチを使って泣いている振りをしてくれれば良いとのこと。

 結婚式には第一王子殿下や第二王子殿下、それに姫君達、高位貴族といった高貴な方々が列席していた。その中で大胆不敵にも入れ替わったマリーは聖女の衣装を身に纏い、ヴェールを被って顔を隠し、正体が分からないようにしている。
 修道院長――メンデル・ディンブラ大司教が結婚の祝福の祈祷をし、そこで新郎新婦の手を繋がせて婚姻の成就の宣言をして終わる筈だったのだけれど、マリーがそこで前へ出た。
 錫杖を鳴らし、低く抑えた厳かな声色で新郎の名を呼び、生涯アン様を妻として如何なる時も愛し支え、心を尽くす事を誓えるかと問いかける。ザイン様は知らされて無かったのか予想外の出来事だったのだろう。「は?」と問い返している。客人達も同じくどよめいた。
 妙な迫力で再度「誓いますか」と問いかけられ、ザイン様は戸惑いながらも誓いますと答える。マリーは満足したように頷くと、アン様にも同じ問いかけをした。アン様が誓いますと答えると、そこでやっとマリーは新郎新婦の手を繋がせた。そこで初めて錫杖を彼らの頭上で鳴らし、祝福を与えて結婚の成就の宣言をする。ディンブラ大司教が寿ぎの言葉を述べると、これは余興だと悟って気を取り直したであろう招待客達も拍手をして祝福した。

 式が終わると今度は婚家であるウィッタード公爵家でお披露目の宴会が行われる。こちらには低位貴族も招かれているので僕としても気が楽だ。

 「ちょっと遅いな……」

 次々と出立する馬車を見ながら、修道院の入り口でマリーがやってくるのを待つ。迎えに行った方が良いのだろうか、と思い始めたその時。

 「遅れてごめんなさい、グレイ」

 マリーが侍女サリーナと共に姿を現した。

 「どうしたの?」

 「ちょっとね……」

 どこか浮かない顔のマリー。何かあったのだろうか。「さ、急ぎましょ」という彼女の後に続いて馬車に乗り、僕達は修道院を後にする。

 公爵家にも無事に着き、僕はマリーをエスコートしてパーティーを楽しんでいた――第一王子殿下が入場されるまでは。
 このまま何事も無く終わると思っていた。だけど、まさか、ギャヴィンこそがアルバート第一王子殿下だったなんて!


***


 とりあえず、僕達はそっとテラスへと移動した。マリーの顔が真っ青だ。僕もきっと同じような表情だろう。内心混乱状態に陥って戦々恐々としている。

 「実は先刻――」

 マリーが語ったところによれば、着替え終わった後に廊下を急いでいるとギャヴィンに出くわしたという。そこで根掘り葉掘り尋問のようにあれこれと訊かれたとか。

 「ど、どうしよう、グレイ。聖女の事とか色々とバレているのかも」

 「実は僕も色々と訊かれていたんだ――株式の事とか」

 きっと父ブルックは知っていたのだろう。正直裏切られた思いだ。殿下がギャヴィン・ウエッジウッドとしてルフナー子爵家に度々やって来ていた事を話すと、マリーは驚きに目を見開いた。

 「な、なんですって!? じゃあ内情も知られているって事!?」

 「深呼吸して、一先ず落ち着こうマリー。部外者だし危険な事は話していないよ、当たり障り無い事しか。どこまで知られているのかが分からないし、今の僕達は相手の出方を待つしかないよね。気軽に話しかけられるような方ではないのだから」

 そう、こういう時は慌てても仕方がない。冷静になって考えなければ。マリーはそうよね、と少し落ち着きを取り戻す。

 「何が目的なのかしら……」

 「接触を待って、先ずそこを探り出すべきだと思う」

 「それしかないみたいね」

 頷き合ったその時、足音が近づいて来た。振り向くと、噂をすれば影――僕達がギャヴィンとして知っていたアルバート第一王子殿下と本物のギャヴィン・ウエッジウッド。
 僕はさっと礼を取った。やや遅れてマリーも同様にする。

 「――楽にして下さい。貴方達にお話があります。ここではお互い都合が悪いでしょうから場所を変えましょうか」

 「こちらへ着いてきて下さい――公爵に部屋をお借りしましたので」

 「「……」」

 相手は王族、僕達は黙って従うしかない。案内された先は客間の一室だった。そこへ公爵家の侍女がワゴンでお茶と菓子を運んでくる。侍女が礼を取って下がったので本物のギャヴィン・ウエッジウッドが給仕を引き継いだ。彼は僕と同じ子爵、慌てて立ち上がって手伝おうとしたけれど、「グレイ殿はそのままに」と殿下に言われてしぶしぶ腰を下ろす。
 ギャヴィンも嫌な顔一つせず、「お気になさらず」と慣れた手付きでお茶をカップに注いでくれた。アルバート第一王子殿下はそれに口を付ける。僕を見てにこりと微笑んだ。

 「キーマン商会の茶葉だそうですが、良い香りですね」

 「……恐れ入ります」

 やっとそれだけを言う。この茶葉は香りからして確かにうちで扱っているものだろう。殿下はわざわざこれを持って来させたに違いない、と直感的に思った。
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