貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

より大きな利。

 「嫌よ、嫌! 絶対に、嫌ああああ――っ! 念願のニート生活があああ! 正妃だなんて人生の墓場よ、終わりよおおお――っ!」

 髪を振り乱しながら「きええええー!」と悲鳴を上げる。半錯乱状態になった私をグレイが慌てて腕を回し、「マリー、落ち着いて!」と取り押さえた。

 「そこまで嫌がられると……流石に傷つくのですが……」

 私の狂女っぷりに度肝を抜かれたのか、固まった半笑いのアルバート第一王子殿下。ギャヴィンも呆気に取られたのか紅茶を注ぎながらポカーンとしていた。

 「あつつっ!」

 紅茶がティーカップからあふれ出る。ギャヴィンは熱さに我に返ったのか慌てて「これはとんだ失態を」と詫びながら布巾で後始末をし始めた。「大丈夫ですか?」等と声を掛けている殿下を私はぎっと睨み付ける。

 「嘘を吐かれ騙された挙句、現在進行でグレイと別れさせかけられている私の方がずっとずっと傷ついてるわ! 私は王太子妃なんて絶対に、死んでも嫌!
 どうせ嫁だからって免罪符で無給かつブラックな環境でボロボロになるまでこき使おうって思ってるんだわ、労基に訴えてやる! その上世継ぎ産め男産めって嫁いびりまでされるのよ! 今時農家だってそんな事しないのに何てこと! そんな手に乗るもんかぁっ!」

 ぜはー、ぜはー。

 もはや敬語を使う気も失せて呼吸を整えながらビシッと言うと、「ローキ? 何を言ってるのか良く分かりませんが、貴女が幾ら拒んでも貴族の政略結婚に当事者の意志はそこまで関係がないのですよ。世継ぎを儲けるのも妻の義務ではないですか」と呆れたように返された。確かにこの世界はその封建的な文化風習が常識だ、くそう。

 「王家より正式な打診が来ればキャンディ伯爵も断る事が出来ませんしね」

 理由も無く断れば反逆を疑われます、と続ける。脅しか!? 怒りのあまり頭にカッと血が上る。

 「あっ、あんたね! それでも」

 未来の王か! 人の上に立つ王族なのか! と身を乗り出して罵ろうとしたその時。すっとグレイの腕に押し止められた。

 「待って、マリー」

 「グレイ?」

 「アルバート第一王子殿下。殿下は臣下の婚約者を無理やり奪うおつもりだという事でしょうか」

 静かな、それでいて冷徹なものを含んだ低い声でグレイは問うた。
 射抜くような翡翠の眼差しを受けて、殿下はおや、とアルカイックスマイルを浮かべる。

 「国の安寧の為に、必要とあらば」

 「成る程、私が素直に身を引くとお思いなのですね」

 「さて……少なくともブルック・ルフナー子爵殿はより大きな利を取られるでしょうね」

 静かな会話だが剣呑な雰囲気――空気がピリピリと肌を刺すようだ。
 より大きな利、と呟くと、グレイは無表情で頷いた。

 「そうですね。息子の婚約者を差し出し王家に恩を売る事で次代の王との繋がりを深める。きっと陞爵しょうしゃくもなされて伯爵、末は侯爵も望めるかも知れない」

 「ええ、グレイ殿には別の高貴な身分の御令嬢をご紹介する事も出来ます――お父君はどのようにお考えになるか、グレイ殿はよくお分かりの筈」

 「そ、そんな……嫌よグレイ!」

 話のなりゆきの不穏さに、私は堪らずグレイに抱き着いた。義父ブルックは私を差し出す方向にと考えるかも知れない。だってアナベラ姉と義兄アールでうちとの縁は出来ているのだから。

 「……大丈夫だよ」

 優しい囁きが落ちて来て、彼の温かい手が私の頭をゆっくりと撫でる。そのまま宥めるように背中をポンポンとされた。

 「我が父ブルックも商人の血が流れております。殿下の仰る通り、きっとより大きな利を選ぶことでしょう。ただ一つ、ここに問題が。殿下の仰るように、それが本当に我が家にとってより大きな利なのでしょうか? 私にはそうは思えませんが」

 え……。

 その言葉に私は思わず顔を上げた。彼の凛々しい横顔を見つめる。第一王子殿下はと見ると、無表情でグレイを見詰め返している。

 「……どういう事でしょう?」

 「殿下の仰る大きな利も、陞爵も。飽くまでもこのトラス王国内限定の場合という前提条件がありますよね――違いますか?」

 言って、グレイは微笑を浮かべた。殿下は「気付かれましたか」とふっと苦笑交じりに息を吐く。

 「ええ、私の権限が及ぶ範囲もまた同じ。国々を跨ぐキーマン商会にとっては、姫を選ぶ方がより大きな利であるかもしれません。しかし貴方の一族は流浪の憂き目に遭うよりも国の庇護の下、安定を求めていらっしゃるのではないですか?」

 「ええ。ですが愛する人を差し出してまで得たいものかと訊かれれば答えは否です。流石の父も商売の利益の為に母を差し出せと言われたら相手が誰であれ徹底抗戦するでしょう。
 それで、そのご提案をお断りした場合――殿下はどうなさいますか? 理由無く我が家を一族諸共、爵位剥奪の上で国外追放にでもなさるのでしょうか?」

 「グレイ殿は一人の女性の為に今まで築き上げて来た全てを捨てて国を出るつもりですか? 流浪の生活に戻ると?」

 殿下が肩を竦めると、グレイは私を抱き寄せた。頬に熱が上る。

 「妻になる女性を守る為に必要とあらば。流浪の生活をしてきたが故に我が一族は結束が固く、家族を大事にする家風でして。彼女と婚約した時からこんな日が来る覚悟も準備もしておりましたから」

 暫し、二人の男の翠と青の眼差しがぶつかりあった。沈黙の後、目を逸らしたのはアルバート第一王子殿下の方。

 「ふう、それは困りますね。この国から出て行かれれば我が国は知恵者と有能な臣下を失い、大きな損失になってしまいます。私の負けですね、降参です」

 そう言って殿下は頭を下げた。グレイははぁっと溜息を吐く。

 「マリーを正妃に、というのも本意では無かったんですよね?」

 「手っ取り早い方法がそれであるという事だけでしたし――まあ少しだけ本気でしたが」

 あっさり頷いた殿下。グレイはやっぱり、と呟く。

 「将来生まれるであろう私達の子供と殿下の御子との縁談――それが殿下の本当の目的ですよね?」

 「ええ、それが本題です。一番波風が立たない方法ですから。言葉を飾らず言えば、王権を盤石にする為にも貴方がたを味方に取り込みたいのですよ」

 にっこり笑ってそう宣うアルバート第一王子殿下。じゃあさっきまでのやり取りは何だったんだ! 先ほどからふつふつとこみ上げた怒りが限界を超え、ぶちりと音を立てる。

 「お断りします!」
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