貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(74)

 『愛しいグレイ

 すみれの花が咲く頃と言えば春だけれど、秋にも咲く事があるのね。
 小ぶりの秋薔薇の根元にひっそりと小さな紫色の花が咲いていたの。見つけた時、グレイがここに居てくれたらと思ったわ。
 薔薇園は普通なら最盛期の春にこそ好まれるものだけれど、寂しい季節であっても小さな発見があったりして趣深いものね。

 ところで今朝、秋の園遊会の招待状が王宮から届いたのだけれど、グレイのところにも届いているかしら?
 父が言うには王都近郊にいるほとんどの貴族が招待されている大規模な催しだそうだけれど。
 私、園遊会の日はちょっと特別な装いをしようと思っているの。エスコートをお願いしても良いかしら?

 菫のように貴方を想うマリーより』

 紫の菫の花言葉は『貞節』と『愛』だ。時候の挨拶に込められたマリーの愛情に僕は心が満たされる。

 秋の園遊会の招待状はルフナー子爵家にも届いていた。ただ、商会の事もあって完全に留守にする訳にはいかないので、祖父と祖母は欠席して家に残るそうだ。若い現役世代なら兎も角、半分隠居しているような年取った貴族であれば、身体的な衰え等も考慮されるので欠席しても別に構わないらしい。

 マリーの手紙と共にサイモン様からの手紙も受け取っていたけれど、こちらには王妃殿下が秋の園遊会にかこつけてマリーを囲い込みに動くだろうと書いてあった。

 カーフィには株券を売るだけではなく、第二王子派の動きを探るようにと言ってある。彼からの情報もサイモン様の手紙を裏付けるものだったので、園遊会でマリーを第二王子殿下と引き合わせる動きがあるのは確実だろう。カーフィによれば、第二王子派のムーランス伯爵はそれに反対しているらしい。

 ムーランス伯爵と言えば、サイモン様からキャンディ伯爵家に敵対的な貴族だと聞かされていた。伯爵の娘が社交界に出る度に第二王子殿下に付き纏っているのは有名な話。ムーランス伯爵の意向に違いない。

 となれば、園遊会で何か仕掛けて来るかも知れない。気を付けておかなければ。

 マリーの手紙に書かれていた、『ちょっと特別な装い』が少し気になっていたものの、サイモン様の手紙には何も書かれていなかったので、恐らく装いを少し豪華にするぐらいなのだろう。もしドレスを新たに誂えるならばマリーはきっとうちに注文するだろうし。

 ……等と考えていた数日前の僕は、まだまだマリーの事を理解していなかったのだと痛感する。

 「……サイモン様、僕を謀りましたね?」

 園遊会当日、迎えに来た朝。
 僕は隣に立つサイモン様にじっとりとした視線を向ける。サイモン様は何かを悟りきった顔で青空を仰ぎ、「すまぬ、止められなかったのだ……」と小さく呟いた。

 「……言ったら絶対逃げるだろうと思ってな」

 「……」

 それは……完全には否定出来ない。僕はいそいそとこちらに向かってくるマリーの姿に目を留めた。
 アールも呆気に取られたようにマリーを見ている。

 ドレスや宝石類は問題なかった。秋を愛でる園遊会、紅葉を連想させる色合いのもの。そこに彼女の美貌が加われば、正に秋の女神の如し。今日の園遊会では間違いなく誰よりも注目される事になるだろう……手紙にあった、『ちょっと特別な装い』であろう、一昔前に流行した自己主張の激しすぎる大振りの襟が。

 「グレイ! 迎えに来てくれてありがとう! どうかしら、似合ってる?」

 踊るようにやってきたマリーは上機嫌で花のように笑った。僕は若干頬の筋肉が引き攣ってしまう。

 「お、おはようマリー……とっても、似合ってるよ」

 それ以外どう言えと。

 ――キャンキャン!

 マリーの侍女サリーナが胸に茶色い子犬を抱っこしている。誰が連れて行く犬なのか、何の為に連れて行くのか。その事に瞬時に思い当ってしまった僕は、太ももを思い切り抓りあげる。

 今日は苦行を強いられる一日になりそうだ。



***



 案の定というか。

 園遊会の会場に入ると、マリーの姿を嘲笑あざわらう貴族達の声がそこかしこに聞こえて来た。
 それなのにカレル様やイサーク様、メルローズ様は何故か笑みを浮かべている。もしかするとマリーの恰好には何らかの狙いがあるのだろうか。
 それでも僕は心配になって、マリーに囁いた。

 「――大丈夫?」

 彼女からは頷きと笑みが返って来た。それに少しほっとしながらトラス王陛下が御座おわす席へと向かう。
 僕がマリーの狙いを知ったのは、サイモン様の挨拶の後だった。

 サイモン様の声を受け、犬(ヘヒルちゃんというらしい)の紐を僕に託したマリーが、トラス王陛下と王妃陛下、第二王子殿下の前に優雅な足取りで出て行く。彼女が淑女の礼を取って挨拶をすると、陛下達は唖然としていた。

 そこへアルバート第一王子殿下もやってきて声を掛けたけれど、マリーの姿を見るなり言葉を失ったようだった。彼女が平然と挨拶をするも、笑いを堪えているのか小刻みに揺れている。

 我に返った王妃殿下が慌てて対抗するようにジェレミー第二王子殿下をけしかけるも、第二王子殿下も挨拶するので精一杯。マリーに衣装を褒められたまでは良かったが、襟の存在は大き過ぎたのか、彼女を褒める上手い言葉が見つからないでいるようだった。

 凄い……襟一つで完全に王家を翻弄している。

 そうか、と僕は納得する。敢えて対応に困る姿をして囲い込みを避ける、これこそがマリーの狙いだったのだろう。効果も覿面てきめんだ――彼女の社交界における評判という大きな犠牲は払ったけれども。

 ああでも、彼女は社交界に出ないと再三言っていたから、そんな犠牲などどうでも良かったのだろうな。何ともマリーらしい。

 と、王の側仕えが慌てて手に何かを持って来る。それをさっと広げるや否や、王の首に巻いた。

 え、襟!?

 それは男性用の襟だった。マリーの襟と対抗出来そうな、お爺様のそれと比べても一際大きい物。

 その場には静寂が訪れた。

 トラス王陛下が「改めて仕切り直そうぞ」と落ち着いた威風堂々たる佇まいで名乗りを上げる。
 瞬間、マリーの姿に浮ついていたような空気が緊張を孕んだものになり――それまで嘲笑を浮かべていた貴族達は今や神妙な顔付きになっていた。

 ――流石は一国の王。

 マリーに恥を掻かせないように、ご自分も襟をお召しになったに違いない。マリーを嘲笑えばそれは王をも嘲笑う事なのだと周囲に示したのだ。同時に場を治め、秩序を取り戻した。
 そのような咄嗟の判断等なかなか出来る事ではない。僕は内心舌を巻く。

 本当に恐るべきは王妃殿下でも二人の王子殿下でもなく――トラス王陛下なのではと感じ始めていた。
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