貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
169 / 758
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(76)

 大きな戦争も無い今の時代、リプトン伯爵家のように没落していく貴族が出る一方で、僕のように庶民から成り上がって貴族になる者も少なからず居る。成り上がる者は大抵金持ち――成功し、財を成した商人や事業主が多い。
 アルバート殿下の目的が、王権の強化。そこから考えれば、先程言われた政策は国政へ対する諸貴族の影響力を徐々に削いでいく目的なのだろう。

 そんな事をつらつらと考えていたら、何時の間にかマリーの所まで戻って来ていた。

 「お、俺はそっちの世界には行かないぞ! 絶対にだ」

 「……認めた方が楽になるわ。さあ……」

 カレル様が青褪めて首を横に振っていて、マリーが女神のような慈悲深い微笑みを浮かべて両手を広げている。

 一体何が。

 「ごめん、待たせたね」

 ひとまずそう声を掛けると、「おお、勇者よ!」とカレル様に救世主を見るような眼差しを向けられた。そのままじゃあ、と逃げるようにその場を離れて行く。

 だからいったい何が。

 訊けば、マリーは僕も襟を借りてくれば良かったのに、と言う。『そっちの世界』の意味を察して、僕はどんよりとした。そんな反応がお気に召さなかったのか、彼女は「もう! どうして皆襟の素晴らしさが分からないの」とブツブツ言いながらワインをあおっている。
 僕の君への愛は本物だけれど、何事にも限度っていうものがあるんだよ、マリー。

 と。

 「まあ、こちらの一角だけ時の流れが違うようですわ。百年前かしら?」

 玉を転がすような少女の声で悪意の籠った台詞が耳に飛び込んで来た。それに追随するような忍び笑い。
 そこには煌びやかなドレスの令嬢達に囲まれた第二王子ジェレミー殿下の姿。その傍に侍っている銀髪でぱっちりとした団栗眼どんぐりまなこをした、愛らしい顔の令嬢が顔をツンと上げ、マリーを小馬鹿にするような眼差しをしている。

 「あのような古臭くってみすぼらしい襟――まるで喜劇役者のようでしてよ? ああでも商人上がりにはとってもお似合いですわね」

 ジェレミー様もそうお思いになるでしょう、と殿下の肩に手を這わせ身を寄せる令嬢。聞いていた特徴と合致するし、恐らく彼女がムーランス伯爵の娘エリザベル嬢なのだろう。
 マリーは、と見た僕はその物騒な表情にぎょっとする。諸貴族が揃う社交界で揉め事になってはと、慌てて相手の情報とあまり刺激しない方が良い事を伝えるも、マリーは「そう……」とだけ、底冷えのする一言。

 ――そうだ、カレル様!

 僕は助けを求めるようにカレル様を見た。しかし彼は何やら御友人らしき人と歓談中。御友人がこちらに気付いて下さって、やっと目が合う。目で訴え、助けを求めたその時。

 「ああ~ら、あらあらあら! 見て見てぇ、エピテュミア夫人、ホルメー夫人!」

 ばっと振り返ると、令嬢の集団を吹き飛ばす勢いでやって来る赤いドレスが目に入った。その様はさながら大きな帆船が密集する小舟を物ともせず押し退けるが如くであり、押された令嬢達は小さな悲鳴を上げ、中央に居たジェレミー殿下やムーランス伯爵令嬢は人に揉まれ、よろめいている。

 「げっ……」

 思わず喉の奥で小さな声が出てしまった。
 僕はおろか、これはカレル様にも荷が重いかも知れない。ある意味、ジェレミー殿下やムーランス伯爵令嬢以上に厄介な存在なのだから。
 一様にギラギラした派手な装飾品に厚化粧の三人の年配の夫人達――よりにもよって、社交界で一番近づいてはいけない事で有名な三魔女がマリーの前に集結してしまっていた。


***


 彼女達の目的はマリーの着けている襟のようだった。「ラトゥお姉様の襟に間違いありませんわ」という言葉と襟を口々に懐かしみ褒めたたえているので、もしかすると三魔女はマリーの祖母ラトゥ様と面識があったのだろうか。
 カレル様をちらりと見ると、こちらに向かおうとしたままの姿勢で不自然な表情のまま固まっていたので当てにならないだろう。
 我に返ったエリザベル嬢がこちらを凄い形相で睨み付け、あろう事か三魔女に食って掛かっている。しかし相手が三魔女だと理解した瞬間、悲鳴を上げて口を覆っていた。
 振り向いた赤いドレスのピュシス夫人を始め、三魔女はあれよあれよという間に赤子の手を捻るが如くエリザベル嬢をやり込めた。集団から逃げ出す令嬢も出る始末。小生意気なだけの小娘にとっては年季の入った彼女らには到底太刀打ち出来ない。
 そこへムーランス伯爵がやってきて頭を下げ、娘を回収して行く。如何なムーランス伯爵であっても三魔女にとっては『マクシム坊や』に過ぎないのだ。もしかしてサイモン様であっても――そう考えれば僕なんか路傍の石。貴族達が三魔女と呼んで恐れる訳だ。心底おっかない。

 カレル様はと見れば、その傍にサイモン様が立っていた。僕の必死の視線に『様子を見ろ』と口パクで言われたので、泣く泣くそれに従う。いざとなれば助けに入ってくれると思いたい。
 マリーは三魔女等知る由もないのだろう、普通に淑女の礼を取ると挨拶を述べる。先程の礼と祖母譲りの襟が宝物なのだとの言葉に、三魔女の眼差しが優しく緩んでいた。

 「実は、夏の蛍の頃に我が家でお三方をお見掛けしていて。その時から是非お近づきになりたいと思っておりましたの! 祖母からも、経験豊富で素敵な頼れる御婦人達だと伺っておりまして――」

 顔を輝かせながら熱烈に会えて嬉しいと訴えるマリー。彼女は本当にそう思っているのだろうが、『素敵な頼れる御婦人達』という所で周囲が騒めく。「本気か!?」という囁き声も聞こえて来て、『知らない事は幸せ』『無知は怖い』という言葉の意味を僕は心底噛み締めていた。
 三魔女はと言えば、マリーの裏の無い好意的な言葉に悪い気はしなかったらしい。笑顔のマリーに少女のような恥じらいを見せている。

 「私、お三方のような素敵な女性になりたいと思っておりますの。襟の事等お話したいですし、色々とお話も聞いてみたいですわ。物知らずで社交界には不慣れな身の若輩者ですが、是非是非仲良くして頂けますようお願い申し上げます」

 深々と頭を下げるマリー。三魔女は今や飛びつかんばかりに喜んでいた。マリーの世代の令嬢は、どちらかと言えばエリザベル嬢のような反応を示す事が普通なのだろう。

 「まあ、まあぁ! こちらこそぉ」

 「ラトゥお姉様のお孫さんなら私達の孫も同然ですわね、うふふ」

 「何と今時珍しい殊勝な心掛けざます。流石はラトゥお姉様のお孫さんざます。ところで、そちらの方は?」

 ホルメー夫人が訝し気にこちらを向く。残り二人視線も突き刺さって来た。

 「はい、こちらは私の婚約者のグレイ・ルフナーですわ」

 嬉しそうに弾んだ声のマリー。僕は覚悟を決めて笑顔を作った。

 「お初にお目に掛かります、グレイ・ルフナーと申します。どうぞお見知りおきを」
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」