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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
ライバル登場?
ここ、ナヴィガポールはルフナー子爵家の所領の一つで交易都市。街がなだらかな丘の裾に広がっており、丘の上には立派な修道院――教会と、領主館が聳え立っている。
王都にいる間の統治は代官に任せているらしいが、その人は余程有能なのだろう。街を見る限り、かなり栄えているようだ。
海岸部の港には商船や漁船が停泊している。海に近い場所には交易所や宿、市場があり、忙しそうに行きかう人々で賑わい見せていた。
今私が居るのは交易所の屋上だ。この交易所も勿論領主であるルフナー子爵家…キーマン商会の管轄。私達が滞在するのは勿論領主館になる。
それなのに何故ここに居るのかと言うと、領主館で使用人達が荷解きをしている間、交易所を見学に来て――そこで良いワインが入ったという事で屋上貸し切りで試飲させてもらっていたのだ。
聖地巡礼の旅には私とグレイ、サリーナに馬の脚兄弟と中脚、そして何故かカレル兄。他はうちやルフナー子爵家の護衛と使用人、他は教会関係者としてエヴァン修道士が随行してきており、かなりの大所帯の御一行だ。
ちなみにサリューン・フォワ枢機卿もまたナヴィガポールから同行する予定である。彼とは日程をずらしてこの街の修道院で落ち合う事になっていた。
聖女として正式に教会を訪ねるのは明日になる。今頃エヴァン修道士がそこの所を調整してくれている事だろう。
余談だが、私のお供をする教会関係者の人選において一悶着あった。当初、イエイツ修道士とメンデル修道院長が同行したいとごねたのである。
イエイツ修道士は、「道中、聖女様に質問攻めする様子がありありと浮かぶ。お前に冷静な仕事が出来るとは思えない」とエヴァン修道士に窘められ、またメンデル修道院長は「実務の多い修道院を一月近く空けるというのは望ましくありません。聖女をお連れするのは私の方が良いでしょう」とサリューン枢機卿に押し退けられる形で断念を余儀なくされていた。
見送りに来た二人はお通夜さながらに落ち込んでいたので、お土産を買って行かねばとは思うけれど、向こうの世界のように『聖地に行ってきました饅頭』のようなものがある訳でもない。聖地土産は何が良いか、サングマ教皇猊下に相談してみるつもりだ。
閑話休題。
「美味いな、このワイン」
カレル兄もワインを気に入ったようだった。水で薄めていないやつを喉に流し込んで味わっている。
私も頷く。葡萄の品種でも違うのだろうか。いつも飲むのとは違った美味しさがあった。
「それは良う御座いました。キャンディ伯爵家のお方にそう言って頂ければワインも光栄に思いましょう」
にこやかに言うのはレイモン・モンティレ。六十代位の渋い男で、彼はナヴィガポールの代官である。
「ガリア王国南部や島々で栽培されている葡萄で作ったワインだそうですよ。違う葡萄を秘伝の比率で使って味を出しているとか。これは新しい比率のものだそうだけれど、確かに以前よりもぐっと味が良くなってますね」
グレイが説明するところによれば、ガリア南部は聖地周辺で、葡萄栽培が盛んらしい。トラス王国でも海沿いの街や島では葡萄栽培やワイン醸造をしているけれど、歴史はガリアの方が古いとか。
カレル兄が気に入ったのなら間違いないだろう、とグレイはこのワインを仕入れる事に決めたようだ。
もう荷解きが終わった頃だろうか。今晩のディナーは代官がもてなしてくれるらしい。
港町と言えば何と言っても魚介類。元日本人としては凄く楽しみだ。
***
領主館での歓迎パーティーは、近隣の富裕層や名士、貴族達を巻き込んでの豪勢なものだった。
ルフナー子爵家の未来の当主――キーマン商会の跡取りと昵懇になっておきたい人々が入れ替わり立ち代わりグレイに挨拶に訪れる。勿論婚約者である私も一緒に挨拶をしていた。
グレイを狙っている娘もちらほらいるようで、娘やその親からは値踏みするような眼差しが突き刺さって来るが、彼らは母譲りの美貌と令嬢の笑み一発で顔を赤らめ、敵わないとばかりに大抵大人しく引き下がって行く。
そうした娘が次どこに行くのかと思えば、砂糖に集る蟻の如く麗しの月光の君(笑)に群がっているのが見えた。王国南部の女は王都以上に肉食系かも知れない。ハーレム通り越してもはや狼の群れに捕食されかけの羊の如し。
と。
一人の少女がグレイに駆け寄ったかと思うと抱き着いた。黒い巻き毛に青いドレス。少し日に焼けた小麦色の肌の、健康そうな愛らしい子だ。
「グレイ兄様、お久しぶりです!」
「わっ、ジュデット!? 大きくなったね」
「もう十二歳ですもの。立派な淑女、大人なのよ!」
頬をバラ色に染めて言い募るジュデット。勝気そうなつり気味の目をくりくりさせている。
「淑女っていう割には抱き着いて来るなんてまだまだ子供だね」と笑いながら、グレイはこちらを見た。
「マリー、この子はジュデット・モンティレ。レイモンの孫娘だよ。ジュデット、こちらはマリー。僕の婚約者なんだ」
おお、そうだったのか。
初めまして、と私はジュデットに笑いかけた。メリーと同じ年頃、微笑ましい気分になる。
ジュデットはこちらを見るなりぽかんとした表情になった。
「こ、婚約者の方……?」
「ええ、キャンディ伯爵家のマリアージュと申しますわ。小さな可愛らしい淑女にお会いできて嬉しく思います」
さっきの台詞からして彼女はきっと背伸びしたい年頃なのだろう。淑女の礼を取って挨拶をすると、緊張しているのか俯いて、「……お初にお目にかかります」とだけ言って礼を返した。
うんうん、ぎこちなさがあるけど大丈夫。ちゃんとご挨拶出来ているよ。
王都にいる間の統治は代官に任せているらしいが、その人は余程有能なのだろう。街を見る限り、かなり栄えているようだ。
海岸部の港には商船や漁船が停泊している。海に近い場所には交易所や宿、市場があり、忙しそうに行きかう人々で賑わい見せていた。
今私が居るのは交易所の屋上だ。この交易所も勿論領主であるルフナー子爵家…キーマン商会の管轄。私達が滞在するのは勿論領主館になる。
それなのに何故ここに居るのかと言うと、領主館で使用人達が荷解きをしている間、交易所を見学に来て――そこで良いワインが入ったという事で屋上貸し切りで試飲させてもらっていたのだ。
聖地巡礼の旅には私とグレイ、サリーナに馬の脚兄弟と中脚、そして何故かカレル兄。他はうちやルフナー子爵家の護衛と使用人、他は教会関係者としてエヴァン修道士が随行してきており、かなりの大所帯の御一行だ。
ちなみにサリューン・フォワ枢機卿もまたナヴィガポールから同行する予定である。彼とは日程をずらしてこの街の修道院で落ち合う事になっていた。
聖女として正式に教会を訪ねるのは明日になる。今頃エヴァン修道士がそこの所を調整してくれている事だろう。
余談だが、私のお供をする教会関係者の人選において一悶着あった。当初、イエイツ修道士とメンデル修道院長が同行したいとごねたのである。
イエイツ修道士は、「道中、聖女様に質問攻めする様子がありありと浮かぶ。お前に冷静な仕事が出来るとは思えない」とエヴァン修道士に窘められ、またメンデル修道院長は「実務の多い修道院を一月近く空けるというのは望ましくありません。聖女をお連れするのは私の方が良いでしょう」とサリューン枢機卿に押し退けられる形で断念を余儀なくされていた。
見送りに来た二人はお通夜さながらに落ち込んでいたので、お土産を買って行かねばとは思うけれど、向こうの世界のように『聖地に行ってきました饅頭』のようなものがある訳でもない。聖地土産は何が良いか、サングマ教皇猊下に相談してみるつもりだ。
閑話休題。
「美味いな、このワイン」
カレル兄もワインを気に入ったようだった。水で薄めていないやつを喉に流し込んで味わっている。
私も頷く。葡萄の品種でも違うのだろうか。いつも飲むのとは違った美味しさがあった。
「それは良う御座いました。キャンディ伯爵家のお方にそう言って頂ければワインも光栄に思いましょう」
にこやかに言うのはレイモン・モンティレ。六十代位の渋い男で、彼はナヴィガポールの代官である。
「ガリア王国南部や島々で栽培されている葡萄で作ったワインだそうですよ。違う葡萄を秘伝の比率で使って味を出しているとか。これは新しい比率のものだそうだけれど、確かに以前よりもぐっと味が良くなってますね」
グレイが説明するところによれば、ガリア南部は聖地周辺で、葡萄栽培が盛んらしい。トラス王国でも海沿いの街や島では葡萄栽培やワイン醸造をしているけれど、歴史はガリアの方が古いとか。
カレル兄が気に入ったのなら間違いないだろう、とグレイはこのワインを仕入れる事に決めたようだ。
もう荷解きが終わった頃だろうか。今晩のディナーは代官がもてなしてくれるらしい。
港町と言えば何と言っても魚介類。元日本人としては凄く楽しみだ。
***
領主館での歓迎パーティーは、近隣の富裕層や名士、貴族達を巻き込んでの豪勢なものだった。
ルフナー子爵家の未来の当主――キーマン商会の跡取りと昵懇になっておきたい人々が入れ替わり立ち代わりグレイに挨拶に訪れる。勿論婚約者である私も一緒に挨拶をしていた。
グレイを狙っている娘もちらほらいるようで、娘やその親からは値踏みするような眼差しが突き刺さって来るが、彼らは母譲りの美貌と令嬢の笑み一発で顔を赤らめ、敵わないとばかりに大抵大人しく引き下がって行く。
そうした娘が次どこに行くのかと思えば、砂糖に集る蟻の如く麗しの月光の君(笑)に群がっているのが見えた。王国南部の女は王都以上に肉食系かも知れない。ハーレム通り越してもはや狼の群れに捕食されかけの羊の如し。
と。
一人の少女がグレイに駆け寄ったかと思うと抱き着いた。黒い巻き毛に青いドレス。少し日に焼けた小麦色の肌の、健康そうな愛らしい子だ。
「グレイ兄様、お久しぶりです!」
「わっ、ジュデット!? 大きくなったね」
「もう十二歳ですもの。立派な淑女、大人なのよ!」
頬をバラ色に染めて言い募るジュデット。勝気そうなつり気味の目をくりくりさせている。
「淑女っていう割には抱き着いて来るなんてまだまだ子供だね」と笑いながら、グレイはこちらを見た。
「マリー、この子はジュデット・モンティレ。レイモンの孫娘だよ。ジュデット、こちらはマリー。僕の婚約者なんだ」
おお、そうだったのか。
初めまして、と私はジュデットに笑いかけた。メリーと同じ年頃、微笑ましい気分になる。
ジュデットはこちらを見るなりぽかんとした表情になった。
「こ、婚約者の方……?」
「ええ、キャンディ伯爵家のマリアージュと申しますわ。小さな可愛らしい淑女にお会いできて嬉しく思います」
さっきの台詞からして彼女はきっと背伸びしたい年頃なのだろう。淑女の礼を取って挨拶をすると、緊張しているのか俯いて、「……お初にお目にかかります」とだけ言って礼を返した。
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