貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

ちゅうちゅうタコかいな。

 空にはカモメ。実に平和だなぁ。

 後ろではカレル兄とリノが何やら話しているようだ。エヴァン修道士は時折そこへ口を挟んでいる。
 馬の脚と中脚、サリーナは周囲に目を配りながらも物珍しそうに街並みを見ていた。
 地中海に似て石灰が良く採れるのか、王都とは違って白壁の家が多い。ちょっとしたリゾート気分である。

 「それにしても市場、楽しみだわ」

 「海の魚は王都周辺にいると滅多に見ないからね。市場では色んな魚が見れると思うよ」

 一方こちらはと言えば、拗ねちゃったのか、黙ったままのジュデットを宇宙人グレイの如くグレイと一緒に連行する、の図。
 そんな事を考えてしまい、吹き出しそうになるのを我慢していると、何時の間にか市場に到着していた。

 その頃には気を持ち直したのか、手を離して案内を始めるジュデット。ちょっと心配していたので、立ち直ってくれて良かったと思う。
 彼女の話では市場は港への道沿いに広がっていて、陸側には野菜や果物、肉類等、港沿いには魚介類を売っているそうだ。

 お好み焼きの材料を探しつつ、のんびりと歩く。市場は昼食の材料を買うのだろうか、それなりの賑わいだった。

 キャベツらしきものは野菜エリアで見かけたから大丈夫として。問題は魚介類。果たしてタコは売っているだろうか。

 生けで売っている魚を冷やかしながら歩く。リノによれば、桟橋近くの方が良い物が買えるとの事。
 桟橋近くの店では、海の中から引き上げられた網の中を客が覗いて品定めをしている。
 成る程、氷がないからか。前世でも釣り人が、こういう形で釣った魚を保管していた。道理である。

 一通り回った後――小さな噴水の所にあるベンチに座り、サリーナが買ってきた薄い柑橘水を飲みながら一休み。
 その間、リノは馬の脚共と中脚、エヴァン修道士を傍の船乗り御用達の店に案内して席を外していた。
 彼らが戻って来たら、リノの父であるファリエロ船長を訪ねる事になっている。

 私は空を仰いだ。
 結局生け簀にも、網の中にも、残念ながらタコは見つからなかった。

 うーん、これはタコを食べる習慣そのものが無いという事なのだろうか。ま、まさか……タコそのものがこの世界に居ないとか?

 それなら手に入れる事は難しいかも知れない。タコへの未練を捨てきれない私は思わず溜息を吐いてしまう。
 そんな私の様子にグレイが目敏く気付いて首を傾げた。

 「マリー、どうしたの? 疲れちゃった?」

 それもあるけれど……何より収穫無しというのが地味に辛い。私は首を横に振る。

 「ううん、ちょっと欲しい魚が売ってなくて……また別の日に出直すしかないのかなって」

 残念だけど今日は諦めるしかなさそうだ。その日その日によって水揚げされる魚の種類も違ってくるだろうし。最悪漁師に直接交渉して確保して貰おうかな。

 そんな事を考えていると、ジュデットの目がキラリと光った気がした。

 「マリアージュ様! それでしたら本日のお昼はとっても珍しい魚料理を出す店にご案内致しますわ! 珍しい魚は大抵そこへ卸される事になっておりますの。市場には無くとも、もしかしたらそこにお探しの魚があるかも知れません!」

 にっこりとやけに迫力の籠った笑みを浮かべるジュデット。成る程、その手があったか。

 「まあ、本当!? ありがとう、ジュデット様」

 もしかすると、もしかする。たまたまタコの水揚げ自体が少なかったのなら、市場に出回らない事もあるだろう。

 少しだけ希望が残されていた!

 ジュデットがまるで女神のように見える。元気が出た私は、その店に賭けてみる事にした。



***



 その港――埠頭には、大きな帆船が停泊していた。市場の魚エリアからそう遠く離れていなかったのでホッとする。
 昼近くだからか、船員の姿があまり見られない。リノが率先して帆船への木造タラップを駆け上がって行く。
 少しの後――筋骨隆々とした、大きなつばのある黒い帽子の四十代位の男がやって来た。割とラフな格好だが、腰には剣、ベルトには見せびらかすように銃を差し込んでいる。前世見た海賊映画そのものの姿にテンションが上がってきた。
 近くまで来たその男はリノと似た顔立ち、同じ髪と瞳の色をしていた。鋭い眼光の強面――リノを大きくして野性味のあるいかついマッチョにすればきっとこんな感じ。
 間違いなく彼が船長ファリエロ・ルリエールなのだろう。

 「ファリエロ! 元気にしてた?」

 案の定、グレイが嬉しそうに声を掛ける。ファリエロは破願し、グレイの腰を掴むと高い高いをした。

 「ちょっ、ファリエロ!?」

 「久しぶりだなグレイ坊! 大きゅうなったなぁー!」

 続いてグレイを地面に下ろすと、顔を引っ掴んで両方のほっぺたにぶちゅうとキスを落とすファリエロ。
 必至の抵抗の末、やっと解放されたグレイはプライドが傷つけられたのか、煤けていた。ジュデットが「グレイ兄様はもう十六なのよ!? ファリおじさんはデリカシーが無いんだから!」とぷりぷりしている。誰かさんと既視感を感じるのは気のせいではない。

 「あ、相変わらずだね、ファリエロ……」

 「だから言ったろ、殺しても死なない程元気だってさ」

 「ははは。リノ、こいつめ。さてはグレイに嫉妬して憎まれ口を叩いてんのかぁー? ん?」

 「何でだよ!?」

 今度はリノを捕まえて頭をぐりぐりとしている。うん、見かけによらず、子煩悩なんだなこの人。
 微笑ましく思ってみていると、ファリエロがこちらを見た。

 「おや、見慣れない顔だな。お客さんか?」

 「ああ、親父。グレイ様の婚約者のマリアージュ様。トラス王国のキャンディ伯爵家のお姫様なんだってさ」

 「ほおお、こいつぁ……まるで光の妖精のようだ。船酔いでゲロ塗れになってビービー泣いてたあのグレイ坊がこんな美人の姫様となぁ……」

 口元に手をやって、しげしげとこちらを見詰めるファリエロ。そこんところ詳しく。

 一先ず淑女の礼を取ってにこやかに挨拶をすると、ファリエロは一瞬きょとんとしたものの――すぐににかりと笑って、ぎこちないながら紳士の礼を返して名乗ってくれた。

 本当、リノとそっくりである。親子だなぁ。

 カレル兄他、めいめいも名乗り合った後。

 「ところで昼飯はもう食ったのか、リノ」

 「いや、まだ。ジュデが店に案内するんだってさ。親父は?」

 「まだ食ってねぇよ」

 「まあ、それならご一緒にどうかしら? 折角お会いしたんですし。もし差支えなければ、食事をしながらゆっくりお話を聞いてみたいわ」

 私の提案に、ファリエロは少し躊躇っているようだった。

 「へ、いやあの。俺みたいなのがれっきとしたお貴族様達と同席して良いのか…ですか?」

 「ええ、勿論。ファリエロさん、生まれはどうあれ私はただの小娘なんですし、どうぞ普段のように気軽に話して下さいな。実はここに来るまでリノから色んなワクワクする冒険譚を聞きまして。是非ファリエロさんのお話も聞いてみたいのです」

 きっと息子の話以上に父親の話も面白い事だろう。それに、あわよくば私の知らない『グレイ坊』の話を聞いてみたい。
 私の言葉に、ファリエロは少し照れたように「そんならお言葉に甘えて」と頭を掻いた。
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