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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

ヤカンで茹でたタコの如く。

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 リノとグレイが席を移動し、簡易調理台と化したテーブルに相対する形で並ぶ。客の船乗り達も椅子を動かしてそれを取り巻くように座ったり、立ったり。

 「マリー様、お探しの魚かどうか前の方でご覧になった方がいいと思いますわ」

 「そ、そうね」

 ジュデットに言われ、私も調理台の近くに移動する。観客達は、「姫様の席を空けろ!」とスペースを作ってくれた。
 暫くして、小さな網袋に入れられ運ばれて来たそれが台の上にべろりと出される。

 「うげっ、よりにもよってこいつかよ」

 リノが嫌悪の声を上げた。グレイも蒼白になってそれを見詰めている。
 海から出されたばかりのその生物は、殺されては敵わぬとばかりにぬらぬらとした体を動かし逃げようとしている。それを料理人である髭親父が引っ掴んで包丁をその急所である眉間に突き立てて締めると、色が瞬時に白っぽくなった。

 「うっ、なんて気持ち悪い生き物だ」

 「書物で読んだ事があります。悪魔の魚だと言われているものですよ」

 「海の男は八本足と呼んでますがね。ああ見えてそれなりに美味いもんですよ」

 背後ではカレル兄とエヴァン修道士、ファリエロがそんな会話を交わしている。
 私の横に控えたサリーナは青褪め手を口に当ててショックを隠し切れていない様子。馬の脚共も中脚もそのグロテスクさにやや歪んだ表情になっていた。

 そんな皆とは裏腹に。

 「きゃあああああ!?」

 「マリー様、大丈夫ですか!?」

 前脚ヨハンよ、心配してくれたのだろうがすまぬ。これは歓喜の黄色い悲鳴だ。
 それもその筈――調理台で触手をうねらせて蠢くそれは、探し求めていた恋しい恋しいおタコ様だったのである。
 矢も楯もたまらず立ち上がると、庇うように前に出て来た前脚ヨハンを押しのけるようにして、タコを捌く髭親父に詰め寄った。

 「これよ、これを探していたの! まだ在庫はあります? 二、三匹程買って帰りたいのですが――」

 「ああ!?」

 私の剣幕に料理人がぽかん、と呆気に取られた表情になった。誰かの手が肩に掛けられる。

 「マリー!? やめろ、その化け物を食べるつもりか!?」

 振り返るとカレル兄。凄い形相でぶんぶんと首を横に振っている。何を言うのだね、当たり前ではないか。
 おタコ様への食欲に我を忘れた私は、もう誰にも止められないのだ。

 「勿論よ、ああ、夢にまで見たタコ焼き……海に来たら絶対食べようって思ってたのよ! カレル兄にだって邪魔はさせないわ!」

 「「「はあああああ!?」」」

 その場に居た船乗り達が驚愕の声を上げる。リノが「マジかよ」と呟き、グレイに至っては白目になっていた。

 「あっ、ジュデット様! ここに連れて来て下さって心から感謝します。お蔭で目当ての魚が見つかりましたわ!」

 ジュデットを振り返って手を振り、お礼を言う。彼女もまさかタコだと思ってはいなかったのか、「嘘でしょ…」と口をパクパクさせていた。それは兎も角。

 「で、在庫はありますの?」

 視線を簡易調理台に戻すと、奇妙なものを見る様な目を返された。

 「……ありますけどよ、姫様こいつの捌き方知ってんのか? 領主館の料理人は知らねぇと思いますぜ」

 ガリアからの客人をもてなす時、髭親父は呼ばれて応援に行く事もあるらしい。

 「捌き方なら知ってるから大丈夫よ。でもそうね、料理人さんを煩わせたくないから……出来ればここで私に下処理させて貰えると嬉しいのだけれど」

 どうせ夕食にタコお好み作っちゃうならそれでも構わないだろう。私の言葉に料理人は顔を引きらせた。

 「いやそりゃ構わないが……姫様がか?」

 「ええ――」と答えようとした時。

 「なりません、マリー様!」

 邪魔が入った。サリーナや馬の脚共が血相を変えて引き止めにかかる。

 「大丈夫よ、タコに毒は無いんだし」

 「そういう問題ではございません! 下処理ならご自分ではなく、そちらの方に頼めば良いではありませんか!」

 「だって、この人が知ってる下処理方法と私がやって欲しい方法と違うかも知れないって思ったんだもの!」

 そこは譲れない。下処理の丁寧さは味に影響するのだ。

 「どうしても、と仰るならマリー様の言われる方法をお伝えする形でやって貰うようになさって下さい!」

 サリーナは頑張っている。どうしても私がタコに触れるのが許せないらしい。
 ええー、と思いながらちらりと髭親父を見る。

 「……姫様にさせる訳にゃいかねぇんなら、俺が代わりにやりますぜ。どうせ度胸試しで捌くんだ。姫様の方法を言って下せぇ」

 「まあ、本当? ありがとう!」

 私はお礼を言い、下処理の方法を伝えた。触手の間のゴミを良く洗い流すとか、塩を加えて泡立つ位揉みこむとか、そういう細かな所で違いはあったが、大体同じものだったのでホッとする。
 捌かれたタコはそのままブツ切って炒め物等の加熱料理に使うらしい。私の分は茹でて貰えるそうなので、触手の先から徐々に入れるやり方をお願いしておいた。

 「度胸試しで作る料理、私の分も欲しいわ」

 と言うと、

 「おお、まさかのお姫様参戦かぁ!?」

 「じゃあ俺お姫様に賭けた!」

 「ずりぃぞ、お前。リノ坊、グレイ坊ちゃん、気合を入れな!」

 等と船乗り達が騒ぎ出す。料理人の髭親父は一つ溜息を吐くと、タコを捌き始めた。



***



 ぶちゅう、ぐちゅっ。
 くっちゅくっちゅくっちゅ……。

 タコが内蔵を取られ、くちばしや目を抜かれ。塩で揉みこまれると、やがてそれは白く泡立ち始める。
 何とも言えない軟体生物特有の水音が辺りに響き、リノとグレイはお通夜のような空気をまとっていた。
 そんな彼らとは裏腹に。

 ――はぁはぁ、美味そう。

 尻尾を振らんばかりに簡易調理台にへばりついて生唾を飲み込んで見ている私。髭親父が非常にやりにくそうにしているのは気にしてはいけない。
 やがてそれは水で洗われ、切り分けられる。パフォーマンスはそこまでなのか、奥の厨房に運ばれて暫く。タコはシンプルに野菜と炒められた料理となって出された。

 匂いを嗅ぐと、オリーブオイルとニンニク、ハーブの良い香り。ルンルン気分で箸を取る。

 さて、実食!

 ひょいぱく。まいうー!

 「「「ああ―――!!」」」

 それまで固唾を呑んで見守っていた観客達が何故か騒いでいる。ん、どうしたんだろ?

 「度胸試し、マリー様が勝ったからだよ」

 リノが呆れたように言う。え、最初に手を付けたら勝ちなの? と訊くと、そうだと言われた。

 あ、いや、私は単に別口でタコ料理を所望しただけで度胸試しには参加した覚えはないから。
 仕切り直して始めてどうぞ。

 「……この状況で? 料理を頼んだ時点でマリーも参加ってなっちゃってたよ」

 あ、うん。無理っぽいね。

 私は仕方なく立ち上がり、手をパンパンと叩いて注意を引き付ける。

 「皆さん、ごめんなさい。ルール変更ですわ。先に完食した方が勝ちという事で。はい、あーん!」

 条件反射で開けられたグレイの口の中に、私はひょいっとタコを放り込む。
 美味しい物は味わって食べたいし。私に賭けると言っていた人にはお詫びとしてタコ料理を進呈しておいた。これで良し!
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