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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
マリー、バレる。
私達は真っ直ぐメインストリートを駆け上がる。土地勘のある人達は横道に逸れて行った。不幸中の幸いか、地震に驚いたのか街の人が外に出て来ていたので情報の伝達は素早かった模様。
地震があった事、また只ならぬ様子で叫ぶ面子の中に見知った顔があった事が信憑性を増したのか、人々は慌てて避難を始めてくれた。
ちなみに私は力尽きるのは早かった。今は前脚におんぶされている。
「男の人は老人子供を担いであげてください! 火を消して高台へ逃げて!」
喉が枯れかけ、丘の中腹までやってきた時。海の方からドン、ドン! と大砲の音が聞こえて来た。
はっとそちらを振り返ると、遠目に港に停泊していた筈の船が沖へと出て行くのが見える。その後ろに津波と思われるうねり。
津波を食らって船が陸に乗り上げてしまえば使い物にならなくなる。ファリエロは機転を利かせてくれたようだ。
船が大波を乗り越えた後――それは瞬く間に陸に押し寄せて来て港やその周辺区域を飲み込んでいく。それを見た人々の悲鳴が次々に上がった。
***
「あああ、俺の家が」
「そんな事って……神様」
呆然とした街の住人の内何人かが悲嘆に暮れている。
不幸中の幸いか、津波は丘の中腹までは来なかった。しかし港やその周辺の標高の低い場所が軒並み浸水被害に遭ってしまっている。
もし低震度だからと甘く見ていたら、と思うとゾッとした。もしかしたら、と避難を促して良かったと思う。
「マリアージュ様、これからどうしたら……」
ジュデットが涙声でこちらを見詰めて来る。何故かその場に居る全員の視線が私に集中した。
「皆さん、安心して下さい。あの大波が引けば今日の所はもう大丈夫でしょう。港付近にお住まいだった方は教会へ! こちらのエヴァン修道士に先導をお願いします」
私はエヴァン修道士を見る。彼が頷き、口を開こうとしたその時。
「何だ、あんた。勝手に決めるなよ! もう大丈夫だって何で分かるんだ!」
嘆いていた一人の男に怒りをぶつけられた。船乗りの一人が宥めるように声を掛ける。
「おい、やめろ。地揺れの後、大波が来るって事で皆を避難させるよう命じたのは姫様だ。不思議な力を持っていなさるに違いねぇ。だから大丈夫かどうかも分かるんだろうよ。大体早く逃げたお蔭でお前は生きてるんだ、命があっただけでも良かったじゃねぇか」
「はぁ? 今までも小さい地揺れはあったが、大波なんて来なかった。なんで今回だけ大波が来るって分かってたんだよ。だったら何でもっと早く言ってくれなかったんだ! そうしたら俺の財産も無事だったのによ。直前になって言うなんて、まるで人が不幸になるのを喜んでいるような魔女じゃねぇか!」
「命を救われたのに何てこと言うんだ! マリーは魔女なんかじゃない、僕の、グレイ・ルフナーの妻になる人だ!」
魔女、の言葉にグレイが私を庇う様に前に出て来た。
馬の脚共を始め、中脚、サリーナがピリリと殺気を帯びる。しかし一度口から出たものは引っ込みが付かないのか、その言葉は止まる所を知らなかった。
「はぁ? 魔女がルフナー家の坊ちゃんの婚約者? だったら尚更、何故俺達の家を守ってくれなかったんだよ!」
男の叫びに家が津波被害にあったであろう人達の目が不穏な光を帯びたように見えた。
エヴァン修道士が焦ったのか、「お待ちなさい、この方は」と引きとどめようとしているが効果はあまり期待出来ない模様。この修道士は魔女にたぶらかされたのだ、という囁きも聞こえて来た。
カチャリ、と金属音が聞こえて来る。誰かが武器に手を掛けたのか。
一触即発の、物々しい雰囲気――いかんな、この流れは。
私は男を真っ直ぐに見据えた。なるべくはっきりと、穏やかに聞こえるように口を開く。
「誤解を解きましょう。落ち着いて聞きなさい。小さな地震なら兎も角――ある程度の大きな地震があった場合、大波――津波が来る可能性があります。何故ならそれは地揺れによって引き起こされるからです。
はっきりと言っておきます。大波が来るかも知れないと分かるのは、地揺れがあった後だけです。故に、地揺れの前にそれを知るすべはありません」
一文無しになって恐怖と不安に苛まれての八つ当たりなのだろうが、その言い分は因果関係が滅茶苦茶で、支離滅裂である。神の子イエスを真似して言い切ると、人々はどよめき、男は顔を歪めた。
「はっ、そんな話、聞いた事もねぇ! 大体お前はどこからそんな事を知りえた――」
「聖女マリアージュ様!」
男の言葉を遮るような声が割って入った。上の方から誰かが駆けて来るのが見える。
司祭様だ! との声が口々に上がった。やってきた人影は、グラ・ノルベール司祭とサリューン・フォワ枢機卿、その護衛であろう数人の男達。
ノルベール司祭は私の近くにやって来るなり、涙ぐみながら膝から崩れ落ちるように五体投地をした。
「あああ、聖女マリアージュ様、良くぞご無事で! うぅ……大きな地揺れがあり、聖女様が街へ出掛けられたと聞き……私は、私は生きた心地がしませんでした!」
「はぁ……私もですよ。地揺れに驚いていた矢先、船乗りの一人が領主館へ駆け込んで来て大波が来ると――港の食堂へ向かわれたと聞き、聖地へ向かわれる前にもし聖女様を失ったらと思うと……胸が潰れる様な思いでした」
サリューン枢機卿も少し息が上がっていたが、顔を緩めると聖職者の礼を取る。二人共、緊急事態なのに私を心配してわざわざ探しに来てくれたのだな。それは純粋に嬉しい。嬉しいのだが――
「……聖女様?」
「ええ、まだ公にはされておりませんが――この御方は教皇猊下もお認めになった、れっきとした聖女様です。このナヴィガポールには聖地への御幸の途中で滞在されていたのです。ちなみに司祭の隣に居られるのはトラス王国の枢機卿、サリューン・フォワ猊下でいらっしゃいます、失礼の無いように」
ですから、この御方は決して魔女などではありませんよ、と水を得た魚のように言うエヴァン修道士。
私を魔女呼ばわりした男はへたり込んで可哀そうなぐらい顔を真っ青にしている。
――身バレするのだけはやめて欲しかった。
地震があった事、また只ならぬ様子で叫ぶ面子の中に見知った顔があった事が信憑性を増したのか、人々は慌てて避難を始めてくれた。
ちなみに私は力尽きるのは早かった。今は前脚におんぶされている。
「男の人は老人子供を担いであげてください! 火を消して高台へ逃げて!」
喉が枯れかけ、丘の中腹までやってきた時。海の方からドン、ドン! と大砲の音が聞こえて来た。
はっとそちらを振り返ると、遠目に港に停泊していた筈の船が沖へと出て行くのが見える。その後ろに津波と思われるうねり。
津波を食らって船が陸に乗り上げてしまえば使い物にならなくなる。ファリエロは機転を利かせてくれたようだ。
船が大波を乗り越えた後――それは瞬く間に陸に押し寄せて来て港やその周辺区域を飲み込んでいく。それを見た人々の悲鳴が次々に上がった。
***
「あああ、俺の家が」
「そんな事って……神様」
呆然とした街の住人の内何人かが悲嘆に暮れている。
不幸中の幸いか、津波は丘の中腹までは来なかった。しかし港やその周辺の標高の低い場所が軒並み浸水被害に遭ってしまっている。
もし低震度だからと甘く見ていたら、と思うとゾッとした。もしかしたら、と避難を促して良かったと思う。
「マリアージュ様、これからどうしたら……」
ジュデットが涙声でこちらを見詰めて来る。何故かその場に居る全員の視線が私に集中した。
「皆さん、安心して下さい。あの大波が引けば今日の所はもう大丈夫でしょう。港付近にお住まいだった方は教会へ! こちらのエヴァン修道士に先導をお願いします」
私はエヴァン修道士を見る。彼が頷き、口を開こうとしたその時。
「何だ、あんた。勝手に決めるなよ! もう大丈夫だって何で分かるんだ!」
嘆いていた一人の男に怒りをぶつけられた。船乗りの一人が宥めるように声を掛ける。
「おい、やめろ。地揺れの後、大波が来るって事で皆を避難させるよう命じたのは姫様だ。不思議な力を持っていなさるに違いねぇ。だから大丈夫かどうかも分かるんだろうよ。大体早く逃げたお蔭でお前は生きてるんだ、命があっただけでも良かったじゃねぇか」
「はぁ? 今までも小さい地揺れはあったが、大波なんて来なかった。なんで今回だけ大波が来るって分かってたんだよ。だったら何でもっと早く言ってくれなかったんだ! そうしたら俺の財産も無事だったのによ。直前になって言うなんて、まるで人が不幸になるのを喜んでいるような魔女じゃねぇか!」
「命を救われたのに何てこと言うんだ! マリーは魔女なんかじゃない、僕の、グレイ・ルフナーの妻になる人だ!」
魔女、の言葉にグレイが私を庇う様に前に出て来た。
馬の脚共を始め、中脚、サリーナがピリリと殺気を帯びる。しかし一度口から出たものは引っ込みが付かないのか、その言葉は止まる所を知らなかった。
「はぁ? 魔女がルフナー家の坊ちゃんの婚約者? だったら尚更、何故俺達の家を守ってくれなかったんだよ!」
男の叫びに家が津波被害にあったであろう人達の目が不穏な光を帯びたように見えた。
エヴァン修道士が焦ったのか、「お待ちなさい、この方は」と引きとどめようとしているが効果はあまり期待出来ない模様。この修道士は魔女にたぶらかされたのだ、という囁きも聞こえて来た。
カチャリ、と金属音が聞こえて来る。誰かが武器に手を掛けたのか。
一触即発の、物々しい雰囲気――いかんな、この流れは。
私は男を真っ直ぐに見据えた。なるべくはっきりと、穏やかに聞こえるように口を開く。
「誤解を解きましょう。落ち着いて聞きなさい。小さな地震なら兎も角――ある程度の大きな地震があった場合、大波――津波が来る可能性があります。何故ならそれは地揺れによって引き起こされるからです。
はっきりと言っておきます。大波が来るかも知れないと分かるのは、地揺れがあった後だけです。故に、地揺れの前にそれを知るすべはありません」
一文無しになって恐怖と不安に苛まれての八つ当たりなのだろうが、その言い分は因果関係が滅茶苦茶で、支離滅裂である。神の子イエスを真似して言い切ると、人々はどよめき、男は顔を歪めた。
「はっ、そんな話、聞いた事もねぇ! 大体お前はどこからそんな事を知りえた――」
「聖女マリアージュ様!」
男の言葉を遮るような声が割って入った。上の方から誰かが駆けて来るのが見える。
司祭様だ! との声が口々に上がった。やってきた人影は、グラ・ノルベール司祭とサリューン・フォワ枢機卿、その護衛であろう数人の男達。
ノルベール司祭は私の近くにやって来るなり、涙ぐみながら膝から崩れ落ちるように五体投地をした。
「あああ、聖女マリアージュ様、良くぞご無事で! うぅ……大きな地揺れがあり、聖女様が街へ出掛けられたと聞き……私は、私は生きた心地がしませんでした!」
「はぁ……私もですよ。地揺れに驚いていた矢先、船乗りの一人が領主館へ駆け込んで来て大波が来ると――港の食堂へ向かわれたと聞き、聖地へ向かわれる前にもし聖女様を失ったらと思うと……胸が潰れる様な思いでした」
サリューン枢機卿も少し息が上がっていたが、顔を緩めると聖職者の礼を取る。二人共、緊急事態なのに私を心配してわざわざ探しに来てくれたのだな。それは純粋に嬉しい。嬉しいのだが――
「……聖女様?」
「ええ、まだ公にはされておりませんが――この御方は教皇猊下もお認めになった、れっきとした聖女様です。このナヴィガポールには聖地への御幸の途中で滞在されていたのです。ちなみに司祭の隣に居られるのはトラス王国の枢機卿、サリューン・フォワ猊下でいらっしゃいます、失礼の無いように」
ですから、この御方は決して魔女などではありませんよ、と水を得た魚のように言うエヴァン修道士。
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