貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

ねぇ、分かる? 生き仏様の気持ち。

 「魔女? 誰が聖女様を魔女と言ったのですか?」

 突然の身バレに石化していると、サリューン枢機卿が眉を顰めて魔女という言葉に反応した。エヴァン修道士が説明をする。

 「あ、ええ……この方が。聖女様は地揺れの直後、大波が来るから避難を促すようにと命じられたのですが、何故家財を助けてくれなかったのかと。挙句、マリー様が魔女に違いないと言いかがりを」

 ノルベール司祭が男を見下ろして、非難の目を向けた。

 「ピエール、貴方は聖女様に何て事を……」

 「お前は次期領主夫人に暴言を吐いた。それだけじゃない、知らなかったんだろうから教えておいてやるが、俺の妹マリーはキャンディ伯爵家の娘――この意味は理解出来るな?」

 司祭に続くように言ったカレル兄が剣の柄に手をやった。身分を持ち出すとは珍しい。しかしそれだけ男ピエールの態度が腹に据えかねていたのだろう。先程の金属音もカレル兄だったのかも知れない。

 「あ……いや、俺、私はっ! うぅ、聖女様! 申し訳ありません、申し訳ありません!」

 睥睨して威圧するカレル兄に、命だけは! と石畳にゴツゴツと頭をぶつけ出したピエール。さっきから魔女扱いされるわ身バレはするわ、そして今のこの状況である。私はどんよりとして溜息を吐いた。

 ――仕方があるまい。

 男の前で腰を屈める。

 「お兄様、どうかご容赦を。ピエールさん、もう良いから顔を上げてお立ちなさい。無理もありません、突然起こった災害、大波で財産を失い、自分はこれからどうなるのかと恐怖と混乱に苛まれていたのでしょう?
 だから心を落ち着けようとして、私が原因なのだと思う事で納得しようとした。しかしそれでは更なる混乱と悲劇を招くばかりで何の解決にもなりません。それを学んで反省し、次に生かして頂ければ私は許しましょう」

 「へ……許して、頂けるのですか?」

 ピエールが恐々こわごわと顔を上げる。カレル兄は「……今回だけは妹の顔に免じてやろう」と剣から手を離した。それに礼を言い、笑みを浮かべてピエールに頷き返す。

 あーあ、額から血が滲み出ちゃってるよ。

 腰巻ポケットから『黒い牝鶏※』の刺繍入りハンカチを取り出して持たせ、「差し上げますから」と額に当てがってやる。深夜十字路に行って引き裂きでもしなければ大丈夫だろう。その後立ち上がって背筋を伸ばすと、周囲の一人一人の顔を見渡した。

 「――皆さんも、良いですね。心の平穏を取り戻して下さい。事態を冷静に受け止め、理性的に復旧の為にこれからどう行動していくかが大切なのです」

 それに、とグレイに向き直る。その手を掴んで上に持ち上げた。

 「私の婚約者――ナヴィガポール領主後継たるグレイ・ルフナーは、被害に遭われた領民を決して路頭に迷わせたりはしません。ね、グレイ?」

 同意を求めると、グレイは頷いて声を張り上げる。

 「ああ、勿論。出来る限りの事をして皆を助けると約束する! 家財や職を失った人々がちゃんと食べていけるように住まいや食事、仕事を与えよう!」

 「眠る所なら教会や領主館があります。食べ物も充分に与えられます。だから落ち着いて指示に従って下さい――グラ・ノルベール司祭、そういう訳で民の為に寝床を提供して欲しいのです」

 「かしこまりました、聖女様の御心のままに」

 ノルベール司祭が聖職者の祈りの所作で承諾した。サリューン枢機卿やエヴァン修道士もそれに続き、人々も手を組んで祈りを捧げる――私に。何か成仏しそう。気分はまるで生き仏様である。
 祈り終わって顔を上げた人々は、心なしか安堵したように見えた。食べ物寝床を保証した事で精神的に落ち着きを取り戻したのだろう。心底逃げ出したい気持ちを我慢したかいがあったものである。

 「ありがとうございます。さて、現時点で家の状態が無事だと分かる方、また上に親戚等頼るお家がある方はそちらへ。もし、怪我や食べ物等お困りであれば対応しますので領主館へ来てください。また、炊き出しの為の人手が足りなくなると思うので、料理が出来て動ける方にはお手伝いをお願いします」

 特に女性が助かるのですが、と言うと、「料理ならお手伝い出来ます!」「あたしもやりますよ。手当も出来る」等とおかみさん達が請け負ってくれたので、礼を言う。
 続いて、ガリア食堂の髭親父の腕を叩き、申し訳ないが炊き出しに協力して欲しいとお願いした。

 「今日のお昼に作って下さったようなものをお願いします。交易所から頂いたオコメは腹持ちが良い穀物。私の持ってきた食料や香辛料等も全部使って下さって構いませんから」

 貰ったインディカ米の大半は領主館に運ばれている筈。カロリー的にも優れているから夕食もピラフを作って貰おう。
 他の食堂の料理人も何人か居て、建物も無事だったお店の人は材料の供出まで申し出てくれた。
 私は続いてリノや船乗り達に目をやる。

 「それで、リノや船乗りさん達は余力がありますか? やって欲しい事があります」

 「大丈夫です。なぁ、皆?」

 リノが船乗り達に声を掛けると、応! と力強い返事。頼もしい。

 「では、波が引くのを待って、水がどこまでやって来たのかの確認と――またその辺を彷徨い歩いている人が居たら保護と手当をして領主館へ誘導をお願いします。
 また、戻って来たファリエロさん達と合流したら領主館へ来てください。後程領主館から消毒用の強いお酒、手当用の布を持って来させましょう。
 そうそう、今日は目で見るだけの確認に留めて、くれぐれも被害に遭った家の中には入ったりしないで下さいね、怪我をするといけませんので。被害状況の詳しい確認は明日、その為の準備を今夜中に行います」

 「了解。任せて下さいマリー様」

 「宜しくね。もし必要なものがあれば連絡を寄越して頂戴、すぐに届けさせるから」

 「あの、聖女様。俺達も何か手伝う事はありますか?」

 街の男性達がおずおずと声を掛けて来た。私は微笑んで頷く。

 「ええ、勿論。瓦礫を運ぶ為の簡単な荷車を作って貰ったりしなきゃ。さて、領主館へ向かう人はこちらへ。共に行きましょう!」

 ジュデット、ノルベール司祭やサリューン枢機卿達には先頭を、中に避難民を挟む形で、私達は殿を歩く。程無く、レイモン氏が派遣した男達とも合流。
 領主館へ戻ると、レイモン氏に無事を喜ばれた。経緯を話すと、すぐに炊き出しや宿泊の準備等に動いてくれた。領主館も教会も目立った損傷は無かったので、幸運だったと思う。


***


 明日は掃除が主。外では猫車や掃除道具を男性陣が作ってくれている。

 一方女性陣は炊き出しと裁縫の二手に分かれた。

 手伝いの申し出が多く、炊き出しの人手が飽和した(配膳とか手伝おうとしたけど断られた)ので、私は現在明日に向けて他の女性達と共に布を煮沸消毒して手当布を作ったり、手袋とマスクを縫ったりしている。
 ジュデットは縫物が得意ではないのか、四苦八苦していた。真っ直ぐ縫うだけのマスクをお願いしよう。

 「マリアージュ様、このマスクという物や手袋は何の為に作るんですの?」

 「ああ、それはね」

 ジュデットの質問に説明する。塵や怪我を防ぐ、衛生と安全の為に作業用マスクと軍手は必須であるという事を。勿論手袋持っている人は自前をお願いするつもりだ。
 ちなみに作業に参加する条件はブーツを履いている事。サンダルは危険。

 カーテン、古着、シーツ。使えるものは何でも使う。サリーナには渋られたが、勿論私も使えそうな布類を提供した。数百枚程度あれば充分だろう。

 手伝ってくれている修道女には聖女様にこのような事! と恐縮されはしたが、人手は多い方が良かろうと押し切った。刺繍や裁縫なら任せろー(バリバリ)!

 流石は人海戦術、必要物資が瞬く間に出来上がっていく。このペースだと今日は寝られそうで良かった。

 ノルベール司祭とエヴァン修道士は教会で人心の慰撫と怪我人治療の指揮を受け持ち、レイモン氏やグレイ、カレル兄達、サリューン枢機卿には私の進言で復興本部を立ち上げて詰めて貰っている。
 復興本部は津波被害の後始末を進める司令塔、細々とした報告も全てそこへ。災害時の指揮系統と情報の一元化はテストに出る位大事。
 今現在、報告事項への対処の他、迅速かつ短期間で復興作業を完了する為の対策会議――具体的な段取りの話し合いの真っ最中である事だろう。

 私は何故そこへ参加していないかって? そりゃ目立ち過ぎたからである。地震直後こそは皆パニクってたので緊急事態としてイニシアチブを取らせて貰ったが、今は取り合えずそれを脱しているし、このナヴィガポールはそもそもルフナー家の所領なのだから。

 リノ達が戻って来たのは、夕暮れになった頃だった。


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※『エロイムエッサイムエロイムエッサイム』の悪魔召喚の呪文として知られる。一度も卵を産んだことのない黒い牝鶏を使う。
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