貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

欠落した記憶。

 『美しきハープの調べ、天を貫き毒光招く
 大地を揺るがし、世界反転

 ショック! ショック! ショック! ドクトリン!

 ショック! ショック! ショック! ドクトリン!

 獣の数字を刻まれて、全ての物は管理下に』


 私はライブ会場の一番前列、真ん中の特等席に居た。あの方の魂の籠ったシャウトがビリビリと体を痺れさせる。

 そう言えばナヴィガポールを出てからというもの、ずっと船の中で寝ていた所為か、何故かやけにリアルなライブの夢ばかりを見ていたように思う。
 私はそれならばそれで楽しんでコルナサインを繰り出して曲を楽しんでいた――これまでは。

 『神山のほむら天を焦がし、摩天楼も泥濘ぬかるみ
 彷徨さまよう豚共 為すすべも無く

 ショック! ショック! ショック! ドクトリン!

 ショック! ショック! ショック! ドクトリン!

 肉屋が勝利を掴んだ瞬間、全ての物は紅蓮と回る』

 これも夢なのだろうと思うけれど、おかしい。
 何故ならこの歌は、聞いた事が無かったからだ。

 ――もしかして、新曲!?

 私が死んだ後に発表されたものだろうか、と思っていると。

 あの方と、目が合った。その顔がニヤリと笑う。

 「もうすぐだ、雌豚よ。もうすぐ会える」

 その声を聞いた次の瞬間、私はいきなり水の中に放り出されてしまう。
 真っ暗な水の中、浮上しようと必死で藻掻く。ゴボゴボと空気だけが上がっていき、だんだん息が苦しくなって。


 何で、私がこんな目に。こんな事なら、仕事なんてやめて好きな事をすれば良かった。来世では絶対に――



***



 「――はっ!?」

 パチリ、と目を開けると、白いシーツが目に入った。溺れた夢を見ていた所為か、呼吸が荒くなっている。
 しばらくじっとして息を整えると、私はむくりと起き上がった。
 窓の外を見ると、綺麗な朝焼けが見える。

 そうだ、ここはコリピサの高級宿の一室。

 ……今日は聖地へ行くんだっけ。

 二度寝する気にもなれなくて、私はベッドを出て窓の傍に寄った。

 遠く、海の中に聖地らしきものが見える。ぼこりと突き出た大きな岩みたいな島だ。その上に尖塔が何本も突き出ているのが分かる。

 さっきの夢、何だったんだろう。私の前世の死因が溺死だったとか?
 いやいや、でも。仕事から帰って寝てからいきなり転生してたんだし。若くして心臓麻痺とかそういう理由よね。

 でも、記憶が無い。

 あれ……記憶。私の前世の名前って、何だったっけ?
 待って。あれ?

 さーっと血の気が引いていく。じわじわと暗く、冷たいものが下から這い上がって来るような気がして、私は自分を掻き抱いた。
 住んでいた場所は分かる。政治家や有名人、同僚の顔と名前も覚えてる。家族の名前――大丈夫。

 だけど姓は……思い出せない。

 おかしい事はまだある。私自身がそんな事生まれてからずっと考えた事も気にした事も無かったという事実。それが何故今になって。
 もしかして、何者かによって、意図的に思考を制限されていたりするのだろうか。

 奈落に突き落とされたような気分がして、ぶるりと震えた。部屋の中にある姿見を恐る恐る覗き込む。
 何時も見慣れた筈の顔――なのに、見知らぬ人間のように思えて、震える両手で頬に触れた。

 「マリー様?」

 心臓が跳ね上がりそうになって息を呑んで振り向くと、サリーナがランタンを持って部屋に入って来た所だった。

 「お早いですね。あら、顔色が悪いですが、どうかなさいましたか?」

 「……ちょっと夢見が、ね」

 サリーナはそうですか、と言ってテーブルの上の蝋燭に火を移した。部屋が明るくなり、私は気が抜けたように絨毯の上にへたり込む。
 「余程怖い夢をご覧になったのですね」と驚いた顔をしたサリーナは、私を立たせてソファーに座らせた。

 「お仕度をする前にお茶をお持ちしましょう。目覚めの一杯は頭をスッキリさせてくれます。気分も良くなるでしょう」

 「ありがとう」

 持って来て貰った紅茶で人心地ついた私は、支度をすると皆と合流する。迎えに来たエトムント・サラトガル枢機卿と共に、聖地へ向かう船に乗り込んだ。
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