貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
203 / 758
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

高木 寿【1】

 パチリ、と目を開ける。朝日が眩しく顔を照らしていた。キッチンの方で中古で買ったコーヒーメーカーが稼働する音。

 あれ……私。長い夢を見ていたような。

 ぼんやりとしながらもベッドから起きて、洗面所へ向かい冷水で顔を洗う。パンをトースターに放り込み、出来上がったコーヒーにカロリーゼロの人口甘味料と低脂肪乳を注いでカフェオレを作る。
 前頭葉が退化すると分かってはいても、手っ取り早く情報を得る為に惰性でテレビのリモコンのボタンを押す。ニュースは相変わらず火山噴火一色だった。

 数日前、遠くでドーンと音がしたのを覚えている。
 誰かが富士山が噴火したのだと興奮したように言っていた。
 臨時ニュースが流れ、デカデカと『富士山噴火』の文字が躍る。噴火口は富士山の頂上ではなく、ズレた場所だった。
 山体崩壊等はしていないが、火砕流が海の方へ向けて流れ、東海道全域を分断してしまった。登山客や火砕流の風下地域等、逃げ遅れた人も多数。

 そして数日後の今日、マスコミが深刻な様子でヘリを飛ばして惨状を報道している。富士山と言えば東京から近い筈なのに、液晶画面を通してみると、どこか遠い国のように感じてしまう。

 「現在、東海道新幹線、高速道路上り下り共に火砕流により運行停止及び交通不能状態となっており――」

 インターネットでは、サファリパークの猛獣が逃げ出しただの何だののデマが飛び、逮捕者が出る騒ぎになっていた。
 パンを齧り、カフェオレを流し込む。風向きなのだろう、東京の空は火山灰の所為で薄曇り。

 「――駿河湾には大型フェリーや米軍、海上自衛隊の救助船が集結しております。一刻も早い救助が待たれます!」

 富士山の方は大変だろうが、私は何時もの様に今から出勤だ。手早く着替えて化粧をする。テレビでは、呼ばれたどこぞの大学の専門家がしたり顔で見解を述べ始めていた。

 「前回の噴火は宝永大噴火だったわけですけれども。これは宝永地震の四十九日後に起こっております。
 実はですね、その後にも山頂火口の南東の『荒巻』と言う場所で噴気活動がありました。近年でも、2002年の伊豆諸島、2013年の三宅島、そして2015年の西之島等、フィリピン海プレートに属する火山が噴火してきてるんですね。
 それはプレートによってマグマが押されてきているという事なんです。このボードにあるように、このフィリピン海プレートがこう……どんどん日本の方へ押されてるものですから、同時に伊豆半島もこう、グッグッと富士山の方へ押し付けられている形になっているわけです。
 富士山もいつ噴火してもおかしくないと言われておりましたが、噴火してしまった以上、次は南海トラフ地震が起こる可能性が高まっています。九州の鬼界カルデラの方も活動が活発になってきていましたし、可能性はありますよね」

 「今の内に防災や備蓄の見直しをしておいた方が良いという事でしょうか」

 「ええ。ただ今日明日に南海トラフが起こるという訳では無いとは思いますけれども。慌てず焦らず避難経路等の見直しをし、買い足すものがあれば買い足して、備えて頂ければと思います」

 テレビを消して家を出た。いつものように地下鉄に乗る。おしくらまんじゅうの中で誰かに尻を触られ、朝っぱらからげんなりした。ダンジョンと比喩される道を同じルートで出口に向かう。
 会社も通常通り稼働。

 「おはようございます」

 「……」

 「おはようございます、高木さん」

 糞上司からの挨拶は何時もの如く返って来ない。まあ私は出向でこの会社の社員ではないしもう慣れた。唯一返してくれた人はこの会社の中途採用の氷河期世代のおじさん。

 そう言えば、私。

 ネームプレートを見ると、『高木 寿ことぶき』という名前。

 ――そう、こんな名前だった。

 そう思った直後、自分の名前すら忘れかけていたのかと愕然とする。夕べも終電で帰ったし、脳みそがおかしくなっているのかも知れない。

 ヤバいな。

 次の休みには病院に行くべきなのかも。そう思いつつも納期の迫る仕事は待ってくれない。さっさと携帯や貴重品をロッカーに預け、IC認証の部屋に入った。パソコンが立ち並ぶデスクに座ると電源を入れて立ち上げる。

 ふぅ、と溜息を吐く。今日も帰りは終電近くになるだろう。私はまだ良い方だ。挨拶返してくれたおじさんなんかは年下の上司に馬鹿にされ、無視と嫌がらせをされていた。
 挨拶無視は当たり前で、引継ぎ申し送りは聞こえない振り。問題が起ったら全部おじさんの所為にされ、周りも事勿れとそれに同調する。勿論帰りは終電、場合によっては帰れない。だからこの職場には人が居付かない。

 患者の命を握っている職種である筈の看護師の友達もそういう目に遭ったことがあるらしい。

 生来卑しい人間性なのか、相手を脅威に思っているのか、それとも自分の価値を相対的に高めたり存在意義を確認するのにそれしか方法を知らないのかは分からないが。
 そういう人は相手に何をされた訳でもない、相手が給料貰ったところで自分の給料が低くなる訳でもないのに大人げない虐めを行う。『服従の心理』と『同調圧力』が虐めをエスカレートさせるというが、肝心の『共存能力』の欠如した未成熟な『子供のような大人』が増えているようだ。

 そんな世の中である。『虐めで自殺』『子供虐待』の事件なんて珍しくもない。『日本人は素晴らしい人間性(キリッ)』とか持ち上げる論調を見るにつけ、鼻で笑ってしまう。
 大体そんな事を誰が言い出したのか。世論誘導の一環であったのかも知れない。全ては偉大なる肉屋の為に。豚共の世論も何もかも誘導されるのだ。

 この業界に入ってから間もない頃、監視とサクラ、情報操作的な仕事をした事がある。一書き込み幾ら、成果報酬幾らの世界。雇い主が誰であれ、金さえ払えばそういう仕事を請け負う会社など幾らでもあった。
 広告代理店とやらが入ればネットの情報の信憑性もテレビと大差ない。いや、もっと酷いかも知れない。

 そんな事を考えながら社内サーバーから仕様書を引っ張って来て、仕事に取り掛かった。
 今日も深夜までこき使われて帰宅。糞上司のおじさんを怒鳴り上げる声でただでさえ摩耗した神経が更にすり減らされた。

 もうやめようかな……しんどいわ。働かず、のんびりだらだらニートしたい。

 これまで何度も思った事を今日も繰り返す。
 故郷では仕事もなかなか見つからず。実家パラサイトしていても仕方が無いと、せめて手に職を付けようとプログラミングを学んで上京したまでは良かったものの……私、何でこんな事になってしまったのだろう。
 そうは思っても転職が厳しい昨今、たとえ超絶ブラックであっても収入源を断たれるのは地味に辛い。親への仕送りも欠いたら困るだろう。

 そう言えば前生理になったのは何時だったか。もうそろそろ来てもおかしくないのに。
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」