貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

高木 寿【3】

 おじさんは会社のトイレで薬物を大量に飲んでぐったりしていたという。後一歩の所で発見されたらしいが。呆然としたまま帰宅すると、また着信があった。
 出向先の電話番号。出ると、糞上司。

 『高木さん、明日は外部の人間が入ると思うけど、何を訊かれてもうちの職場には何にも問題がないんだから、パワハラの事実は無かった、いいね』

 「もしもし」とも「お疲れ様です」とも言わず、早口で一方的にまくしたてる糞上司。
 外部の人間――おじさん関連の事で警察が入ったのだろう。
 保身のために事前に電話を掛けて来たという事か。おじさんに申し訳ないとか欠片も思っていないのだろうな。
 知らず、眉根を寄せる。とことんクズが――私は静かに録音ボタンを押した。

 「すみません、お話が見えないのですが……いきなり何でしょうか?」

 『察しが悪いって言われない? だからさぁ、明日外部の人間が来るんだけど、その時口裏を合わせて欲しいんだよね……言っておくけどさぁ、俺の嫁は社長の娘だから。
 うちの会社、業界でも顔が利く方だし、下手な事を言うと高木さんの会社にも迷惑がかかる事になるかもよ? ああ、あの無能が辞めた後、高木さんを引き抜いて良い待遇でうちの社員にしてあげてもいいね。だからパワハラは無かったって事でよろしく~』

 「……お話は分かりました。御用件はそれだけでしょうか?」

 了承はしていないが。それ以上糞豚野郎の声を聞いていたくなくて、私は話を切り上げるべく適当に合わせた。

 『分かればいいんだ、じゃあ明日くれぐれも頼むから』

 ブツッと切られた通話。何だか気持ち悪くてそのままシャワーを浴びた。
 眠れそうにないので神経を落ち着かせるべく紅茶を淹れる。
 紅茶福袋に入っていた、上質の農園物のアッサムCTCを煮出す。血糖値を上げる為に砂糖を入れ、ミルクを加えた。
 一口啜ってまろやかな優しい味にほうっと息を吐く。

 先程の録音を出して、偽証を強要された、パワハラがあったと証言すれば糞上司は終わるだろう。しかし、それをやれば私は確実にクビ、損害賠償を求められる可能性も。下手をすると逆恨みで糞上司がストーカーになりかねない。

 自己嫌悪に溜息が出る。結局私も同調圧力に屈する側なのか。
 ポスターの向こうのサタナエル様が私に叫ぶ。

 『集団の掟モーレスに屈する事こそが正義とでも言うつもりか? たとえそれが正しくなくとも!
 お前も所詮は下らん3Sによって馴致された愚かな雌豚に過ぎなかったか!』

 ――ああ、その通りですサタナエル様!

 私だけじゃない。この国のほとんどの人が物を考えぬように飼いならされている家畜に過ぎない。考えず、ただ言われた事に忠実に働く事を求められ。学校でもそのように振舞う事を教えられ、また評価基準もそれに準拠している。
 パワハラ事件が起こって訴えたとしても、パワハラをした側が何故か守られ出世するような国。被害者は泣き寝入りになるだろう。

 力無き正義は無力。おじさんも、きっと泣き寝入り。

 ぼんやりしていると、SNSの無料通話の着信音が鳴った。

 「はい」

 『こんばんは、寿。寝てたの?』

 「ううん、起きてた。大丈夫。どうしたの、お母さん」

 通話の相手は新潟の母だった。久しぶりに声を聞く。

 『いえね、あんたが元気してるかなって思って』

 「うん…元気してるよ」

 『どうしたの? 元気ないみたいだけど』

 流石母。娘の声で様子がおかしいと分かったのだろう。

 「ああ、うん。仕事が忙し過ぎてさ。いつも朝から晩まで働き詰めだから」

 そう言って誤魔化すと、母は声をワントーン落とした。

 『……お母さん思うんだけど、他にもっと良い条件の仕事無いの?』

 「転職ね……考えてはいるんだけど」

 『だったら新潟に戻って来なさいよ。富士山も噴火しちゃったし、太平洋側は危なそうってテレビで言ってたわ。
 上京する前と違って、今ならそれなりのスキルあるのよね? こっちにだってパソコンの仕事、無い訳じゃないみたいだし。
 それに、今の職場じゃあ彼氏どころじゃないんでしょ? あんたの年齢的にも、結婚は早目にしておいた方が良いわよ』

 確かに言われる通りだと思う。そろそろ結婚を考える年齢だし、学生時代の友人達も所帯持ちが増えてきている。
 母もそろそろ孫が欲しいのかも知れない。私、一人娘だし。
 故郷に帰って、適当な人を見つけて結婚して、両親に孫を抱かせる――今より収入は減るだろうが、それも良いかもしれない。

 「そうだね……もし、急に戻っても大丈夫だったりする?」

 『いきなり何? 近々仕事辞めるの?』

 「うん、急にクビになったりとかさ、よくある事だし」

 『あんたの部屋は物置になってるけど……戻って来るんなら掃除しておくわ』

 「ありがとう、お母さん。じゃ、明日も早いから……」

 電話を切ると、グルグルと思考しながらネットで調べ物をしたり、預金通帳の残額を眺めたりして過ごす。

 というか、考えている時点で答えは出ているようなものだった。

 私はそれに気が付くと、ペンを執った。便箋を取り出して、退職願を書き始める。

 母と話している内に決心が付いた。仕事を辞めて、家に帰ろう。

 圧力に屈して事勿れで働き続ける方が仕事や収入は安泰だろうとは思う。だけど、そうする事で私の中の大事な物が擦り減って無くなってしまう。
 それに――何よりサタナエル様に胸を張って目を合わせる事が出来なくなってしまう。

 ――これはおじさんの為じゃない。自分の為だ。

 会社の上司にメールをすると、私はミルクティーを飲み干した。


***


 翌朝。少し早く家を出て、郵便局の朝一で退職届及び添え状を内容証明郵便で出した後、出向先の会社へ向かう。

 挨拶もそこそこに業務を始めた。ただ、いつもと違うのはおじさんが居ない事。おじさんが居なくなって、糞上司は不機嫌な面をしている。おじさんの分の仕事を別の人に割り振ろうとするも、上手く行かないようだった。
 糞上司はウロウロした後、私に目を付けた。

 「高木さん、ちょっと」

 「……何でしょうか?」

 「あの無能のやってた案件なんだけどさ、高木さんやってくんない?」

 無能なのはお前だろう。私は確信した。きっと、社長の娘婿だという立場に胡坐をかいて仕事をさぼり、おじさんのやった成果をそのまま自分の手柄にしていたに違いない。
 というか、私は別会社の社員だし。きっぱりと断る事にした。

 「申し訳ありませんが、契約外です。それに今やってる案件が山場で手一杯でとてもそんな余裕はありません」

 「ああ、その案件終わってからで良いからさ」

 「では、その旨の契約を新たに結んで頂けるように会社に伝えておきますね」

 「ばっ、一々そんな事をする程の事でもねぇんだよ! チャチャッとやれよ! クレーム入れられてぇのか!」

 糞上司は激昂して声を荒げ、机にドンと拳を打ち付ける。
 流石に頭に来て、何か言い返そうとした時。

 「すみません、警察の方がお見えです」

 タイミング良く警官達がやってきた。
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