貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(91)

 僕はぐったりとしていた。

 マリーの絶叫で支部職員は来るわ更なる勘違いを生むわ。誤解を解くまで大変だった……向こう何年分かの体力を一気に消耗した気がする。

 目の前ではスレイマンがマリーに謝罪がてら名を名乗っていた。僕はマリーにアヤスラニ帝国での名乗りの意味を説明すると、興味深そうにしている。
 デーツも彼の家の伝手で手に入れた事を教えると、顔を輝かせていた。あれがあってこその『オコノミ』だから、これから先も、ヒラール商会とは付き合いをより深めて行く事になるだろう。

 それはさておき。

 「で、スレイマン。何故国を出てここへ?」

 僕は本題に入る事にした。
 連れの人と何か関係があるのかと訊いたけれど、確信に近い。この町をうろついているアヤスラニ帝国人達――彼自身じゃなく、連れの男性が理由なのだと。
 スレイマンは肯定し、連れを見詰めながら低い静かな声で話し出す。

 「彼はイドゥリース。皇帝イブラヒームの息子、太守イドゥリーススルタン・イブラヒームリ・イドゥリース・アミール

 ――な、何だって!?

 その名に僕は度肝を抜かれた。ある程度アヤスラニ帝国の事情にも詳しいトリスタン達も顔色を変えている。

 「太守じゃないアミール・ディー学者だよブ・エフェンディ

 領地は既に失った。
 スレイマンの連れ――イドゥリース殿下はそう言うけれど、太守だろうが学者だろうがどうでも良いよそんな事!

 ちなみに、太守アミールというのは領地持ちである事を意味している。実際の政は代官がやっているのだろうけれど、皇子という事で皇帝から領地を分け与えられていたのだろう。

 というか、明らかに一般人じゃない帝国人達の目的がはっきり分かった。
 文字通り天から降って来た明らかな厄介事。感じていた直感は今日も嫌になる程健在だった。僕は頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる。

 「あああ、それで僕にどうしろって!?」

 半ば自棄になって叫ぶように問いかけると、スレイマンは縋るような眼差しを向けて来る。

 「グレイ、助けて欲しい。彼を、イドゥリースをトラス王国へ逃がしたいのデス」

 トラス王国語で明確に語られた要請に、部屋全体が全員の驚愕の声でビリビリと震えた。


***


 僕がその仔細を問おうとするのとほぼ同時に、階下が騒がしくなった。
 静かに耳を澄ます。

 「『コリピサに帝国人の犯罪者が逃げ込んだそうだ! この界隈でそれらしき者がいたそうだが、家探しをしても構わないか!』」

 「『そんな、お役人様いきなり困ります! そのような方等見ておりません!』」

 「『隠し立てしては居まいな? ん? ここの責任者はどうした!』」

 「『今、上で接客中でございまして』」

 どうも質の悪い役人のようだ。トリスタンが席を立ち、出て行った。

 イズーの言う通り、此処へやってくるかも。マリーが部屋を見渡すと、青くなっているスレイマンとイドゥリース殿下にカーテンを示す。そこしかないだろうな。僕も黙って身振り手振りで隠れさせた。
 マリーが前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファン、鶏蛇竜コカトリスのカールにカーテンを護るように指示する。いざとなったら実力行使も――。

 覚悟する僕に、マリーは頼もしくここは自分に任せて欲しいと言い、サリーナより扇を受け取った。合図をしたらイズーが扉を開ける手筈になっている。

 皆息を殺して扉を見詰めていた。やがて複数の足音と共に、トリスタンと役人らしき声が聞こえて来る。

 「『……ですから、今外国からの貴人をおもてなししているのですよ。そこへ踏み込まれては……』」

 「『やましい事が無ければ本官に部屋に入られたところで困る筈も無かろう! それとも人に言えぬ取引でもしておるのか?』」

 「『いえ、ですから。高貴なお生まれの、色々と難しい方々ですので……』」

 その時。マリーの扇がパラリと開かれた。


***


 僕の婚約者は圧倒的だった。入って来た役人の鼻っ柱をへし折り、女帝の如く大上段から睥睨する。
 普段の彼女とは違う。人に傅かれるのが当たり前の、傲慢かつ我儘な高位貴族令嬢然とした佇まい。

 マリーは女優でもやっていけるかも知れない。今の彼女は、僕なら厄介で面倒な事になりそうだから商売でもちょっと敬遠したいというタイプそのものだった。役人もそれは例外ではなかったらしく。

 サリューン枢機卿猊下の事や『正式な抗議』まで持ち出され、役人のそれまでの尊大な言動は鳴りを潜め尻尾を巻いて、すっかり及び腰になってしまった。

 トリスタンが「だから申し上げたのです」とたしなめるように言う。諦めの悪い役人に、マリーはお前より身分が上のこちらは名乗ってやったのに名乗らないお前は何様だと更なる威圧を掛けた。

 役人は堪らず一兵卒が上官にするように、ビシリと棒立ちになって名乗る。

 ――ああ、彼女もやっぱりサイモン様の娘なんだな。

 うっそりと目を細めて冷ややかに笑うそのかんばせは、彼女の美貌も相まって迫力があった。見ている方も変な汗が出るとか、新たな境地に目覚めたりとかしそうだ。

 そうこうしている内。

 「『おい、浜辺で首無し死体が上がったってよぅ! アヤスラニ帝国の貴人みたいな服だとさぁ!』」

 外の通りの方からそんな叫び声が聞こえた。それまで黙って扉の傍で立っていたアヤスラニ帝国人(推定軍人)が踵を返して駆け出す。
 まさか置いて行かれるとは思わなかったのか、役人も「『おい、待て!?』」と声を荒げつつ、こちらへ謝罪と共にお辞儀をした後、慌てて追いかけて行った。

 役人がアヤスラニ帝国人を連れていたのは意外だった。きっと賄賂を掴まされたのだろうなと思っていると、カレル様も同じような事を言う。
 マリーが「私、お友達にお手紙を書かなくちゃ」とクスクスと笑った。宛先は――敢えて訊かないでおこう。

 この町の役人組織について不安を抱きつつ、僕はカーテンに向かって「もう出て来ていいよ」と声を掛けた。
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