貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(93)

 ゲホゲホと咳き込む殿下――もとい、イドゥリースは、僕の差し出したハンカチをお礼を言って受け取った。

 「『聖女って……古の時代、数々の奇跡を起こしたという、あの?』」

 スレイマンの言葉に僕は頷く。異なる教えとは言え、根本になる聖典そのものは教会と共通しているので彼らもまた賢者と聖女は信仰の対象になっている筈だ。

 「『信じられない……』」

 「『だけど、トラス王国に居る時、わざわざ教皇猊下がマリーを聖女かどうか調べに来られた。その結果、彼女は聖女として認定されたんだよ』」

 立ち直ったイドゥリースがそうか、と呟く。

 「『所謂、秘儀というやつか。聖地には聖典にもない古い記録や聖女様所縁の物が沢山残っていると聞くし』」

 「『多分ね。それに、元々彼女はこの世のものとは思えないような知識を披露したりしていたんだ。イドゥリースを信じたのもその知識有っての事』」

 僕は『来るべき災厄』について話した。語るにつれ、二人の顔色が悪くなってくる。

 「『――だから、星読みの予言もその一環として認識されたって訳だよ』」

 「『そんな大きな話だったなんて……』」

 スレイマンは絶句している。イドゥリースは天を仰いだ。

 「『ああ、でも。不謹慎かとは思いながらも私はワクワクしてしまっている。聖女様の知識があれば星の研究も大いに飛躍するのではないか、と。
 スレイマン程言葉が自由に話せないのがもどかしい。グレイ、私はトラス王国語は学んだ事があるが話せない。どうか教えてくれないだろうか』」

 「『会話の練習であれば喜んで』」

 その申し出に僕は微笑み、了承した。


***


 一夜明け、僕達は連れ立って聖地へと向かう。

 ここには幼い時分、一信徒として祝福を受けに巡礼に来た事があったなぁと思い出した。
 と言っても、その時降り立ったのはこのような裏口的な桟橋ではなく、大きな船着き場だったけれど。

 話を聞くに、ここは教会関係者のみの桟橋らしい。

 見上げる程の崖小島の上に町や中央神殿があり、そこへ行くには険しいつづら折りの階段を上って行かなければならなかった。

 上り終えたところから続く石畳の道を歩く。先導されて行った先には、威風堂々たる門があり、壁で挟まれた道へといざなっていた。
 それは『聖なる道』と呼ばれ、特別な時や限られた人物にしか通る事を許されない道らしく、僕達は別の道を案内されるようだ。

 マリーに対する忠誠心の深い前脚ヨハンと後ろ脚シュテファンが別行動に異を唱え、マリーについていく事になった一幕があったものの。
 僕達はマリー達を見送った後、「皆様はどうぞこちらへ」と案内されて別の道を歩く事になった。

 それにしても『しもべ』は分かるけど、『馬』とは……『馬であり僕』と言っていたところからして、『馬』の方が彼らにとって重要性が高いもののような印象を受けた。

 やはり前脚と後ろ脚という呼び名に関係があるのだろうか。
 初めて聞いた時はマリーの独特の感性なのかと思ったけれども、本当は何か深い意味があっての事だろうか。

 改めて疑問に思い、カレル様にそれとなく訊いてみると、その目が泳ぎ始めた。

 「も、元々彼らは一角馬ユニコーン二角馬バイコーンの名を持っていたから馬なのだろう! それに……教皇猊下の仰ったような意味でも間違いはないぞ、うん」

 「文字通り馬の如き労を厭わずって事ですか。でも、前脚と後ろ脚って事は二人で一頭の馬って事ですよね。何故元々のように別々じゃないんでしょうか」

 マリーが名付けたと聞いていますが、何かご存じですか? と首を傾げると、カレル様はどことなく引き攣ったような笑みを浮かべた。

 「俺もマリーに直接理由聞いた事は無いが、警護には対象を護る為に文字通り足並みを揃える事が大切になる。バラバラに勝手に動かないようにとの戒めとしてそう名付けたのだろう!」

 ははは、マリーのセンスは変わってるだろう? と続けるカレル様。鶏蛇竜コカトリスのカールも「先輩達は二人共実力者ですからねー、それゆえに昔は譲らず反発するところもあったのですよー」と言う。

 「それは僕も例外じゃなくてー。それで仲間と足並み揃えろという事で『中脚』なんですよー」

 正式なマリー様の護衛じゃない僕は先輩達と違って普段は鶏蛇竜コカトリスなんですけどねーと続けるカール。それまで話を黙って聞いていたエヴァン修道士が、「流石は聖女様ですね!」と感動していた。

 理由を訊けば成る程と思う。そんな深い理由があったのか。

 マリーの感性は独特だけど道理があったんだな。
 そんな小さな好奇心を満たしつつ進んで行く。

 少し離れた所に『聖なる小道』の壁が続いていて、それと並行するように僕達は歩いていた。
 聖地でも自給自足しているのか、菜園や薬草園、果樹園等が作られている。修道士達がのんびりと世話をしていた。

 エトムント枢機卿猊下曰く、

 「この道は町とは逆方向にあるのですよ」

 だそう。という事は一般の巡礼者が行く道とは中央大聖堂を挟んで反対側になるのか。

 葡萄園もあった。
 儀式に使ったりするワインも作っているそう。

 枢機卿猊下が二人居る所為か、通るたびに聖職者の礼を取られたり会釈をされたりしている。それを横目に、僕達はイドゥリースに簡単なトラス王国語を教えるのを楽しんでいた。

 そうして歩いている内、何時の間にか中央大神殿の傍までやって来ていたらしい。
 『聖なる小道』の終わりと思われる大きな石で作られた門の下に彼女の姿を認め、僕は手を振る。

 「マリー!」

 門の上を見詰めていたマリーはこちらに気付いて振り向くと、嬉しそうな笑みを浮かべた。
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