貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

脂カタブラ~我言葉の如く事を成せり~

 「『その方は果たして本当に聖女様なのでしょうか? 疑わしいものです』」

 言いながら、何人もの聖職者を引き連れて。石畳に高い足音を立てながらこちらへと歩いて来るビール腹の中年男。
 早口のガリア語だが、ぶつけられた思念で言葉の意味は手に取るように理解出来た。

 この日までの数日間、時間を作っては色々と能力の検証をしていた中で分かったのだけれど、予知や透視以外に精神感応テレパシー能力もあったのである。
 限られた時間だったので全てを検証し終わった訳では無いけれども、恐らく私の力は精神系が主、念動力等の物理的に働く力は強くないもしくは無いのだと思われる。

 乗り込んできた彼らは数メートル離れた場所で立ち止まると、私達を糾弾するように睨みつけている。
 サングマ教皇が右手を上げて睥睨し、両者の視線が交錯した。

 「『控えよ、アブラーモ大司教。亡き先代教皇であるお父上から聞いてはおらぬのか。聖女様であるか否かは、古くから口伝で代々の教皇に伝えられし方法で確かめられるもの。間違いなくこの方は聖女様であらせられる!』」

 成る程、と合点がいく。前教皇の息子であれば、現教皇に真っ向から盾突く程度には力があるといという事か。
 アブラーモ大司教と呼ばれたその男の周りに居るのは取り巻きだろう。

 居並ぶ信者の中、真っ向から聖女という存在に対して疑いを持って妨害して来た事に、流石に怒りを隠し切れない教皇。しかし脂身……アブラーモ大司教は傲岸不遜に鼻を鳴らした。

 「『はて……そのような口伝があるという事は聞いた事がございませぬ。そもそもその口伝の存在自体が偽りであればどうですかな?
 教皇以外が知る事が出来ないのであれば、聖女をでっち上げる事など如何様にでも出来ましょう。私はそれを懸念しておるのですよ』」

 「『貴様、猊下を愚弄するか!』」

 「『聖女そのものが偽りであればそれこそ神への愚弄となりましょうぞ!』」

 怒鳴った枢機卿にも引かず、アブラーモは私を指さして怒鳴り返した。信徒や巡礼者達がざわざわと騒ぎ始める。

 私はじっとそいつを見詰めた。何を考えている?

 そう思った時。

 『――聖女など伝説で、本物が居よう筈もない。どうせそこらの小娘を引っ張って来て聖女などと持ち上げているのだろう。
 そもそも教皇位は儂のものだったのだ。それをこの青二才が横から奪った。
 サングマめを追い落としさえ出来れば、儂が次の教皇となる。こんなチャンスを逃してなるものか!』

 脳裏にそんな思考が伝わって来た。

 ――成る程な。

 ふと、アブラーモ大司教の隣に強張った表情の侍童がいるのが見えた。
 不思議に思った瞬間、その理由が伝わって来て判明し――心の中が怒りで満ち溢れる。

 ――あのスイカ腹野郎、残虐な嗜好を持つホモで小児性愛者ペドフィリアだ。

 聖職者不適合も良い所である。三重苦過ぎて酷い。
 更に透視すると、少し離れていてさえ分かる。少年の幼い体には無数の傷が!

 気が付いた時には大司教の衣服には火が付いており、瞬く間に燃え上がっていた。
 検証していた時には気付かなかったが、私には発火能力パイロキネシスもあったらしい。

 悲鳴を上げて転げまわるアブラーモ、鎮火せんと慌ててそれを叩く取り巻きの聖職者達。

 突如上がった火の手に再び静まり返った大聖堂。ただ騒いでいるのは大司教一派のみ。
 私は男の子の方を向いた。

 「『そこの子、こちらへいらっしゃい』」

 ガリア語を思い出しながら相手に聞こえるように少し張り上げた声は嫌に響いた。男の子は自分の顔を指さして首を傾げる。

 「『そう、貴方。ヴェスカル、こちらへいらっしゃい』」

 「『どうして僕の名前……』」

 恐る恐る寄って来た彼に、しゃがんで目線を合わせた。そっと手を伸ばし、優しくその柔らかい金髪を撫でていく。

 「聖職者の皮を被った汚らわしい悪魔の下で、今まで良くぞ耐えて来たわね。貴方はこれより私の庇護を受けます。だからもう大丈夫よ。後で治療を受けましょうね」

 私はトラス王国語で語りかけながら、心に直接語りかけてみた。それは確かに伝わったのか、男の子は驚きに目を見開いている。

 「『せ、聖女様……!』」

 『本当に? 本当にもうあんな嫌な苦しい気持ち悪い思いをしなくても良いの?』

 そのテレパシーに私は微笑んで頷いた。

 『良いのよ。辛い事はもう終わったわ。私が貴方を守りますから』

 私が全てを見通していて、それで自分が助けて貰ったのだと理解したのだろう。侍童ヴェスカルは体を打ち震わせて、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。

 彼を抱きしめて背中をポンポンとしてやっていると、サングマ教皇が近寄って来た。

 「聖女様、その子供は……?」

 「あのアブラーという男に到底口では言えないような卑劣で醜悪な如何わしい虐待をされていたのですわ。体に沢山の傷があります。この子は私が保護します」

 「何と……」

 その言葉で全て悟ったのだろう。サングマ教皇は痛ましい視線をヴェスカルに投げた後、ヒィヒィ言いながら鎮火を終えたアブラーモ大司教へと向き直った。

 ――ちっ、脂身の癖に燃え残ったか。

 まあ煩悩の塊はちょっとやそっとの炎では浄化できないのだろう。着ていた法服は煤けてボロボロである。

 「『アブラーモ大司教、聖女様は仰せられた。そなたが高位聖職者にあるまじき薄汚れた欲望を抱き、幼い無力な子供に恥ずべき恐るべき事を強いていると!』」

 サングマ教皇の大声での詮議に、大聖堂中の全員の目がアブラーモ大司教に突き刺さった。奴は青褪め、「『いや、違う、私は……』」等と譫言うわごとのように言いながら首を横へ振っている。
 追い詰められた大司教はやがて、こちらをぎりっと睨み付けた。

 「『あ、悪魔だ! 悪魔に違いない! その娘が悪魔の力で私に火を! 夫であるというあの男を見るが良い、悪魔の赤毛ではないか!』」

 脂身男は恐怖に彩られた顔で私を指さした。よりによって、グレイの事も侮辱して。
 頭に一気に血が上った。

 私の事ならまだしも!

 『――この脂身は、敵だ!』

 プチン、と堪忍袋の緒が切れた。


***


 私の思念はまるで静かな水面に石が落とされたかのように一瞬で広がって行き。
 そして、その影響は数分もしない内に如実に現れた。

 ――バサバサッ!

 換気の為に開け放たれた窓から、扉から。次々と翼有る存在もの達が飛来。群衆から悲鳴のようなどよめきが走る。

 聖地付近に居たと思われる小型猛禽類を始め、海鳥、白鳥や鴨等の水鳥や放し飼いの鶏、鳩、小鳥に至るまで――天に属するとされる生き物達は、飛んで来るなり一斉に大司教一派に襲い掛かったのである。
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