貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

以心伝心。

 あの後。

 この部屋には私とグレイ、カレル兄、そしてサリーナと馬の脚共、中脚だけにして貰っていた。言わば、完全に身内というやつである。
 全て話を聞き終えたカレル兄はふうん、とだけ言って好奇心の光を宿した眼差しをこちらに向けている。
 何を言われるのか――私はごくりと唾を呑んだ。

 「それにしても、前世の記憶か。お前がおかしい理由が分かって良かったよ」

 「ちょっ、カレル兄! 言うに事欠いておかしいですって!?」

 聞き捨てならぬ言葉に思わず声を荒げて抗議する。家族にも前世の事を打ち明けておいた方が良いよ、というグレイの勧めで勇気を出して打ち明けたっていうのに!
 ぷんぷん怒っていると、カレル兄はニヤリと笑って手を伸ばす。髪をくしゃりと撫でられた。

 「まぁ、でも。おかしいのも含めて俺の妹だからな。前世の記憶がどうとか、聖女の力がどうとか、そういうのは関係ない」

 じわり、と目頭が熱くなった。

 「――っ、そんな。不意打ち!」

 「良かったね、マリー」

 グレイがハンカチを渡してくれながら微笑んだ。カレル兄が「馬鹿な所も今までと同じか」とほっぺたを軽く抓って来る。サリーナが珍しく呆れたように肩を竦めた。

 「もしかして、知られれば態度を変えられると思われたのですか? これまでと変わらずお仕えするだけですよ」

 そっか、何も変わらないんだ。嬉しさに少し照れ臭くなって小さく頷いてお礼を言う。

 「……ありがとう、サリーナ」

 「我らとて! サリーナ殿の右に同じく!」

 「聖女として目覚められる前からマリー様は我ら馬の脚が変わらぬ忠誠を捧げる主にございます!」

 「お前達……」

 馬の脚共ヨハンとシュテファンが騎士っぽい礼を取って頭を垂れた。中脚カールは突っ立ったままポリポリと後頭部を掻いている。

 「中脚の僕はある意味おまけですがー、概ね同じ気持ちですー。今後マリー様が聖女様ってことで物凄くあちこちから狙われるだろうって考えるとー、ちょっと面倒になったなぁというのが本音ですけどねー」

 聖地にも各国の密偵みたいなのは紛れ込んでるでしょうしー。
 特に帰りとかー。大変な事にならなければ良いんですけどねー。

 現実を突き付けられて、ちょっと涙が引っ込んだ。


***


 帰国までの数日間、私は聖地で忙しく動き回っていた。次の大地震の聖地やコリピサにおける影響についてくまなく見回りながら透視し、細かな被害状況を確かめていたのである。

 ゴルフォベッロのような蟹の爪に挟まれたような港湾地形になっている事と、津波発生源である震源が遮られる形になるので、津波は水位が上がる程度でそこまでの被害は無い様子だった。
 聖地は崖の上にあるようなものなので大丈夫だけれど、コリピサの標高が低い地域は多少浸水するのでそこは聖地から通達を出して貰う事に。

 地震は震度五ぐらいかなという所で、老朽化している場所等は崩れるヴィジョンがあったので、何ヵ所かを補強の上当日は近づかないように注意しておいた。

 その他は、隙間時間を利用してサングマ教皇に日本語を教えたり。
 文字が数種類ある事と、文法の並びが全然違う事に驚き目を白黒させていたけれど、学ぶ事自体を楽しんでくれているようだったので良かったと思う。

 そうそう、教皇が写した手記は貰える事になった。また新たな手記を勉強がてら書き写すから、というので厚くお礼を言って頂戴する。



 そして帰国の日――。

 「ご滞在の時間があっという間だったのが残念です。また聖地にいらして下さいませ」

 「ええ、きっと。トラス王国にいらした時は是非我が家へ来て下さいましね。歓迎いたしますから」

 サングマ教皇や枢機卿達はコリピサまで見送りに同行してくれた。挨拶を交わしながら思わず涙ぐんでしまう。

 「聖女様、道中くれぐれもお気を付けて」

 「ええ、サングマ教皇猊下も、皆様も。お名残り惜しいのですが、何卒ご自愛下さいませ」

 やがてファリエロの号令の下、帆が上げられた。
 船は追い風を受けてコリピサの波止場を離れ、どんどん遠ざかって行く。

 今度聖地に来る時は、もっとのんびり出来ると良いな。

 大きく手を振りながら、私はそんな事を思った。


***


 私達の船は海賊等に遭う事も無く順調に北上していた。私が能力の練習がてら怪しい船を探して見つけてはファリエロに伝えていたからである。
 そして、ゴルフォベッロに近付いて来た時。

 「……まだ居るわね。どうしようかしら?」

 商船の舳先の方で椅子に腰掛け、私は北の方を見詰めて溜息を吐いていた。
 正確には眼前に広がる行く先の景色ではなく、ナヴィガポールを透視していたのである。領主館には我がトラス王国の王子兄弟二人が未だ滞在中なのがばっちり見えていた。

 透視能力マジ便利。もしこれが無かったらうっかり鉢合わせになってしまっていた事だろう。
 レイモン氏の顔色がどことなく悪い。時々胃を押さえており、心労を察して余りあった。大丈夫だろうか。

 それを口にすると、

 「うわあ……帰ったらすぐ、良い胃薬を贈る事にするよ」

 と顔を引きらせるグレイ。レイモン、ごめん……と呟いて、心配そうな眼差しを北へ向けていた。
 行きと違って船酔いは克服したカレル兄がやれやれと肩を竦める。

 「もうマリーが聖女だってバレているんだろうな。ナヴィガポールで待ち構えてるって訳だ。
 大方、聖女マリーの功績を褒め、意気揚々と王都に凱旋。聖女が傍らに居る方が王位継承に有利――そんな所だろう。ジェレミー第二王子殿下の場合は王妃殿下に言い含められての事だろうが――ご苦労な事だ」

 「レイモンには悪いけど、ジュリヴァ経由で帰った方が良いかもしれないです」

 「そのようだな」

 その時、ある事が閃いた私は二人にストップをかけた。

 「待って。ダディに相談してみようと思うの。聖女の能力を使って」

 私は集中する。懐かしき我が家、キャンディ伯爵家。
 父サイモンは何処に……と意識を向けると、丁度執務室に居るようだった。そのままそこへ狙いを定めて透視すると、丁度良い事に一人である模様。

 『ダディダディ……聞こえる?』

 その瞬間、父サイモンは書き物をしていたペンを放り投げた。
 きょろきょろと周囲を見渡した後、疲れているのか……? と独りちている。

 ……ちょっと面白いかも。

 『幻聴じゃないわ、ダディ! 助けて欲しいの!』

 強く叫ぶように伝えると、父はうぉっと声を上げた。

 本当にマリーなのか!? それとも娘の声をした化け物か!? 

 その叫び声に使用人が反応し、何かありましたか!? と執務室の扉を叩きだした。
 父ははっと我に帰り、何でもない、と返している。

 『化け物だなんて酷い! あのね、ダディ。マリーは聖地へ行って、聖女としての力に目覚めたの。これはその一つ――遠く離れていても、心で話す事が出来るのよ!』

 ――はあぁ!?

 父サイモンの目がぱちくりと瞬いた。
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