貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

貸し一つ。

 「まさかあのような手段に出られるとは。ナヴィガポールの時もですが、貴女にはまんまとしてやられましたよ」

 劇が始まって暫く――グレイとは反対隣に立っていたアルバート第一王子はそう切り出した。

 「殿下の国を思うお気持ちは分かりますわ。ですが、臣下が主を敬うように子は父親は敬うもの。それを否定なされば同じようなことが御自分の身にも起こりましてよ。
 それに、真に国を思うならばそれが乱れ疲弊する事を良しとしないのではなくて?」

 私はそちらを向く事も無くしれっと言い切る。アルバート第一王子が王太子の座を勝ち取っても、トラス王を蔑ろにしてきていれば臣下は従わず反逆として自分の行いが帰って来るかも知れない。
 国を思うと言いながら争いを生み国を疲弊させる行為は如何なものか――私の言葉にアルバート王子は諫言耳に痛いですね、と息を吐く。



 舞台では、オペラ調で歌うような節回しで役者達が寸劇を繰り広げていた。

 「聖女よ、そのようなつまらぬ小国の王など捨てて、大国の王たる我が手を取れ。さすれば栄耀栄華は思いのままぞ!」

 第一王子に似せた古代の大国の王役が大げさな身振りで聖女役の女優に手を差し伸べる。
 二人の王達が聖女を手に入れようと攻めて来て、あわやというシーンだ。



 それを見ていたアルバート王子がぽつりと呟いた。

 「私はきっと、間違っていたのかも知れません……」

 『王位継承争いをするよりも、まず父を許して和解し、その王権を強めるべきだった……』

 その独白に、アルバート王子はいまいち父親であるトラス王の事を許せず、信頼出来なかったのだろうなと思う。
 王妃サブリナが好き勝手するのを窘めない、命を狙われてきた自分を守ってくれなかった、そんな思いが伝わって来る。
 許して和解するなど、言うほど簡単では無かっただろう。
 間違っているというよりも、仕方なかったのだろうと思う。同情はする。

 ――ただ、私とグレイに迷惑を掛ける事だけはやめて欲しいというだけで。



 アルバート王子似の大国の王が見下ろす床には、私とグレイに似せた聖女と小国の王。
 小国の王は傷を負い、聖女がそれを介抱しているという構図。
 大国の王を見上げた聖女は、毅然と首を横に振った。

 「いいえ、いいえ。私は貴方様の手を取る事はありませんわ。この世で栄耀栄華を極めたとて何になりましょう。
 私の居た神の国での庶民の生活にさえ遠く及ばず虚しいだけ。私が心から愛し、共に生きていたいお方はただ一人ですわ」

 すると、第二王子に似せた王が剣を引き抜いた。

 「何と。ならば聖女よ、いっそその男を殺してしまおうか! さすればそなたは我らの内どちらかのものにならざるを得まい」

 「神の怒りをも恐れぬ言葉。そうなれば私は命を絶ちましょう。愛する人と引き裂かれる事を私は望んではおりませぬ故に!」

 「な、何ぞ、この火は!」

 「よもや、神の怒りなのか!」

 新体操のような長く赤いリボンを持った役者達が入り乱れ、二人の王達は苦しむ素振りを見せる。
 ナレーション役の男が声高に読み上げた。

 「おお、見よ――二人の王の衣に火の気も無いのに炎が上がる! 神の怒りが下ったのだ!」

 「我が君! 助けに参りましたぞ!」

 そして小国の将軍役が乱入。大国の王役二人が悶えながらリボンと共に退場すると、小国の王と聖女がゆっくり立ち上がった。
 小国の王は耳を澄まし、やがて聖女に向き直る。

 「二人の王は神の怒りに触れて焼け死んだ。王の兵も散り散りになり、私達は助かったのだ、愛する人よ」

 「ええ……貴方が剣を向けられた時はもう生きた心地がしませんでした。本当に良かった。早くどこか安全な場所へ行きましょう」

 二人は抱き合い、無事を喜ぶ。そこへ、将軍が声を掛けた。

 「我が君、聖女様。難攻不落の離れ小島にある城へ。そこでゆっくりと静養致しましょうぞ」

 役者達がゆっくり退場して行く。ナレーションが舞台の真ん中へと移動し、紳士の礼を取った。

 「斯くして古の王と聖女様は今は聖地として知られる場所へと向かわれ、そこでお亡くなりになるまで仲睦まじく何時までも何時までもお過ごしになられました。これにて終幕とさせて頂きます!」

 パチパチパチ、と拍手が上がり始める。私も笑顔を取り繕って拍手に加わった。

 良い出来映えだった。ただしあの手記通りの女性だったら、ブチ切れ炎上させる瞬間『薄汚ねぇ糞豚共がぁ! 焼き豚になってしまえぇ!』とでも罵っていたのは間違いないだろうな。というか、私もそうする。

 聖女劇と己の身を重ね合わせ、理想と現実の違いに思いを馳せていると――貴族達を縫うようにして、一人の給仕が現れた。手にはお盆に乗せたグラスが三つ。

 「アルバート第一王子殿下、聖女様、名誉枢機卿猊下。喉がお渇きでいらっしゃる事でしょう。お飲み物をお持ち致しました」

 ――そら来た。

 給仕はにこやかにアルバート王子と私、グレイにグラスを渡していった。
 精神感応を使うと、やはり私以外の分はきっちり毒入りだった。しかも致死量の。

 中立派の婦人達は表向き穏やかに、ピリピリとこちらを注視している。
 三夫人がさり気なくアルバート王子の傍に立った。アルバート王子がグラスに口を付けようとした瞬間、ホルメー夫人がそれを手で制する。

 「殿下、お待ちになるざます!」

 「っと、サヴァン先代伯爵夫人!? いきなり何ですか」

 「アルバート殿下、少しだけお待ちになって下さいね」

 私がそう言うと、馬の脚共が行動を開始する。
 給仕を前から後ろから挟むように立ち、前に立った前脚が仁王立ちで腕を組んで給仕に向かい合った。
 睨み付けでもしているのか、給仕の男が怯えた様に怯む。

 「な、何か……?」

 「我らは聖女様をお守りする聖騎士である。聖女様達に飲み物をお渡しするならば先ずは毒味をして貰おうか」

 「へっ!?」

 「空のグラスなら此処に!」

 前脚ヨハンがお盆を奪い取り、間髪入れず後ろ脚が空のグラスを置く。そしてアルバート王子とグレイ、私からそれぞれグラスを拝借すると、少しずつ空のグラスに注いで行った。

 「さあ、毒味用の杯が出来たぞ。お前が用意した物だ、全て干して貰おうか」

 「ひぃ……ど、毒など入れておりません!」

 「ならば飲めるな。毒味すれば毒入りかどうかは分かる事だ」

 「……!!」

 給仕はいきなり走り出した。ぶつかられた中立派の貴婦人達がよろめき、それを咄嗟にギャヴィンと後ろ脚シュテファンが支えた隙を突いて一目散に駆けて行く。前脚ヨハンはそれを追って駆け出した。

 「追え! 追え! そやつを捕まえろ!」

 「第一王子殿下、聖女様、名誉枢機卿猊下を毒殺しようとした曲者だ!」

 叫びながら体制を立て直した後ろ脚も前脚に続く。祝宴の場は騒然となった。
 トラス王は近衛達に命令を下し、やがて大捕り物が始まる。

 多勢に無勢、やがて馬の脚共に宇宙人状態で捕まった給仕の男は、可哀そうな位ぼっこぼこにされ、ズボンを濡らした状態で震えあがって連行されて来たのだった。


***


 祝宴の場は、一気に物々しい尋問の場と化した。
 前脚ヨハンが剣を鞘ごと男の頬に突き付けて詰問する。

 「お前の名は」

 「エ、エルヴァンと申します」

 「ではエルヴァン――言え、誰の命令で聖女様達を殺めようとしたのだ」

 「し、知りません! 私ではない別の誰かが毒を盛ったのです! 私は無実です! オディロン陛下、お助け下さい!」

 「余に言われてもな。そなたが毒を盛っていないのならば何故逃げたのだ?」

 「そ、それは……毒を盛った何者かに罪をなすり付けられると思ったからでございます」

 しどろもどろになりながらも言い訳を重ねる給仕の男を後ろ脚シュテファンが小突いた。

 「嘘を申すな。神の目を欺けると思ったら大間違いだ――聖女様」

 話を振られた私はカラスに適当に鳴いて貰い、それに耳を傾ける仕草をした。

 「成る程、私の分だけ毒が盛られていなかったみたいですわね。毒殺しようとしたのはアルバート殿下とグレイでしょう?」

 私の言葉に給仕の男はまさかと呟いて青褪める。怯えたような眼差しをこちらに向けた。

 「な、何故それを……」

 「カラスは神の鳥。人の心を見抜きますわ。ねぇ、。先程この子に貴方の心を読んで貰ったの。試しに依頼主の所まで飛んで行って貰いましょうか」

 そう言うと、給仕は頭に冷水をかけられたようにサブリナ王妃の方を見た。自然、皆の視線もそちらへと集中する。

 「エルヴァンが殺し屋マルスバル・アンダイエだって!? 本人は没落貴族だって言ってたのに偽名だったなんて……」

 「まさか王妃様が?」

 「だが、アルバート殿下とグレイ名誉枢機卿猊下が死ねば、聖女様の夫は――」

 人々が騒めき始め、第二王子ジェレミーが堪らず立ち上がって王妃サブリナに詰め寄る。

 「母上! 本当に兄上達を毒殺しようとなされたのですか?」

 「な、何を言うのですジェレミー! ――し、知らぬ! 私は知らぬ!」

 首を振って必死に否定する王妃。
 トラス王オディロンはその様子を見て腹を括ったようだった。

 「王妃よ、そなたには離宮での蟄居を命ずる! 今後は一切政に関わる事や社交界に出る事を許さぬ!」

 「へっ、陛下! 私は――」

 「無実を訴えるならば太陽神の御使いによって決定的な神の審判を仰ぐか?」

 トラス王のその言葉にぐっと押し黙る王妃サブリナ。それを肯定と見做した王は溜息を吐いた。

 「……連れて行け」

 王妃は近衛達によって固められ、項垂れながら連れて行かれる。その後を第二王子ジェレミーが追って行った。
 アルバート第一王子は私の目の前に立ち、片膝をつくと手の甲に口付けを落とす。

 「……どうやら私は命を助けられたようですね」

 「ええ、貸し一つですわ」
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