貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(108)

 あの後。

 マリーに追いすがるメイソンを何とか引きはがし、キャンディ伯爵家に戻って馬車から降りた僕達は、難しい顔をしたサイモン様と出くわした。
 丁度王宮からお帰りになったところらしい。

 サイモン様の表情が気になった僕とマリーがその理由を訊ねると、何と王が聖女であるマリーを召し出そうとしているとの事。
 聖女帰還の祝宴を設けるという口実で。

 こういう時が遠からず来るとは思っていた。だから特には驚かなかったけれど。

 どうして、と問いかけるマリーに聖女を取り込む為だと説明する。

 嫌そうに顔を歪めるマリー。サイモン様は第二王子殿下とマリーが似合いだという噂が流れていると言う。残念ながら名誉枢機卿の肩書は権力争いの前には功を奏さなかったようだ。否、欲望に目が眩んで物事が見えなくなっている、という方が正確だろう。

 もし、教会の力をおもんばかるならば噂自体が流れない筈。実際に不穏な動きがあった事だし、今後も何らかの形で手出しをして来る事は必定。

 マリーが教会の力を知らしめる為にどうすればいいのかと考え始めたその時、ラトゥ様が現れて自分に任せてみないかと仰った。
 後ろにはティヴィーナ様の姿も。社交は貴族の女の仕事だから自分達を頼れば良いとサイモン様に頼もしいお申し出。
 しかし…と逡巡するサイモン様に、ラトゥ様は頼れる友人が沢山いるのだとまるで若い娘が見せるようなお茶目な笑みを浮かべたのだった。


***


 「……という訳なんだ、命を狙われている僕が居る事でこの家は一番危険な場所になってしまう。
 今朝サイモン様に相談したんだけど、明日からキャンディ伯爵家に暫く住まわせて貰う事になったんだ。
 お爺様、お婆様、お父様にお母様、兄さん――僕が居ない間はキャンディ伯爵家からの護衛達が守ってくれる。だけど、出来るだけ自分自身も身の安全に気を付けて。決して護衛から離れて一人きりになるような隙は作らないで欲しい」

 ルフナー子爵家に帰った後――僕は居間で暫くキャンディ伯爵家でお世話になる事を伝え、また家族一人一人に対して注意喚起をしていた。
 昨日既に鶏蛇竜コカトリスのカールから大規模な襲撃が起きそうだったという話を聞いている分、皆厳しい表情になっている。

 「『人は果実がたわわと生る木にのみ石を投げる(※)』と言うが――グレイ、大丈夫か?」

 気遣わし気な兄アールに、僕はまだ大丈夫だと頷く。

 「一応、昨日の事で相手側も少なからず損害を出しているから今晩はしのげるだろうってサイモン様が仰っていたよ」

 「でも……グレイがキャンディ伯爵家に行く事で本当にうちの安全度が増すのかしら?」

 母レピーシェの震えた声。父達が出かけて祖母や母だけで残される事もあるから不安で仕方がないのだろう。

 「そうですねー、一家皆殺しから誘拐に切り替える程度には増しますよー」

 しかしカールはあっけらかんと言い放った。父ブルックが苦い笑みを浮かべる。

 「……そうなら確かに安全度は増しているな」

 「殺しに来るなら相手も必死なんでこっちも大変ですけどー、誘拐に来るなら相手の思考に自己保身が働くんで段違いに守りやすくなるんですよー」

 カールの説明に、祖父エディアールがふむ…と顎髭に触れる。

 「成る程のう。覚悟の度合いが違うという事じゃな」

 「ご明察ですー」

 「グレイをキャンディ伯爵家にやった場合、儂らの身の安全は保障されるのかの? 守る自信はあるか?」

 静かな気迫の籠った眼差しで、見据えてゆっくりと問うた祖父。カールはその視線を受け止め、口の端に笑みを浮かべた。

 「幼少の頃より特殊な訓練を受けているんでー……ありますよ。僕達キャンディ伯爵家に仕える者としての名誉にかけて、ルフナー子爵家の皆様を守り抜きましょう」

 言って、カールは騎士の礼を取った。
 珍しく間延びした喋りが鳴りを潜める。家族全員雰囲気ががらりと変わった彼を固唾を呑んで見詰めていた。
 ややあって、祖父は立ち上がるとカールの前に立った。

 「良いじゃろう。儂らの命、お前さん達に預けたぞ。しっかりと守っておくれ」

 カールの腕に手を添え、立つように促す祖父。

 「真面目にやるとやっぱり恥ずかしいですねー」とカールは照れたように笑った。



***



 翌日――僕は朝から三人で馬車に揺られていた。

 というのも、スレイマンとイドゥリースも万が一の事があってはという事で、僕と共にキャンディ伯爵家に滞在する事になったからだ。
 これは僕と同じ期間、限定的なもの。彼ら自体はルフナー子爵家に住む事を希望している。
 そしてこの事は既に昨日の内に先触れでサイモン様にお伝えしていた。

 特にイドゥリースは高貴な血筋。母国で命を狙われ同国人に殺されるのと、異国で異教徒に殺されるのは結果は同じでも受け止められ方は光と闇程にも違う。
 殺されてそれがアヤスラニ帝国に伝われば、何らかの国際問題に発展する可能性が高い。

 道中狙われるのかと冷や冷やしていたけれど、僕達の馬車は無事にキャンディ伯爵家の門を潜る事が出来た。心底安堵しながら馬車を降り、出迎えて来てくれていたマリーと挨拶を交わす。

 「まあ、イドゥリース様、スレイマン様も来て下さったの? ようこそ我が家へ!」

 「マリー様、オハヨウゴザイマス」

 「お邪魔しマス」

 「滞在先や生活をどこにするのかという事で結論が出たんだ。一時的にだけどね」

 マリーに心配かけたくないのと、どこまで話せば良いのか測りかねて僕は当たり障りない理由を述べる。

 「まあ、ではその報告で?」

 「うん。それと、約束通り連れて来たよ、リディクト」

 視線で示すと、マリーは目を細めてリディクトを見詰めた。

 「ありがとう、グレイ。随分会っていなかったから嬉しいわ。リディクトは賢そうな子だから、聖女の力を使ってお話してみたかったの」

 「それは面白そうだね」

 「マリー様、リディクトは何時もの場所へお連れするように手配しておきました。皆様を喫茶室へとご案内致します」

 「ありがとう、サリーナ」

 僕達は一度喫茶室へ通され、お茶の饗応を受けた。
 マリーは少しそわそわしながら雑談した後、やっぱりリディクトの所へ行きたいから少しの間席を外しても構わないかとスレイマン達に伺いを立てる。
 イドゥリースが「『構いません、ここでのんびり休んでいますので』」と快く承諾し、僕はマリーに付き添って庭へと向かった。

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※フランスの諺より。出る杭は打たれるの意。
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