貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(114)

 それはさながら神話のような光景だった。

 豪奢な聖女の衣装に身を包んだマリーは錫杖を掲げ、凛とした声で居並ぶ貴族達に追及する。

 「そなたたちの忠誠は那辺にあるのです! アルバート第一王子殿下か、ジェレミー第二王子殿下か、それともトラス王オディロン陛下か!」

 烏達が呼応するように一斉に雄叫びを上げ、僕は背筋がゾクゾクするのを止められなかった。

 貴族達の矜持も砕けたのかバラバラと膝をつき、忠誠を誓うのはオディロン陛下だと口にしていく。
 そこへ示し合わせたようにサイモン様を先頭に中立派の貴族達が歩いてきて、トラス王陛下に臣下の礼を取ってこいねがう。今一度宮廷の秩序を改められますようにと。

 彼女がそこで錫杖を下ろすと、オディロン陛下は色々思われる事があったのだろう。
 マリーに傅き、その手に唇を落とす。そして――声を詰まらせながら、「聖女様こそが我が身を慮って下さる」と万感の籠った言葉を述べた。

 立ち上がった陛下はもう国王の顔をしていた。自らの不甲斐なさを詫び、そして貴族達全員に宣言する。

 「聖女は神の御使いであり、国の宝。ここにトラス王オディロンの名において命ずる! 愚かしい権力争いで聖女様に手出しをする事、金輪際まかりならぬ!」

 オディロン陛下の仰せのままに、と皆頭を垂れる。僕達の策が成就した瞬間だった。



***



 あの後、僕達は無事に宴の間に招き入れられ、聖女帰還の祝宴が始まった。オディロン陛下が仕切り直して祝宴の始まりの挨拶をし、マリーにも一言求める。
 彼女は祝宴に対しての礼を述べた後、来月にガリア王国からアヤスラニ帝国にかけて起きる災いの事について口にした。

 火山が噴火した影響で寒くなり、不作を免れない事。
 ガリア王国は元々温暖な気候なので食料の増産を頼めることを述べ、故に先にガリア王国を助けるべきだと説く。
 トラス王国がガリア王国を助けないのならば、個人でも諸国に働きかけてガリア王国救済を訴えるつもりだと。
 ガリア王国人であるメテオーラ嬢にも話を振り、災厄の中にあって、人々がどのように振舞うのか試されている、と締めくくった。

 騒めく貴族達。賛同する声もあるが、中には他国を何故我らが……という声も聞こえた。しかし結局陛下の一声でガリア王国を助ける事に決定する。
 マリーとメテオーラ嬢が陛下の英断に感謝を表すと、陛下や聖女に対する万歳の声と拍手が広がって行ったのだった。

 事件が起こったのはその後だった。

 マリーと僕は陛下に離席の挨拶をした後、中立派の貴婦人達の所へと向かう。

 三魔女達に取り囲まれ、先程の事を絶賛されるマリー。
 と、不意に前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファンが胸をドンと叩いた。委細承知だとか得意分野だとか言っている。

 何か彼らに精神感応でも使ったのだろうか。
 不思議に思って彼女の名を呼ぶと、物騒な内容の言葉が脳裏に響き渡る。

 『グレイ、落ち着いて聞いてね。貴方は王妃に狙われて毒を盛られようとしているの。だから誰かが何か飲み物を勧めて来ても絶対に飲まないで!』

 そもそも第二王子派の貴族は僕の命を狙っていた。だけど、僕は厳重に警備されているキャンディ伯爵家で滞在して難を逃れている。
 更には先程の事で、二人の王子達は立場が悪くなってしまった。

 第二王子殿下とマリーをくっつけようと目論んでいたのにそれが台無しになった上、王太子の座も危うくなった。
王妃殿下は内心焦燥と憤怒のあまり暴走しているのだろう。

 そうこうしている内に、聖女劇が始まった。
 彼らの顔ぶれは僕も知っていた。王都でも一二を争う劇団。

 アルバート第一王子殿下がやってきて、マリーの隣に座った。
 劇を観る振りして耳を澄ませていると、「貴女にはまんまとしてやられましたよ」という敗北宣言。

 マリーは婉曲的に父親である王陛下に対する殿下の態度がそのまま臣下に返されると窘めていた。

 「諫言耳に痛いですね」

 それきり口を噤んだアルバート殿下。劇が暫く進んだ頃に、

 「私はきっと、間違っていたのかも知れません……」

 と、ポツリと零す。その言葉に、アルバート殿下は多少なりとも反省された様子だと僕は内心安堵していた。

 しかしジェレミー殿下、いや、サブリナ王妃殿下は――奇しくもあの聖女劇に出て来る王の一人のように、僕を殺してしまいさえすればマリーの事はどうとでも出来る、と思われているのだろう。

 舞台の上では、二人の王は突如上がった神の怒りの炎に巻かれて死に、小国の王の配下である将軍がやって来る。将軍は生き残った二人を守って聖地へと導き、そこで終幕となった。

 湧き上がる拍手の中、劇の寸評があちこちで囁かれるのが聞こえる。
 和やかな雰囲気の中、給仕達が飲み物を配り始めた。

 ――仕掛けるなら今だろうな。

 案の定、一人の給仕が僕達に飲み物を運んできた。僕達はめいめいグラスは受け取る。
 三魔女を始めとする中立派の貴婦人達もマリーから伝えられていたのか、こちらを取り巻くように動いて注視しているのを感じた。

 アルバート第一王子殿下がグラスを軽く揺らし、口にしようとした、その時。

 「殿下、お待ちになるざます!」

 ホルメー夫人が待ったをかけた。何事かと驚く殿下。少しだけお待ちになって下さいね、とマリーが言うと、前脚と後ろ脚二人が給仕を前から後ろから挟んで逃がさないようにする。

 彼らは鮮やかな手付きで空のグラスに三人分の飲み物を少しずつ注いで、毒味用の飲み物を作って給仕に飲むようにと要求した。

 毒など入れていないと言いながら貴婦人を巻き込みつつ逃走を図る給仕の男。

 しかし隠密騎士である彼らの追跡から逃れられず、結局捕まる事となった。

 何とか知らぬ存ぜぬと通そうとしたのも虚しく、マリーの聖女としての力の前に呆気無く給仕の男の真実は暴かれる。

 エルヴァン、と名乗ったものの。それは偽名だったらしい。真実の名は殺し屋の『マルスバル・アンダイエ』。
 裏の界隈でそこそこ有名なのか、その名は僕もどこかで小耳に挟んだ事がある名前だった。

 マリーが奴の目的を告げた時、マルスパルは顔面蒼白になった。神の力に恐れをなし、挙動不審になる。
 更に彼女が給仕の男の真実の名を口にし、烏に依頼主の所まで飛んで行って貰おうかと言うと、思わずといった態でサブリナ王妃殿下の方を見た。見てしまった。

 自然、貴族達の目も王妃殿下お一人に向かう。

 ジェレミー殿下が堪りかねたように立ち上がり、まさか本当に毒殺しようとしたのかと詰問する。
 サブリナ王妃殿下は知らぬと必死に否定するも、その場に居た貴族達全員の心は一致していた。

 オディロン陛下は俯いていたが、やがて顔をきっぱりと上げると王妃殿下に離宮での蟄居を命じる。

 サブリナ王妃殿下は異を唱えかけるも、決定的に審判されたいのかという言葉に口を噤む。真実であれば、流石の王妃殿下といえども極刑は免れないだろう。

 王族はおいそれと離婚できない。代わりに別の事を行う。離宮での蟄居――それは、事実上の離婚宣言だった。

 貴族達の勢力図はこの一日で劇的に変わってしまった、と思う。
 厄介な事が起きなければ良いけれど。
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