貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(117)

 王宮を辞しキャンディ伯爵家へ戻り、廊下を歩いていると丁度マリーと出くわした。

 お帰りなさいと言ってくれる彼女の顔を見たら心なしか安堵を覚える。
 そんな僕にマリーは小首を傾げた。

 「お疲れのようね」

 王宮に呼び出されて何か言われたのかと心配げな蜜色の瞳で訊ねられる。
 僕は頷き、聖女に相応しい爵位を…という話が出たことを語って聞かせた。

 「アルバート第一王子殿下が提案されたそうで、トラス王陛下も乗り気でいらっしゃったんだ。功績も無いのに、過分な地位を頂く事は出来かねますって言ったんだけど、王国にも面子があると言われてしまって」

 せめて一つ上の伯爵でお願いしたんだけど、と続ける。結果はまだ保留である事も伝えると、マリーは「そう……」と思案気に腕組みをした。

 その場はそれだけだったけれど、夕食の席で彼女は爵位の件について触れた。サイモン様に王や第一王子の狙いについて僕が考えたのと同じような懸念を伝えている。

 「今はダディが鉄壁の守りを保ってくれているけれど、爵位を上げる事を口実にキャンディ伯爵家から私やグレイを遠ざける――隙が出来て内情ががたつく事を目論んでいるのかも知れないわね。厄介だ事」

 「確かに厄介かも知れんが、断る理由も無いのも事実」

 しかしサイモン様の考えは全面的に受ける方向に傾いている。
 帰りの馬車の中でも僕が懸念を呈した時、状況を逆手に利用して更なる利益を上手く得るのが賢いやり方だと仰られていた。
 新たに得られる領地候補の地図から眠る価値ある資源をマリーの能力で探り出し、それを得ようというのだ。

 しかしマリー自身はキャンディ伯爵領かナヴィガポールに近い領地が良いらしい。結婚してからも皆の傍に住みたいと。

 と、マリーが何かを思いついたように声を上げた。

 「そうだわ、お爺様にダディ。ふと思ったんだけど――」

 以前キャンディ伯爵領で見つけた金鉱山を彼女の持参金に出来ないか。

 それは正に奇策だった。

 ジャルダン様と兄君二人は思わずといった様子で声を上げ、サイモン様は愉悦の笑みを浮かべる。良い考えだと僕も頷いた。
 金鉱山が他ならぬ聖女の持参金であるならば、宮廷側が無理やり召し上げる訳にはいかないだろう。
 更には他に価値のある鉱山があればアナベラ様の持参金にしても良いかもしれないとマリーは言う。
 聖女のであってもその姉君のであっても、持参金を取り上げようとするならば外聞が悪いのみならず教会が黙ってはいまい。


***


 次の日の昼過ぎ、マリーは領地候補の地図を片手にウキウキとした様子でサイモン様の執務室にやってきた。
 夕べはキャンディ伯爵領にダイヤモンドの鉱山が見つかって度肝を抜かれたばかりだ。それはアナベラ様の持参金になる事になった。マリーの様子を見るに、恐らくは領地候補の地図にも色々と見つかったに違いない。

 「何か良い鉱山なりとも見つけたのか?」

 サイモン様の問いにマリーは満面の笑みで頷いた。

 「いずれもうちの領地と接している土地が候補よ。その他の地図には小さな銀山以外特に目ぼしい物は無かったわ」

 「ほう」

 マリーは地図を並べた。

 「まずこれが銀山のある地図ね。でも一代で掘り尽くしそうな規模しかない。こちらは西の海まで続く細長い領地で、資源というよりも北方諸国との貿易港で候補に挙げているわ。キーマン商会が販路を広げるならと思って」

 マリーの言葉に僕は地図を手に取った。サイモン様も銀鉱山のある地図に目を通している。

 「確かにうちは北方諸国との商いはそこまでしていないね。赤毛を持つ人間の先祖は遠い北方から流れて来たそうだけど」

 「まあ、そうなのね」

 祖父エディアールから寝物語で聞いた事があった。
 全ての赤毛を持つ者は北方の戦神の系譜を継いでいるという。
 興味を持って神話や民族学の研究書を調べた事があったけれど、長い歴史の中でその神は火の神と同一視されるようになったとあった。
 その戦神が人の娘と儲けた息子も赤き髪をしていたそうで、後に英雄となった。その名はダージリンと伝えられている。

 そうだ、もし独立して家を立ち上げる形になったら、姓はダージリンにしよう。
 そんな事を考えていると、マリーは「利便性を考えるならこれかしら。今現在王領になっている場所だけど」と別の地図を出した。

 「王都とキャンディ伯爵領を繋いでいるわ。リプトン伯爵領にも接しているし何かと便利かもね」

 そこは豊かな穀倉地帯で農作物が豊かに実る土地なのは僕も知っていた。マリー曰く、鉱物資源はそこまで豊富じゃないらしい。

 「そして真打ち、私が一番希望する土地がこれよ」

 最後の一枚。
 マリーが広げたそれは、キャンディ伯爵領とナヴィガポールを繋ぐような領地だった。南に小さな港もある。

 「実は、この土地が一番鉱物資源が多かったの。特に豊かなのは鉄鉱山に銅鉱山、そして炭鉱よ。華やかさはないけれど、実用的な土地だと思うわ。それにナヴィガポールに続いている。何より温泉も見つけてしまったの。うちの領地とこの領地に!」

 マリーは興奮したように話す。温泉って、熱水が出る場所だよね……そんなに嬉しいものなのだろうか。

 「ナヴィガポールはパント伯爵領からルフナー子爵家が独立した形、つまり形式的には寄り親と寄り子の関係なのよね?
 それならいっそこの状況を利用して、パント伯爵にお願いしてナヴィガポールをこちら側に貰えないかしら。そうしたらうちとルフナー家は綺麗に纏まって地続きになるわ」

 マリーの提案に、サイモン様がふむ……と顎を撫でた。

 「つまりお前の言っているのは、お前達が寄り親となって、ルフナー子爵家を寄り子として取り込めないか、と。そう言う事か?」

 「主客逆転みたいな事になってしまってるけど、概ねそうよ。そうすればキャンディ伯爵領とルフナー子爵領が一つに繋がる――という事なの。私の希望は南の小さな港とナヴィガポールね」

 それと温泉! 持参金に欲しい! と声を張り上げるマリー。本命はやっぱり温泉なのか。

 マリーの熱意にサイモン様は少し呆れたようにしていたけれど、結局はマリーの持参金に温泉を加えてやっていた。それから色々メリットデメリットを検討したけれど、結論はやっぱりマリーと同じ。

 ああでも、西の港……。

 それでも僕はちょっぴりだけ未練を残して地図を眺めていたのだった。
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