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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(121)

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 次の日、マリーが起きたのは日が高く昇ってからだった。

 朝も訊ねたのだけれど、ぐっすり眠っていると言われた。イドゥリース達も顔を出していない。
 朝食の席で昨日あった事と彼らの事をサイモン様達に報告する。
 僕も仕事で連続夜更かしをした場合こうなるので、きっとマリーも能力を酷使した後は同じようなものなのだろうと思う。

 マリーが起きたと使用人が教えに来てくれたので彼女の部屋に足を運ぶと、彼女は丁度着替えを済ませたところだった。

 「お茶をご用意いたしました」

 朝食を食べていないマリーの為にサリーナが気を利かせてお茶や軽食を運んで来ていた。
 ソファーに二人、並んで腰掛ける。
 彼女はいつもと様子が違った。見かけは静かにしているけれど、中には嵐が渦巻いているような印象を受けた。
 僕はただ、黙って傍に居た。紅茶を飲み、緩んだところから溢れ出て来たのだろう。

 「――ッ」

 ある瞬間、マリーは僕に抱き着き、胸に顔を埋めてきた。
 震えながら嗚咽を押し殺している彼女。僕は彼女を抱きしめ返して頭を撫でていた。

 と。

 「……グレイ、逃げてくれた人も少なからず居たみたいだわ。皇帝が直々に救援部隊を指揮していたの」

 マリーが小さく囁いた。祈りはある程度届いたのだ。少し嬉しくなって僕は頷く。

 「うん、良かったね」

 「火山周辺の人に噴火の事を伝えたら、直ぐに逃げてくれるって」

 少し大きくなった声。

 「ガリアなんかはもう片付けが始まってる。聖地も無事よ!」

 最後に嬉しさを滲ませた声でそう言うと、マリーはそこで僕を離した。泣き笑いを浮かべている。

 僕は改めて彼女を優しく抱きしめ、背中を軽く叩いた。

 「君はよく頑張ったよ。本当にお疲れ様、マリー」

 「……うん」

 「後は皆に任せていれば良いから」

 「うん」

 やがていつもの調子を取り戻した彼女は「さてと!」と伸びをする。

 「これで私の聖女としての仕事は終わり! 後はのんびり暮らしたいわ」

 元気になってくれたのは良かったけれど、そう簡単に行くかなぁ。


***


 暫く日数が経過すると、マリーの予言した災厄についての情報が鳩の翼に乗って王都にも届き始めた。

 マリーの予言が真実である事が知れ渡るにつれ、夜会だの何だのの招待状が山を作る。
 しかしサイモン様は理由を付けてそれらを全て跳ね除けていた。
 招待状は僕にも沢山来ていたけれど、どうしても必要なもの以外は全て丁重な断りの返事を出しておいた。
 今はただでさえ忙しいのに、貴族の集まりに行って見世物になる余裕は無い。

 キャンディ伯爵家の隣に建つ僕とマリーの新居は、サイモン様が任せておけと仰って下さった。警備上の構造とか色々あるのだろう。
 僕は自室や客室等、こだわりたい内装部分だけ決めれば良いらしい。建築関係は門外漢なので、そう言って貰えてありがたかった。

 結婚式ももうじきなので、仕事の合間を縫ってアールと一緒に花婿衣装の合わせを行う。準備は粗方出来ているそうで、今は細かな調整をしているという。
 マリーの花嫁姿は当日まで秘密だそう。楽しみだ。

 そんな中、僕はマリーに庭の東屋に呼び出された。二人きりでお昼を食べよう、と。
 どうしたのかと思って行くと、そこにはケーキと食事が用意されている。

 「あの……グレイ。今日はグレイのお誕生日だったのよね。私、二日前に思い出して……」

 それでこの場を用意してくれたらしい。僕自身、忙しすぎて今日が誕生日だって事をすっかり忘れていた。
 うちは男兄弟だし、幼いの頃は兎も角、誕生日と言ってもカードを送るぐらいで特に何もしないからなぁ。

 そう思いながらももじもじとしているマリーの気持ちが嬉しくて、僕は彼女を抱きしめキスを落とした。

 「ありがとう、マリー。嬉しいよ」

 恥ずかしそうに贈り物があると言われた。
 それは、馬蹄型のクッションと何枚かの分厚い書類。

 「あの、このクッションは馬車の中でも眠れるように枕代わりに使うものなの。薔薇の香りを沁み込ませてあるわ。書類は……後で見てくれたら」

 使い方をマリーに教わると、成る程馬車の中でも眠れそうで便利に思う。彼女の香水と同じ香りがして、これは良い物だと思った。
 礼を言って僕は贈り物を受け取る。
 後で書類を開いてパラパラと捲ってみると。

 『ファスナー』『スナップ』という衣服に使う特殊なボタンの構造が書かれてあるもの。
 『飛び杼』という織機の性能が格段に上がるものの構造が絵と共に書かれてあるもの。
 そして、温泉の効能とそこを保養地にする計画書だった。

 マリーらしい、とクスリと笑う。

 どこの商会で買い物をしても、僕の仕事柄大体の値段は把握されてしまう。色々考えて、この手作りの便利なクッションと財を生む知識をくれたのだろうな。純粋に嬉しい。
 小物入れの事が落ち着いたら、ロベルトに渡して作らせてみるとしよう。


***


 それから、僕達の努力の甲斐あってめでたく王都にカフェを開店する事が出来た。夜にはお酒も飲める店だ。

 開店前から地道に新聞で広告を出していたので、流行に敏感な客が連日絶えない。カフェオレも不思議で美味しい異国の飲み物だと評判になっている。

 ここだけの話、従業員は全員サイモン様の息が掛かっている。アールが娼館を買収してやったような事をカフェでやるというのはイドゥリース達には内緒だ。

 拳銃の開発に携わって貰っていたスレイマンも成果を出した。
 衝撃を与えれば爆発する火薬を弾丸に上手く組み込んだのだ。まだ改良は必要だそうだけれど、普通の銃に近い威力を出せるまでになっていて、サイモン様に喜ばれていた。

 気が付くと、結婚式の前日になっていた。

 何となく庭に出ると、明るい緑が目に飛び込んで来る。
 地面を見渡すと、菫の花が蕾を付けて沢山咲いているのが見えた。
 空を見上げる。薄かった筈の色が濃さを増し、日差しが強まっているのを感じる。

 どこからか、蝶がひらひらと飛んで来た。
 ヒバリが春の訪れを高らかに歌っている。
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