貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

霊感商法って儲かるよね。

 「それで、だ。今話した事はけして他言してはならぬ我が家の機密。分別がつく年齢になるまでは明かされぬものであり、イサークやメルローズが知る事になるのは後何年かしてからだな。特にマリー、お前はくれぐれも気を付けるように」

 ピンポイントでビシリと私に指先を向けるダディサイモン。
 何という事だ!

 「酷い、ダディ! 私の事信用してないのね!?」

 わざと顔を覆ってよよよ、と泣き真似をすると、「そりゃあそうだろう」とカレル兄の声。

 「大体お前は人に聞かれたら不味いような内容でもすぐポンポン口にするからな。うっかり口を滑らすのはマリーが一番可能性が高い」

 小突いて来るカレル兄の腕を振り払った私はぷくっと頬をふくらませた。

 「ちょっと酷くない!? 私だってちゃんとわきまえてるわよ!」

 「いやいや、カレルの言う通りだ」

 トーマス兄が追い打ちをかけてくる。酷い。

 「グレイ、グレイなら私の味方よね!?」

 縋るように振り向くと、「ごめん、この事に関しては擁護出来そうにない……」と気まずそうにそっと目を逸らされた。
 カレル兄がドヤ顔で肩を竦める。

 「そら見ろ」

 ――四面楚歌とはこのことか。畜生め!


***


 キャンディ伯爵家の薔薇園に設えられたテーブルの上には美味しそうな紅茶とお菓子。
 麗らかな昼下がりにも関わらず、私はむくれながら刺繍をし、その隣に座るグレイは新聞を片手に読んでいた。

 「もう、皆酷いったらないわ! グレイの裏切り者!」

 そんなにポンポンヤバい事を言ってたのだろうか。いや、言ってたとしても私はニートだし、基本外に出ないし。 
 特に聞かれたら不味い事なんて、安心できる人にしか言ってないつもりだけど。
 前世でITの仕事をしてきた私はコンプライアンス違反などしない!

 ぶーたれながら刺繍布にブスブス針を刺していると、グレイが新聞から目を離して苦笑いを浮かべる。

 「ごめんって。いい加減機嫌を直してよ、マリー。サイモン様は、マリーがイサーク様やメリー様に一番接する機会が多いから念押ししたんだと思う。それだけの危険な内容だったもの」

 「私、これでも前世で秘密が多い仕事してたし、社外秘だってちゃんと守ってたのよ?」

 「うん。マリーが秘密を守れないっていう訳じゃないよ? 前世の記憶があるマリーの感覚はちょっと特殊なんだよ。マリーにとって当たり前の何でもない事でも僕達にとってはそうではなかったりする。だからマリーが気を付けているつもりでも危なっかしく見えるんだ」

 サイモン様も兄君達もマリーの事を心配してるんだよ、とグレイは瞳を揺らした。

 その紳士な眼差しを受けた私の頬に熱が上がる。

 「ずるいわ、グレイ。そう言われたら怒るに怒れないじゃない」

 「うん。僕はずるい男だよ。機嫌を直して、僕の大事な奥様」

 そう言って悪戯っぽく微笑んだグレイは私を引き寄せ唇を重ねた。
 暫くしてゆっくりとお互いの身を離す。
 頭にすっかり血が上った私は、恥ずかしさを誤魔化すように話題を探した。

 「と、ところでさっきから熱心に新聞を読んでいたど、何か面白い記事でもあったのかしら?」

 「ああ、うん。隣国の神聖アレマニア帝国の動きがどうもきな臭いんだって。下手したら戦争が起こるかも知れない」

 教会の歴史、マリーも勉強した事があると思う。『太陽神の恩赦状』って知ってる?

 そう続けたグレイに私は頷いた。

 「ええ。前世でも同じような歴史があったわ。ほんの百年ぐらい前の、割と最近の歴史よね。金で罪がチャラになるって触れ込みでただの紙切れを大金で買って貰えるぼろい霊感詐欺商売よね」

 そう、『太陽神の恩赦状』とはつまり『免罪符』『贖宥状しょくゆうじょう』と同じようなものなのである。
 これを学んだ時は宗教の考える事はどこも似たようなものなのだな、という事。人間の業である。

 「ぼろい霊感詐欺商ば……うん、その通りだね。『太陽神の恩赦状』の存在で、金さえ払えば罪にならないという事がまかり通った。心ある神の僕は聖典にはそのような事は記されていない、これは教会の横暴だと眉をひそめ、糾弾し――神への信仰の在り方が問われる事になった。
 そして当時の教会は批判され、信仰と聖典さえあれば教会や修道士等要らないという聖典派が分離し、人々は聖典派を歓迎するようになった。
 教会は求心力が低下して、慌てて内部改革をして自浄に努めようとしたのだけれど、そこでも聖典派を異端とする不寛容派と聖典派の信仰を認め融和を主張する寛容派に分かたれた。前教皇は不寛容派で、今のサングマ教皇猊下は寛容派。このトラス王国も寛容派の勢力が強い。そう、教会って一枚岩じゃない」

 そう言ってグレイは新聞をテーブルに伏せ、その上に腕を組んだ。

 「あの聖地で出くわした……アブラーモ大司教、覚えてる?」

 「覚えてるわ。脂身満載の癖に燃え残りやがった薄汚い豚野郎よね」

 「……前教皇とアブラーモ大司教は神聖アレマニア帝国出身なんだ。神聖アレマニア帝国は、皇帝及び半数の選帝侯・諸侯が不寛容派で、その他が寛容派や日和見主義が占めているんだそうだよ。
 不寛容派の神聖アレマニア皇帝と寛容派のサングマ教皇猊下はあまり折り合いが良いとは言えないね」

 「選帝侯って確か、神聖アレマニア皇帝を選ぶ選挙権を持ってるのよね」

 前世のローマを思わせる古代帝国では、選挙が行われていたという。その古代帝国の後裔を名乗る神聖アレマニア帝国もその選挙制度にあやかってそういう制度になっているそうだ。

 「不寛容派が優勢だった昔と違って、今は選帝侯は寛容派と不寛容派に分かれてしまっている。皇帝が在位中はせいぜい水面下で争うぐらいでまだ良いけれど、皇太子の指名――つまり次期皇帝選挙が数年後に迫っているらしい」

 そこで繰り広げられるのは、旧教皇派と現教皇派の勢力争いでもある。次期皇帝候補はどちらかを選ばなければならないだろう。いずれにせよ、争いは避けられず、激化するのは必至。

 「成る程、それで戦争が起こるかも知れないって事なのね」

 内乱ってやつ。

 「だけどそこを利用して上手くやれば儲けられるわね、グレイ」

 戦争をするのも金がいる。
 つまり神聖アレマニア帝国諸侯はかなり経済的に裕福だって事だ。

 「その通り。だから情報は大事なんだよマリー」

 「透視が必要になったら言ってね……うふふ」

 特に不寛容派の勢力は『太陽神の恩赦状』とやらでたっぷりため込んだ財産で潤っている事だろう。
 一般的な新婚夫婦の会話としては少し色気がないが、私達にとっては心弾む楽しい内容である。

 私とグレイは顔を見合わせると、にっこりと微笑み合った。
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