貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

敵に回してはいけない例のピエロ。

 「では、領民の方々。今日はお祭りですわ。大いに飲み、食べ、楽しんで下さいまし」

 そう言って、私が再び愛馬ハリボテに乗り込もうとあぶみに足をかけた時だった。

 「――聖女様! どうかわらわを助けてくださいまし! お慈悲を!」

 唐突に女性の悲鳴のような声が空を切り裂く。そちらを見やると、群衆の中から誰かが転び出てきていた。マントにフードを目深に被っており、怪しい事この上ない。

 「マリー!」

 即座にグレイに抱き寄せられる。周囲を馬の脚共ヨハン・シュテファン中脚カール、白銀騎士達が固めた。領民達が悲鳴を上げ、辺りは物々しい雰囲気になった。

 ……前が見えんのだが。

 即座にカラスのリーダーに飛び立って貰い、精神感応で視界を共有する。

 「何者だ!」
 「女か、名を名乗れ! 聖女様に害を為すのではあるまいな!」

 何時の間にか愛馬を脱ぎ翼の盾を手にした馬の脚共が叫んだ。地にへたり込んだその女性のマントが翻ると、その下のドレスが露わになっている。
 簡素な旅装だが、上質なものだ。恐らくそれなりの身分ある人間なのだろう。フードの隙間からは、赤みがかった茶色の巻き毛が一筋零れ落ちているのが見えた。

 「――なりません、モ・バウンリ! リュシー様!」

 女性の背後から、武骨でシンプルな服装の五人の男達が出て来て回収に入る。彼らはそれぞれ佩剣しており、騎士のように思えた。

 「申し訳ありません、私共に敵意はありませぬ!」

 「お許しを、お許しくださいませ!」

 他は修道服を着た男も数人が続き、警戒しながら女性を助け起こそうとしている男達の前に立つ。彼らは真っ青な顔で必死に頭を下げていた。
 トラス王国とは違った作りの服、それに先程女性にかけた聞き慣れない『モ・バウンリ』という言葉。どうも異国の人間のようだ。

 「失礼ですが、あなた方は何処の教会から参られたのですか?」

 背後に控えていた筈のエヴァン修道士がいつの間にか前に進み出ていた。怯えて謝罪をする彼らに努めて穏やかに声を掛けている。

 「「ああーっ!!」」

 視界の隅には彼を指差して驚きの表情になっているイエイツ修道士とメイソン修道士。
 こらこら、人を指差すでない、二人共。

 「聖女様……もうわらわは聖女様にお縋りするしか他に救われる術がない……!」

 興奮したせいなのだろう。嗚咽混じりに叫んだきり、息も絶え絶えになった女性はその言葉を最後にぐったりとしてしまった。それを男達が慌てて介抱している。

 「『モ・バウンリ』……」

 グレイが訝し気に呟き、抱きしめる腕が少し緩められた。

 「……知っているの?」

 「聞いたことあるだけだよ。まさかとは思うけど、ここじゃ言えないかな」

 「そう…」

 精神感応を使って、そういう事かと納得する。しかしこのまま放っておく訳にもいかないだろう。

 ふむ……。

 私はグレイに解放してもらうと、錫杖を掲げる。リーダーは舞い降りて来ると、カァ! と大きな一声。
 途端に静まり返る群衆。はい、注目!

 「……お前達、皆も。ありがとう、この方達に害意は無いようですわ――サリーナ」

 「はい」

 まだ警戒しながらも、道を開ける馬の脚共や白銀騎士達。こちらの視界もやっと開けた。
 私の意を受けて前へ進み出るサリーナ。修道士達をすり抜け、男達と女性に近付く。

 「あなた方、女性を介抱するのなら殿方ではなく同じ女性の方が宜しいでしょう。こちらは私の侍女のサリーナ。身元は確かな者ですわ」

 近付いて来たサリーナに警戒する男達に私は声をかける。戸惑いながらも、男達はゆっくりと両脇に退いた。

 「……失礼致します」

 サリーナが女性を介抱し始める。すると、年の頃は二十代後半位だろうか。男達の一人が修道士達を押しのけて最前列に出てくると、片膝をついて深々と頭を垂れた。

 「ご配慮、感謝致します。私はドナルド・マクドナルド。カレドニア王国の高地の騎士でございます。聖女様におかれましては、連れの者が大変なご無礼をいたしました。皆を代表してお詫び申し上げます、何卒なにとぞお許しを……」

 「聖女様。あの修道士達もまた、カレドニア王国にあるジョック修道院から来たと申しておりました。その修道院については聞き及んだことがございますので、間違いないかと」

 ドナルド・マクドナルドと名乗った男は、巻き舌訛りのトラス王国語で口上を述べる。
 丁度その時エヴァン修道士も戻って来て報告した。

 な、何だと……!?

 私はその名に多大な衝撃ショックを受けていた。明かされた国名や正体なんて些末に思える程である。まさか転生先でもその名を聞こうとは!
 ……ここで親指立てて、「もちろんさー、ランランルー♪ あ、ちなみにマリーはキングかモスが好きかなっ!」等と煽りまくった返答をすれば一刀両断に切り捨てられるだろう。
 私はごくりと唾を呑んだ。精神感応を使って探りを入れても、あのピエロと同姓同名である事に間違いは無かった。
 いや、それよりも――。

 「私はマリアージュ・ダージリン。聖女であり、ダージリン伯爵夫人ですわ。ご事情がある事ですし、追い詰められていたのなら無理もありません。そちらの女性からも詳しいお話を伺いたい事ですし。皆様には是非、当家までご同道願いたいのですが」

 「しかし……」

 こちらの申し出に言い淀み、難色を示すドナルド。私は相手としっかりと目が合うまで待ってから口を開いた。

 「……『リュサイ・メイベル・オブライエン……』、違いまして?」

 ゆっくりと言葉を紡ぐ。フルネームは言わなかった。ただ、名の続きを口パクするに留める。

 「何故それを……」

 一番隠匿しなければならない核心を突かれたドナルドは、さっと顔色を変えた。その瞳に浮かぶのは――紛れもない畏怖。会話を聞いていた他の男達も同様だ。
 私は相手を安心させるように微笑んだ。

 「私が聖女だからです。怖がらないで。館ではゆっくりお休みになる場所もご提供出来ますし、助けになれると思いますわ」

 こうしてアクシデントがあったものの。
 私達はエトムント・サラトガル枢機卿一行の他、カレドニア王国からの不測の客達を加えて屋敷へと戻ったのだった。
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