貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(11)

 昼食時になり、漸く回復したマリーがぶちまけたのは彼女を攫って皇子妃にするという恐ろしい計画だった。

 「糞豚共がぁ! 冗談じゃないわ!」と叫ぶマリーの声を聞きながら、自分の推測が嫌な形で的中してしまったと思う。
 アーダム第一皇子は商人に身をやつしているという。
 マリーをさらって薬で眠らせ荷物として国外へ持ち去る。妃になるのを拒めば無理やり辱めてでも、と。
 僕は体中が燃え上がるような感覚を覚えていた。奥歯をギリリと噛み締める。
 僕の愛する新妻に対し、よくもそのような恥知らずな事を!

 しかしこうしてアーダム第一皇子が来る事に一早く気付けたのは神の采配だと感謝した。準備は全て整っている。三、四日も余裕があれば逃げ切る事が出来るだろう。


***


 「義父様、アルバート第一王子殿下に何を頼まれるおつもりですか?」

 トゥラントゥール宮殿に向かう馬車の中、僕はサイモン様に問いかける。

 マリーの話を聞いたサイモン様は、明日の未明に出立する事を決断された。
 そして昼食後――マリーにアレマニア皇子対策への良い考えがあるのだと、アルバート殿下への貸しを使わせるようにと仰る。
 貸しというのは、マリーがアルバート殿下を毒殺から救った件だ。

 マリーが訝しがりながらも承諾すると、サイモン様は彼女からその旨の手紙を書かせた。
 更にトーマス様を訪ねてアーダム第一皇子の簡単な絵姿を描くようにと言われる。絵心のあるトーマス様が僅かな時間でさっと素描で描き上げた絵姿は、特徴をよく捉えた見事なもの。
 それを受け取ると、僕に王宮へ向かうので同行するようにと言われたのだった。

 サイモン様は僕の問いにふふふと低い声で笑った。

 「グレイ、我らが出立するにあたり、懸念がある。それは何だ?」

 「それは勿論アーダム第一皇子です。逃げ切る事が出来ても領地まで追いかけて来られたら困った事になりますので、出来る事なら足止めをしなければなりません」

 そう答えると、サイモン様は頷く。

 「その通りだ。姿形が人に知られぬ影は闇の中でこそ自由なのだ。光を当てられ、その正体を暴かれると身動きが取れなくなる」

 「あ……」

 そう言う事か、と合点がいった。
 僕もサイモン様も、マリーによってアーダム第一皇子の姿を知ってしまっている。色んな意味で人目を引く個性的過ぎる外見には思わず紅茶を噴き出しそうになったけれど…。
 その特徴を伝えて、アーダム第一皇子に光を当てれば。

 僕達が訪問した時、アルバート殿下はメテオーラ・ピロス公爵令嬢とお茶会をしていたところだった。
 それぞれ挨拶を交わした後、メテオーラ嬢が上品な所作で小首を傾げる。

 「……殿下、込み入った話でしたら私は席を外した方が?」

 「いいえ、サイモン殿とグレイ殿が来られたという事は、恐らく貴女の友人マリー姫に関係する話ですよメティ姫。サイモン殿、彼女が同席しても構いませんよね?」

 「ええ、別に隠す事でもございませんので」

 サイモン様が答える。メテオーラ嬢は僕の方を見た。

 「グレイ様、あまりお話した事はございませんでしたわね。実はずっとお礼を申し上げたかったんですの。コスタポリの為に手を貸して下さり、ありがとうございます」

 「顔をお上げ下さいメテオーラ様。私も妻もコスタポリの復興と両国間の友好の一助になればと願っての事ですのでお気になさらず」

 僕としてもキーマン商会の利益の為に投資している面があるので、そこまでお礼を言われると却って恐縮してしまう。そこから「いずれ機会があれば妻を交えてお茶会をしましょう」等の社交辞令のやり取りがあった後、やっと本題に入った。
 マリーが書いた手紙を受け取り目を通したアルバート殿下は、サイモン様から一連の話を聞き終わると「分かりました」と承諾を口にした。

 「我が国としても、国の宝たる聖女を守らねばなりません。それに好き勝手にこそこそ動かれるのも面白くありません。しかしアレマニアの第一皇子アーダムは勇猛な男と聞いております。逃がさぬよう私の白鷹騎士団を動かしましょう」

 それまで静かに控えていた側近のウエッジウッド子爵ギャヴィンは殿下の視線に「ではそのように通達を」と一礼した。

 「ありがとうございます。これで娘も枕を高くして眠れることでしょう」

 サイモン様のお礼の言葉に、アルバート殿下は「これで借りを返せるのなら安いものです」お茶のカップを軽く掲げて微笑んだ。

 「それで――こちらがアーダム第一皇子の絵姿です」

 お役立てください、と絵をギャヴィンに渡そうとすると、アルバート殿下が興味を示した。

 「絵姿があるのですね。私も拝見しましょう」

 「しかし……宜しいのですか? この場でいきなりお見せするのはあまりお勧めは出来ませんが」

 絵であっても個性的過ぎて強烈なので、心の準備があった方が良いんだけど。
 渋る僕に、ギャヴィンは首を傾げた。

 「もしかして、余程醜悪な姿だったりするのでしょうか?」

 「アレマニアの皇子が醜悪な姿だという噂は聞いた事がありませんわ」

 メテオーラ嬢も不思議そうな顔をしている。「心の準備があった方が」と言う僕に、アルバート殿下はますます好奇心を刺激されたらしい。

 「醜悪であったとしても、所詮絵ですよね? 私は気にしませんので見せて貰えませんか。一体、どのような容貌をしているのか……」

 「警告はしましたよ。では……」

 僕が絵にかかった布を一気に取り去った瞬間、アルバート殿下はお茶を盛大に噴き出したのだった。
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