貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

唯一の常識人。

 「お初にお目にかかります、聖女マリアージュ様。ヴァルカー・シーヨクが妻、モニカ・シーヨクと申します」

 天馬ハリボテを見るなりぽかんとする住人達の視線。
 ひたすらポーカーフェイスで羞恥プレイに耐えながらやってきたのは、先程見えた小さな城のような建物――馬ノ庄の領主館だった。
 そこで出迎えてくれたのは、柔らかい金髪を編み込んで肩から垂らした儚げで優しい顔立ちの青い瞳の女性。彼女が馬の脚共の母親らしい。
 モニカは先程笑顔で館から出て来たが、天馬ハリボテに乗った私を見るなり一瞬ぎょっとしたような表情になった。
 しかし年の甲なのか、ヴァルカーや馬の脚共に何を問う訳でもなく丁寧な挨拶をしてくれたのである。

 「初めまして、モニカ様。私の事はマリーと。馬のあ……ヨハンとシュテファンにはいつもお世話になっております。数日間お世話になりますわ」

 ドレスではないが、スッとエア淑女の礼を取って挨拶。グレイやエヴァン修道士達もそれぞれ礼を取っている。
 人に戻った前脚と後ろ脚が、「母者、お久しゅうございます!」「我ら、聖騎士となり、晴れて故郷に錦を飾りに参りました!」などと嬉しそうな弾んだ声を掛けていた。
 一通り挨拶を終えた後。

 「まあ、マリー様、息子達は隠密騎士として――そして聖騎士としてのお役目をしっかり果たしているのでしょうか?」

 そう問いかけながらも、ちらちらと天馬ハリボテに向けられているモニカの視線。
 場違いな異物の存在に内心混乱してるんだろうなぁ。

 「ええ、本当に良く助けて貰っておりますわ」

 他に何を言えと。私は空気を読んで微笑んだ。
 そこへヴァルカーがモニカに寄り添うように立ち、安心させるように肩に手を乗せる。

 「モニカよ。ヨハンとシュテファンはつい先日、街で聖女様を乗せる天馬の役目を果たしたのだ! その姿をお前にも見せたいと二人が言っておってな」

 「そ、そうなのですか。それで……」

 こんなけったいなブツが――精神感応を使わずとも、そう続く幻聴が聞こえた気がする。
 という事は割とまともな人なんだな。

 「母者。このお陰で我らは命を救われ、存在意義を知る事が出来たのです。そして、今この通り予言は成就しております」

 「母者もまた……かの松葉サイダーは、他ならぬマリー様がお考えになったのですから」

 どうしよう、馬の脚共が何言ってるのか分からない。
 それに予言? 松葉サイダー?

 予言は良く分からない。
 松葉粉なら食しているが、松葉サイダーなんて作ったっけ?
 首を傾げていると、

 「ええ、ええ。そうでしたね。大変失礼致しました、皆様どうぞお入り下さいまし」

 我に返ったモニカに促され、私達はひとまず建物内に入ったのだった。


***


 「郷土料理でございます。生憎このようなものしかありませんが……お口に合えば、と」

 「お心遣い感謝いたしますわ、モニカ夫人」

 案内された食卓にはどろりと溶けたようなチーズらしきものにソーセージ、ステーキ、魚料理、パン、茹で野菜等が並んでいた。
 モニカによれば、どろりとしたものは若いトムチーズとジャガイモを潰したものを混ぜ合わせた『アリゴ』という郷土料理なのだとか。
 肉料理に付け合わせたり、チーズフォンデュのように野菜のディップとして食べたりするそうだ。

 「母者の味は久しぶりにございます!」

 「美味い、美味い!」

 若干涙ぐみながらがっつく馬の脚共。
 胸がちょっとチクリとする。もしかしてずっと実家に帰っていないんじゃないか、こいつら。
 食事は大切である。故郷の味なら尚更、時として如何なる美味にも勝る事だろう。
 グレイが口元を上品にナプキンで拭いた。

 「癖の無い味、このねっとりした感じが美味しいですね。モニカ夫人ご自身がお料理を?」

 「はい……お恥ずかしながら、騎士爵家では珍しい事ではございません。それに私自身も料理は好きですので」

 恥じらいながら言うモニカ夫人。
 夫婦仲も良好のようだし、母の手料理を食べて育った馬の脚共はさぞかし愛情いっぱいに育てられたのだろうな。

 「うふふ、ヨハンとシュテファンは幸せ者ね」

 「はい! 私は父者と母者の息子に生まれて良かったと思っております!」

 「右に同じく!」

 場が和んだところで、先程の松葉サイダーの事について訊いてみると。
 数年前モニカ夫人は酷い咳病を患っていたそうで、沢山の医者に診せ良薬と呼ばれるものを飲んでもあまり効果がなかったらしい。
 馬の脚共が私から松葉サイダーの作り方を教わり、松葉粉と共に送ってくれたそうで。それを飲んでみると劇的に改善したとか。
 ああ、そう言えば思い出した。馬の脚共が働き出して一年目の時だ。
 松葉粉を作らせる時、訊かれたからついでに教えたような。
 成程、あれは母親の為だったのか。

 「そのような訳で、マリー様は私の恩人でもあるのです。松葉サイダーをありがとうございました」

 礼を言われるも、私は首を横に振る。
 そのお礼を受け取る程流石に図々しくはない。

 「いいえ、私は物の序でに口を滑らせただけ。恩人と言うには大げさ過ぎます。第一、松葉サイダーをモニカ様に差し上げたのは他ならぬ孝行者のヨハンとシュテファンですし。
 ですが、モニカ様がお元気になられて本当に良かったと思います」

 「母者、ご安心を!」

 「我らが母者に代わりマリー様にお仕えしますので!」

 「頼みましたよ、二人共」

 それは良いんだけど、シーヨク家の男達が時折暴走するのを何とかして欲しい。

 「あの、先程から気になっていたのですが。『予言が成就している』とは?」

 興味津々といった様子のエヴァン修道士が口を開いた。

 「お二人共聖騎士でいらっしゃる事と何か関係があったりするのでしょうか?」

 「ああ、実は――」

 ヴァルカー卿が説明したところによると。
 馬の脚共が幼い頃、アルジャヴリヨンで評判になっていた流れの占い師に、

 『この兄弟は天馬が空へ駆けあがるが如く、この世のありとあらゆる騎士達の頂きに立つ事になるだろう。共に育てるべし。長じた後、尊き御方を守る双璧とならん』

 ……という予言をされたのだそうだ。

 「おお……正しく予言は成就されています! お二人は最初から聖騎士として聖女様をお守りする運命に導かれていたのですね……!」

 エヴァン修道士は目を輝かせて祈りの所作をしている。

 「……」

 何だろう、そこはかとなくふざけた悪意にまみれた予言だ。
 その占い師が未来が見えていたのなら、きっと笑いを必死に堪えていたに違いない。
 まあ……誰をどのような形で経由しても、その予言の大元はきっとあの方なんだろうなぁ……はぁ。


 どんだけええええ――!
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