貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

甘い革命はビートを刻んで。

 厨房に雪崩れ込んだ私達。
 野菜を刻んだり芋の皮を剥いていたモニカとその侍女は、目を丸くしてこちらを見ていた。

 「マリー様、どうかなさったのですか?」

 「お邪魔してすみません、モニカ夫人! 至急、使わない鍋を貸して頂けませんか? 包丁とまな板も! 厨房の隅か、外で野外コンロを組ませて頂けると嬉しいのですが」

 「モニカ、すまぬがマリー様の仰る通りにしてくれぬか。何かを思いつかれたらしい」

 ヴァルカーの口添え。モニカは戸惑いながらも頷いた。

 「それは構いませんが……何をなさろうと?」

 「これを使って素晴らしいものを作るのですわ!」

 「……ビート?」

 私が得意気に掲げたビートを見て、訝し気に首を傾げるモニカ。
 そこへ、馬の脚共が息せき切ってやってきた。

 「マリー様、お帰りになられたのですね!」

 「我らがお手伝い致しましょうぞ!」

 「これ、ヨハンにシュテファン。男子は厨房に入らぬものですよ!」

 母に叱られる馬の脚共。「手伝いならば私が、」と言いかけたモニカにその息子達二人は異を唱える。

 「お言葉ですが母者、マリー様が関わっているとなれば話は別です!」

 「馬ノ庄の案内こそは泣く泣く父者にお譲りしましたが、これは譲れませぬ!」

 「お前達……」

 困った、どうするべきか。
 私は厨房をざっと見渡して、口を開いた。

 「モニカ夫人、今日のお夕食は何を作っていらっしゃったのですか?」

 「シチューとパンをメインにステーキを焼こうと考えておりますが……」

 まだ作り始めのようだ。なら、まだ間に合うかも知れない。

 「ヨハン、シュテファン! 香辛料はあるか?」

 「ははっ、殿より賜り土産として持ってきたものがありまする!」

 「カレーの材料に使われる数種類、塩胡椒、それにケチャップがありまする! 母者には使い所が分からぬご様子!」

 「ほほう、ならば重畳。モニカ夫人、宜しければ今日はカレーにしませんか?」

 「カ、カレー?」

 「ええ、香辛料を使った異国の料理ですの! 家族にも好評でしたし、皆でわいわい作って食べたらきっと美味しいと思います。それにシチューと大して作り方は変わりませんし。気分を変えて夜空を楽しみながら外で食べませんか?」

 「しかし……」

 迷っている様子のモニカ。そこへサリーナが進み出た。

 「モニカ様、マリー様が我儘を申してすみません。カレーの作り方ならば私も心得ておりますので……何卒、お付き合い頂けましょうか」

 サリーナの言葉と、馬の脚共の催促に押されるようにモニカは「分かりました」と頷いた。
 カレーの匂いは強い。
 成り行きで野外カレーパーティーを提案したけれど、我ながら良い考えだと思う。
 下拵えだけはしておこう、という事でモニカとその侍女は野菜処理の続き。私達はビートに取りかかる。
 しかし案の定というか、私は包丁を持たせて貰えなかった。
 代わりに馬の脚共とカール、サリーナがやってくれる事に。ちぇっ。


***


 甜菜の根を洗い、細かく刻む。それを温水に浸して暫く置いて糖分を抽出させる。甜菜を濾して出来た糖液を煮詰めて行けば砂糖が出来上がる――それが透視能力で前世から読み取った情報である。

 しかし時間を置けば保温が効かない。甜菜とお湯の入った鍋に蓋をし、更に毛布で包んでおく。
 頃合いになったところで毛布を取っ払う。庭に男達がレンガで組んだ簡易コンロで煮詰める頃には、カレーも作り始める事が出来た。
 二つのコンロとは別にバーベキューコンロも作って貰っていたので、木を削って作った串を刺した肉や野菜を焼いて貰う。その近くではリーダーとマイティ―の一足早い夕食が繰り広げられていた。

 「カール、どんどん焼いて頂戴!」

 「了解ですー。凄くいい匂いがしますねー」

 味付けは以前ナヴィガポールでピラフ作った時と同じクミンと塩胡椒。肉にも合うのだ。羊肉をよく食べる中央アジアの味付けなので、相性は抜群である! ちょっとピリ辛が好きな人は唐辛子の粉をお好みで。
 炭火を使っているので赤外線効果でジューシーな仕上がり。肉はフォークでぶっ刺してタマネギのすりおろしに漬けこんで貰っていた。
 モニカは串焼きを咀嚼しながら顔を輝かせている。

 「まあ、あれだけでお肉がこんなに美味しくなるなんて! それにこの香辛料――ええと、」

 「クミンと塩胡椒ですわ。合いますでしょう?」

 「ええ、羊肉の独特の味と調和していますわね。何だかお酒が飲みたくなってしまいます」

 「うふふ」

 実際キンキンに冷えたビールと合うと思う。しかしこの世界では水割りワインで我慢である。
 カレーを手にしたヴァルカーが近付いて来た。

 「わざわざ野外での食事を楽しむ。たまにこういうのも悪くはありませんね。このカレーという料理も、食欲が刺激されます」

 「ここは空気も澄んでおりますし、こうして外で食事をすると一層美味しく感じられますの」

 「父者に母者。マリー様は型に嵌らないお方なのです」

 ヨハンがそう言った時、甜菜の鍋を掻き回していたいたシュテファンが「マリー様! 何だかドロドロとして参りました!」と声を上げる。
 私はヴァルカー達に断りを入れ、鍋の下へ向かった。

 「ふむ……順調なようだな。では薪を抜いて火を弱くしろ。弱火でじっくり煮込むのだ」

 「ははっ!」

 「さっきから何か凄く甘い匂いがしますねー」

 そこへカールがやってきて、鍋を覗き込む。鍋の近くにずっといたグレイがもう確信しているのか、「マリー、まさかとは思うけどこれって……」と声を震わせた。

 「グレイの考えている通りよ。成功しそうだしそろそろ明かすわね。皆聞いて頂戴。甜菜……ビートからは砂糖が作れるの!」

 「さ、砂糖!?」

 「待って、マリー! 高価な砂糖がそこらへんにありふれたビートから作れる事が本当なら、これはとんでもない事だよ! 革命が起きる!」

 驚きに声を上げるヨハン。グレイは慌てふためいている。
 私はにっこりと微笑んで人差し指を唇に当てた。

 「うふふ、『ビートを刻んだ甘い革命』ってところかしら?」

 古き体制をぶち壊し、新たな世界と価値観をもたらす。ロックは得てしてそういうもの。ああ、サタナエル様……!
 暫く雑談しながら待って鍋を下ろして冷ます。冷えてくると、鍋の中には飴と砂糖の中間のようなものが。
 それをめいめい摘まんで味見すると、皆は驚きの声と歓声を上げた。
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