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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
グレイ・ダージリン(22)
リュシーという女性は兎も角、目を引いたのは騎士ドナルド達の服装だった。
そう言えば、どこかで酔っ払いがカレドニア人はスカートを履いていると調子はずれな声で歌っているのを聞いた事があったけれど、これが格子模様のフェーリアなのだろう。
上はシャツと上着で普通だったけど、下に格子模様の布を膝丈でスカートのように巻き、余った布を上半身にくぐらせるようにしている。肩には円形のブローチがあり、それで布を留めているようだ。
「どうぞお掛け下さいまし」
マリーの意を汲んだ使用人が椅子を動かそうとすると、「いえ、私共は立っております。リュシー様に」とドナルドが固辞している。
不意に、イサーク様が男なのにスカートなのかと発言してしまった。不穏な雰囲気になりかけるも、マリーが何とかとりなして事無きを得る。
ドナルドは正装で聖女様に挨拶を、などと言っていたけれど。様子を観察する限り、彼らはわざとこの服装でやってきてマリーを試したのだろうと思う。
マリーが彼らを侮るか否か。信じられるか、否か。
地図で見るカレドニアは小国だ。キャンディ伯爵領よりも小さいかも知れない。他国においては独特の正装の事で馬鹿にされる事も少なくないことは想像に難くない。
マリーが僕に目配せをしたので、エスコートしてドナルド達に近付く。
彼女も彼らの衣装について詳しく語っていたから、前世の世界にもカレドニアのような国があったのかも知れない。格子模様を見て嬉しそうにしていた。
だけど、一瞬背筋がぞくっとしたのは何故だろう?
リュシーという女性を気遣う言葉を幾つか交わした後、晩餐の準備が整ったという知らせ。
僕達は食堂へと移動した。
***
その鶏肉のステーキを口に運んだエトムント枢機卿は、目を見開いて驚いていた。
「美味しい……このような美食は初めてです。この領地から離れる日は辛くなるでしょうね」
「コンソメスープでじっくり柔らかく煮た鶏肉に塩胡椒を振って焼き目を入れ、トリュフ、ニンニク、バター、ソヤという黒い調味料を合わせたソースを絡めておりますの」
マリーが答える。
実はこのメニュー、マリーが提案したものだった。
ハンバーガーはこの場には気軽過ぎるし、カレーは匂いがちょっと強い。
料理長に相談され、作られたのがこのトリュフとバター醤油ソースのニンニクチキンステーキ。
まさかバターと異国生まれのソヤがこんなにも合うなんて思ってもみなかった。
「ソヤ……独特の味はそれだったのですか」
「遥か彼方にある黄金の国フソウの調味料です。キーマン商会で取り扱っているのですよ」
今度は僕が答える。枢機卿は味を堪能するように目を閉じた。
「味に深みが出ておりますね。何とも贅沢な一品です」
僕も一口食べる。ソースはこってりだけど、鶏肉だから丁度良い。ソヤの味が調和していて美味しかった。
スープも鶏の味が沁み込んでいて素晴らしい。ヤンとシャルマンには悪いことをしたなぁ。
彼らの分は残せそうかと後で訊こうと考えていると、話題は領都の事に移っていた。
「輝ける銀の都、という名は伊達ではありませんね。領都の民は幸せそうな表情をしていました。サイモン卿は良い統治をなさっておられるのですね」
「恐れ多いことです、猊下。幸いにも銀山の恩恵に多大に与っております」
「ご謙遜を。銀山があるだけでは人はついて来ますまい。宿場町では財布を掏られた者もおりましたが、こちらではそうした軽犯罪の話すら聞きません」
「ありがとうございます」
「実は銀細工の店にお忍びで入らせて頂いたのですが、腕の良い職人が沢山おられるようですね。見事なものばかりでした。この匙やフォーク、ナイフも素晴らしい」
「猊下、宜しければ土産としてお持ち頂けませんか? 教皇猊下にも献上したいものもございますので」
「これは……催促した訳ではないのですが、そのように聞こえてしまいましたか?」
恥じ入るようなエトムント枢機卿。マリーは上品な所作で口元を覆った。
「うふふ、ご遠慮なさらないでエトムント枢機卿。ただ、どんどん人目に触れるように使って頂ければ職人達もきっと喜びますわ。名のある方に使われている、という事実だけで一流というお墨付きを頂くようなものですもの」
「娘の言う通りです。今後は工芸品としての銀に力を入れて行こうと思っております。猊下にお使い頂く事で、我が領の銀製品は誉を頂く事になるでしょう」
「そう言う事であればありがたく頂戴致します。ところで聖女様。賢者様の儀式を終えた後、機を見て王都に参りませんか?」
「えっ……」
「アレマニアの第一皇子殿下と大司教が王都に滞在していらっしゃる事は存じております。聖女様がそれゆえこの地にいらっしゃる事も。しかしサイモン卿も何時までも領地に居られる事は叶わないでしょう。
私と賢者様が共に向かい、はっきり相手に意思表示をする事が肝要かと。聖女様は堂々とされるべきです」
「……そうですわね。あまり気が進みませんが、いずれは避けて通れぬ道なのかも知れません。しかし私とグレイは拝領した領地も見て回らねばなりませんので、折を見て……」
マリーは言葉を濁す。エトムント枢機卿は直接対決を望んでいるようだけれど。
あのアーダム第一皇子の姿が頭を過る。
会いたくないなぁ。僕もマリーと同じく引き伸ばせるなら引き伸ばしたい。
ジュデットが顔を真っ赤にしながらティヴィーナ様に何やら話しかけている微笑ましい様子を見て、少し気を持ち直す。マリーが話題を変える様にカレドニア王国の女性に顔を向けた。
「ところでリュシー様、お食事はお口に合いましたでしょうか?」
「大変に美味しゅうございます、聖女様」
「ご無理でなければ沢山召し上がってくださいまし」
晩餐は穏やかな会話の内に進んで行く。
最後に贅沢に季節の果物を使った氷菓子が配られる頃になって、高地の騎士ドナルドが話があるとマリーに申し出た。
「恐れ入りますが、聖女様。お食事の後に少しだけ時間を作って頂けないでしょうか。聖女様を信じ、私共の事を全てをお話します」
「人払いは必要ですか? 家族と枢機卿にもお聞かせ願えませんか」
「聖女様の御心のままに……」
言って頭を垂れるリュシーという女性。マリーは分かりましたと頷いた。
そう言えば、どこかで酔っ払いがカレドニア人はスカートを履いていると調子はずれな声で歌っているのを聞いた事があったけれど、これが格子模様のフェーリアなのだろう。
上はシャツと上着で普通だったけど、下に格子模様の布を膝丈でスカートのように巻き、余った布を上半身にくぐらせるようにしている。肩には円形のブローチがあり、それで布を留めているようだ。
「どうぞお掛け下さいまし」
マリーの意を汲んだ使用人が椅子を動かそうとすると、「いえ、私共は立っております。リュシー様に」とドナルドが固辞している。
不意に、イサーク様が男なのにスカートなのかと発言してしまった。不穏な雰囲気になりかけるも、マリーが何とかとりなして事無きを得る。
ドナルドは正装で聖女様に挨拶を、などと言っていたけれど。様子を観察する限り、彼らはわざとこの服装でやってきてマリーを試したのだろうと思う。
マリーが彼らを侮るか否か。信じられるか、否か。
地図で見るカレドニアは小国だ。キャンディ伯爵領よりも小さいかも知れない。他国においては独特の正装の事で馬鹿にされる事も少なくないことは想像に難くない。
マリーが僕に目配せをしたので、エスコートしてドナルド達に近付く。
彼女も彼らの衣装について詳しく語っていたから、前世の世界にもカレドニアのような国があったのかも知れない。格子模様を見て嬉しそうにしていた。
だけど、一瞬背筋がぞくっとしたのは何故だろう?
リュシーという女性を気遣う言葉を幾つか交わした後、晩餐の準備が整ったという知らせ。
僕達は食堂へと移動した。
***
その鶏肉のステーキを口に運んだエトムント枢機卿は、目を見開いて驚いていた。
「美味しい……このような美食は初めてです。この領地から離れる日は辛くなるでしょうね」
「コンソメスープでじっくり柔らかく煮た鶏肉に塩胡椒を振って焼き目を入れ、トリュフ、ニンニク、バター、ソヤという黒い調味料を合わせたソースを絡めておりますの」
マリーが答える。
実はこのメニュー、マリーが提案したものだった。
ハンバーガーはこの場には気軽過ぎるし、カレーは匂いがちょっと強い。
料理長に相談され、作られたのがこのトリュフとバター醤油ソースのニンニクチキンステーキ。
まさかバターと異国生まれのソヤがこんなにも合うなんて思ってもみなかった。
「ソヤ……独特の味はそれだったのですか」
「遥か彼方にある黄金の国フソウの調味料です。キーマン商会で取り扱っているのですよ」
今度は僕が答える。枢機卿は味を堪能するように目を閉じた。
「味に深みが出ておりますね。何とも贅沢な一品です」
僕も一口食べる。ソースはこってりだけど、鶏肉だから丁度良い。ソヤの味が調和していて美味しかった。
スープも鶏の味が沁み込んでいて素晴らしい。ヤンとシャルマンには悪いことをしたなぁ。
彼らの分は残せそうかと後で訊こうと考えていると、話題は領都の事に移っていた。
「輝ける銀の都、という名は伊達ではありませんね。領都の民は幸せそうな表情をしていました。サイモン卿は良い統治をなさっておられるのですね」
「恐れ多いことです、猊下。幸いにも銀山の恩恵に多大に与っております」
「ご謙遜を。銀山があるだけでは人はついて来ますまい。宿場町では財布を掏られた者もおりましたが、こちらではそうした軽犯罪の話すら聞きません」
「ありがとうございます」
「実は銀細工の店にお忍びで入らせて頂いたのですが、腕の良い職人が沢山おられるようですね。見事なものばかりでした。この匙やフォーク、ナイフも素晴らしい」
「猊下、宜しければ土産としてお持ち頂けませんか? 教皇猊下にも献上したいものもございますので」
「これは……催促した訳ではないのですが、そのように聞こえてしまいましたか?」
恥じ入るようなエトムント枢機卿。マリーは上品な所作で口元を覆った。
「うふふ、ご遠慮なさらないでエトムント枢機卿。ただ、どんどん人目に触れるように使って頂ければ職人達もきっと喜びますわ。名のある方に使われている、という事実だけで一流というお墨付きを頂くようなものですもの」
「娘の言う通りです。今後は工芸品としての銀に力を入れて行こうと思っております。猊下にお使い頂く事で、我が領の銀製品は誉を頂く事になるでしょう」
「そう言う事であればありがたく頂戴致します。ところで聖女様。賢者様の儀式を終えた後、機を見て王都に参りませんか?」
「えっ……」
「アレマニアの第一皇子殿下と大司教が王都に滞在していらっしゃる事は存じております。聖女様がそれゆえこの地にいらっしゃる事も。しかしサイモン卿も何時までも領地に居られる事は叶わないでしょう。
私と賢者様が共に向かい、はっきり相手に意思表示をする事が肝要かと。聖女様は堂々とされるべきです」
「……そうですわね。あまり気が進みませんが、いずれは避けて通れぬ道なのかも知れません。しかし私とグレイは拝領した領地も見て回らねばなりませんので、折を見て……」
マリーは言葉を濁す。エトムント枢機卿は直接対決を望んでいるようだけれど。
あのアーダム第一皇子の姿が頭を過る。
会いたくないなぁ。僕もマリーと同じく引き伸ばせるなら引き伸ばしたい。
ジュデットが顔を真っ赤にしながらティヴィーナ様に何やら話しかけている微笑ましい様子を見て、少し気を持ち直す。マリーが話題を変える様にカレドニア王国の女性に顔を向けた。
「ところでリュシー様、お食事はお口に合いましたでしょうか?」
「大変に美味しゅうございます、聖女様」
「ご無理でなければ沢山召し上がってくださいまし」
晩餐は穏やかな会話の内に進んで行く。
最後に贅沢に季節の果物を使った氷菓子が配られる頃になって、高地の騎士ドナルドが話があるとマリーに申し出た。
「恐れ入りますが、聖女様。お食事の後に少しだけ時間を作って頂けないでしょうか。聖女様を信じ、私共の事を全てをお話します」
「人払いは必要ですか? 家族と枢機卿にもお聞かせ願えませんか」
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