貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(29)

 「難しい顔をしてますねー。手紙には何が書いてあったんですー?」

 「ああ、これだよ」

 僕はカールに手紙を渡す。彼はざっとそれに目を通すと「ああそれでー」と納得した様子になった。

 「くだんの行商人を名乗るアレマニア人達ですがー、予想通り商会の従業員を標的にしているようですねー。ジェロマンが上手く動いてくれてますー」

 「何か仕掛けて来るかな」

 「寧ろこっちから仕掛けてますねー。言い逃れ出来ない状況に持ち込んでから捕縛する手筈になってますー。折角なんでその時に合言葉を試すと良いですよー」

 「そうだね」

 カールの言葉に同意する。
 そちらは任せた方が良いだろう。僕は朗報を待つだけで良い。
 ちらり、とアルトガルに目をやると、視線が合った。

 「猊下、宜しゅうございますか?」

 「ああ、うん。アルトガルも手紙に何かあった?」

 水を向けると、はいと頷く。

 「実はアーデルハイド達から連絡があったのですが、アレマニアの寛容派諸侯が猊下と聖女様、そしてヴェスカル殿下へのお目通りを願っているとの旨が記されておりました。王都を素通りして直接こちらに向かっているとか」

 「寛容派か……来るかも知れないとは思ってたけど。アーダム皇子やデブランツ大司教が動いて焦ったんだろうね。ヴェスカルを次期皇帝に、その後押しを聖女様にお願いしますって事なんだろうけど。マリーは嫌がるだろうなぁ。でも、無下に断る訳にもいかないよね」

 ぼやく僕に、アルトガルは微苦笑を浮かべた。

 「これは我輩の意見ですが、この機に味方に付けて置いた方が宜しいかと」

 「はぁ……難しい橋を渡らされるなぁ」

 僕はヤンとシャルマンに礼を言って下がらせると、サイモン様の元へ向かう。
 アレマニアの行商人達が領都アルジャヴリヨン内で女性をかどわかした罪で捕らえられたのは、賢者認定儀式二日前の事だった。


***


 騎士達の住まう建物の地下にその牢獄はあった。
 僕とサイモン様、カールは連れ立って階段の影からそっとそこを覗き込む。
 牢獄に入れられてそう時間は経っていないのか、アレマニア人達六人の内二人程が鉄格子を掴んで喚いている。その前ではジェロマン、金髪の美しい女性と騎士達数人の姿。

 「これは何かの間違いです! 誤解です、私達は酔った女性を介抱しようとしていただけで!」

 「そうです、神に誓って私達は何もしていません!」

 「嘘を言わないで! お酒に何か入れたでしょ、あれぐらいのお酒で動けなくなる程酔うはずないもの! それに、回した後は人質にしてとか国で引き渡せばいいとかって言ってたのをあたし聞いたのよ? 騎士様、こいつらは酷い事をした挙句、ジェロマンから身代金を巻き上げて更にあたしをアレマニアの娼館に売り飛ばすつもりだったのよ。この悪党共!」

 叫ぶだけ叫んでわっと泣き伏す金髪の美しい女性。
 何か、どこかで見覚えがあるような。彼女をジェロマンが痛ましい表情でそっと抱きしめた。

 「回すとか言ってない! 大体『あたし、アレマニアの話が聞きたいわぁ~』って娼婦みたいに甘ったるい声を掛けてきたのはそっちだろうが!」

 叫ぶ年かさの男をジェロマンがきっと睨み付ける。

 「何を言うのです? エロイーズは純粋な子です。ただ異国の話が好きなので聞きたがっただけでしょう。
 それに何もしていないっていうのは説得力皆無ですね。酔いつぶれた彼女を如何わしい宿に連れ込もうとしていたでしょう? その場を騎士様が押さえて下さらなかったら私の大切な婚約者のエロイーズは今頃……」

 「うぅ……ジェロマン、あたし怖かったわ!」

 嗚咽を漏らしながらジェロマンに縋り付くエロイーズと呼ばれた女性。ジェロマンはその頭を撫でた。

 「……」

 あ、思い出した。
 見覚えがある筈だよ、エロイーズさんはキャンディ伯爵家の侍女だ。という事はサリーナと同じ、隠密騎士の家の出なのだろう。
 侍女のお仕着せと違って華やかな服装だし化粧もしているから印象ががらっと変わっている。

 「おお、よしよしエロイーズ。もう大丈夫、悪党は檻の中ですからね」

 「ジェロマンさんと言ったか! その女はとんだ女狐だ、あんた騙されてるよ!」

 最早悲鳴を上げるような声。
 僕は察してしまった。人質を取ろうとしたつもりが逆に嵌められた――確かに騙されたのはアレマニア人達の方なのだろう。

 「冤罪だ! たまたま連れ込み宿が近くにあったってだけで冤罪だ! この領地では罪もない者を不当に捕まえるのか!」

 「はっ、未遂でも状況証拠で有罪だ。それに何かしていたらその場で首と胴がおさらばしていたぞ。ただの行商人を名乗って女衒ぜげんの真似事をする愚か者は問答無用で死罪という決まりでな。今こうして生かして牢に入れてやってるだけでもありがたいと思え」

 騎士の一人が腰の物を触って鳴らしながらおごそかに告げる。絶望の表情を浮かべた檻の向こうの男達。

 「死罪……? 嘘だろ!?」

 「お、俺達は本当に普通の商人で、仕入れに来ただけだ! 女衒ぜげんなんかじゃない!」

 「ああ、悪党は皆そう言う。分かってるさ、花を仕入れに来たのだろう? お前達の荷物に怪しい空の樽と眠り薬が見つかっている。異国人だと逃げおおせてしまえば足が付きにくいからな」

 「だから違うって! 眠り薬は俺が使ってて、あの樽はワインを入れるものだ!」

 泣きそうな声で否定する男。僕はサイモン様と目配せをするとその場に出て行った。

 「こんにちは、何か揉めているようですね」

 「こ、これはダージリン名誉枢機卿猊下! 何故このような場所に」

 騎士達が一斉に礼を取る。僕も微笑みを返した。

 「お仕事中ですし、頭をお上げ下さい。そこにいるジェロマンは私の商会の従業員、少し心配になりまして」

 ちらり、と牢獄の中を見遣る。
 アレマニア人達の目の色は明らかに変わっていた。僕が誰か分かった上で観察しているようだ。
 頭を上げた騎士の一人が口を開いた。

 「そうですか。実はこの者達が頑なに罪を認めようとしないのです」

 「いえ、私達は本当にただ仕入れに来た行商人で、」

 「だから花を仕入れに来たんだろう?」

 「いえ、ですから! あの、グレイ・ダージリン伯爵閣下とお見受けします! 私共はいわれの無い罪で投獄されており、この通り話を聞いて貰えず! 本当に商品を仕入れに来ただけなんです、お助けを!」

 「お前、猊下に無礼な口を!」

 騎士が鉄格子を剣の鞘でガツンと叩いた。怯むアレマニア人達。
 僕は首を傾げる。

 「良く分かりませんが、花を仕入れに来たのなら当然アレマニアに咲かない花なんですよね?」

 とぼけたようにそう言うと、その場がしん……と静まり返った。
 うん、どう思われているかは愚か者を見る様なその感情の無い眼差しで良く分かるよ。
 騎士と言い合いをしていた男が痛みを堪えるように頭を手で押さえた。

 「……いえ、仕入れの品は花ではありません」

 「おや、そうですか。私の妻は花が好きでしてね。変わった珍しい花を贈りたいのですが、何か良い花は無いでしょうか。参考までにお好きな花をお聞きしても? 良い花があれば私も気分が良くなり慈悲深くなるかも知れません」

 アレマニア人達の内、数人の顔に一瞬侮蔑の色が浮かんだ。それでも気が付かない振りでニコニコする僕。

 「残念ながら私は花の事はよく知らないのです……」

 六人中、三人は首を横に振っている。四人目の男は「薔薇や百合ではありきたりでしょうか」と呟いた。

 「そうですね。薔薇や百合はいつも贈っています」

 「紫陽花ではどうでしょうか? 丁度季節ですし」

 「見ている分には綺麗なのですが、残念ながら花言葉があまり良くありません」

 五人目の男にそう答えると、最後に六人目――長い黒髪を束ねた青い瞳の男が思案気に口を開いた。

 「そうですね……ではトケイソウでは如何でしょうか。新大陸から持ち込まれた時計のような花で、あまり数も出回っておりません。私は一度だけ目にしたことがあります」

 言って、僕を見つめて来る男。僕もじっと彼を見返した。
 この男がヴァッガー家の息子の使いに間違いないだろう。

 「時計のような花、か……それは珍しいですね。新大陸という事はエスパーニャの商人から買えるのでしょうか?」

 「エスパーニャの商人なら間違いないでしょう」

 男はよく見ると上品な顔立ちで、見詰めて来る眼差しに力を感じた。直感で只者ではない、と思う。

 「ふうん、面白そう。教えてくれてありがとう。私はあくまでもダージリン伯爵であり、キャンディ伯爵ではないからどうにも出来ないけれど――せめてもの情けで命だけは助けて貰えるように口添えしておいてあげますね」

 僕はへらりと馬鹿のように笑う。
 後であの男だけ引き抜き、残った五人は別々に分けた方が良いだろう。
 騎士達に後は宜しくと言って、僕はジェロマンとエロイーズを連れて牢獄を後にした。
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